【第37話 決別】
レドは、ハリートの館を出ると、すぐさま裏通りへ入った。
少し進んだ先の角を曲がる。
「…こんな所にいるとはね。」
それは、聞き覚えのある声だった。
――いや、それどころか体の芯に刻み込まれた“声”だ。
レドは、すぐに直感する。
レド「……」
ドレヴァ「…ディマイが、お前を見かけたと報告があった。」
レド「……」
ドレヴァ「…レド。」
レドの体が硬直する。
額からは冷や汗が噴き出す感覚。
レド「……ドレヴァ…」
ドレヴァ「…ドレヴァ“様”だろう?…レド。」
レド「……」
ドレヴァ「…帰ってきなさい。」
レド「!……」
ドレヴァ「…ハリートと会って、何をしていた?」
レド「……」
ドレヴァ「…黙っていないで、何か言ったらどう?」
レド「……関係ない。」
ドレヴァ「関係あるわ。…だって、あなたも私も、“文院”ですもの。」
レド「…僕は違う…!」
ドレヴァ「帰ってきなさい。今なら、恩赦を与えてもらうよう手引きする。」
レド「…帰らない。」
ドレヴァ「…レド!あんたは、私のものなのよ…!」
レド「……!」
ドレヴァ「それが、勝手に抜け出して…!」
ドレヴァ「どれだけ、あんたに心血を注いだか…!」
ドレヴァ「その恩義も感じないなど……さすがは、フランバル人ね!」
レド「…やめろ…!」
ドレヴァ「…モラーディ戦争で、孤児だったお前を拾ってあげたのは、私だ!」
レド「……なぜ、拾った?」
ドレヴァ「…?」
レド「…利用したいからだろう…?」
ドレヴァ「どこまで面の皮が厚いの!?…この私に向かって!」
レド「…オレは、お前の道具じゃない。」
ドレヴァ「……」
レド「…ルクインさんに何かあったら……」
レド「お前を消す。」
ドレヴァ「…!」
ドレヴァ「……馬鹿な子になったわね。」
レド「……」
ドレヴァ「…殺してでも、取り戻すわ。」
視線の先の角から二人の文律師が現れる。
背後からも一人の気配を感じる。
ドレヴァ「逃げ場はない。」
レド「…プトラ、ディマイ…後ろにいるのは…クザか。」
クザ「よう、レド。…悪いが、討たせてもらう。」
レドの背後からクザが突進して、ザラーを展開する。
その光刃の刺突を左へ反転しながら回避し、文律を唱える。
クザ「(エンボルか!?)」
レド「“エンボル”。」
しかし、それはクザを狙ったものではなかった。
正面にいたドレヴァのすぐ横を通り抜けて、プトラに光弾が襲い掛かる。
クザは防御態勢を取っていたため、一瞬の隙が生じた。
プトラ「“ランバー”!」
プトラは、防御文律で光弾を弾いた。
隣にいたディマイがエンボルを構える。
――が、レドはクザの背後に回り込み、射程から外れる。
ディマイ「邪魔だ、クザ!」
クザ「!…斬る!」
レド「“ファダン”。」
レドの発動速度は、クザの光刃の攻撃速度を辛うじて上回っていた。
さらにレドは、クザではなく、足元に強烈な反発文律を放った。
クザ「!?」
レドは、地面の反発を利用して、家の屋根へ飛び上がった。
ディマイ「“パイファー”が無くても、飛べるということか…。」
プトラ「…私たちが手玉に取られている…」
ドレヴァ「“禁律”が無ければ、こんなものか!追え!」
クザ「“パイファー”!」
クザが光刃を片手に、浮遊文律で飛び上がる。
レド「(速い!)…“エンボル”!」
次の瞬間、クザの視界を覆ったのは、
その一瞬では数えきれない量の光弾だった。
クザ「!!」
クザは反射的に浮遊文律を解除して、再び地面へ着地する。
その光弾は、自身へ襲い掛かることはなく、空中で静止している。
レド「…あの距離で反応するなんて…」
ドレヴァ「構うな!やれ!」
クザ「無茶言わないでください。」
プトラ「あれだけの量を同時に展開するなんて…さすがね…」
ディマイ「だが、奴もここでそれを爆発させれば、どういうことになるか…分かっている。」
ディマイは、レドとの距離を保ちつつ、浮遊文律で反対側の屋根の端に降りた。
ドレヴァ「レド!」
レド「!…」
そのドレヴァの一喝が、レドを一瞬硬直させる。
ドレヴァ「降りてきなさい。…私のレド…。」
レド「……」
ドレヴァの声色が変わる。
これが彼を捕え続けていた声だ。
レドの呼吸が詰まる。
レド「…」
レドは、両手を握りしめた。
レド「…さようなら、ドレヴァ。」
ディマイ「ま…待て!」
彼らは、レドを纏う空気が変わったように感じた。
レド「…“ヴァルト・ネア”!」
レドから発せられた“力”は、
その周辺にいた者たちを即座に停止させた。
――それは、まるで時間が一瞬止まっているような静寂だった。
ごく短い時間のはずだったが、全員が止まった世界で意識だけが空回っていた。
ディマイ「(動けん…!)」
ドレヴァ「……!」
レド「…」
レドは振り返ることもなく、彼らの視界から遠のいていった。
続く




