【第3話 文律】
――数日後、ロルダンの館。
ロルダン「…では、改めて。私は、領主のロルダン・デインラムだ。」
ガルド「ガルド・ラダール。ここの用心棒みたいなもんだ。」
テス「…テス・カイアロフだ。ガルドと同じ、用心棒をしている。」
ファーボ「ファーボ・ナラートです。見ての通り、雑用をしております。…よろしくどうぞ。」
ジザ「…領主付きの文律師、ジザ・ゾルーエルです。」
ロルダン「この館に駐在している者は、これで全員だ。…さて、君の番だ。」
レド「…レドです。 …“元”文院の文律師…です。」
ロルダン「…苗字は?」
レド「ありません。…ただ、レド、と呼ばれています。」
ロルダン「…戦争孤児か?」
レド「…はい。バーナスタングの小さな村の出身と聞いています。」
ロルダン「…“モラーディ戦争”か?」
ガルド「モラーディ?」
ジザ「20年くらい前に、パラキス地方とイグニア地方で起きた戦争よ。」
ロルダン「あの戦争でバーナスタング領は深刻な被害が出たと聞く。…だが、なぜ文院に?」
レド「…文院の文律師に、拾われたと聞いています。それから、そこで育ちました。」
ロルダン「なるほど…。では、なぜ抜けた?……そして、なぜ殺されかけた?」
レド「…。」
ジザ「…そこよね。」
レド「…僕は駒に過ぎません。その駒にも意思があったことが、きっと許せなかったんです。」
ロルダン「…?」
彼らは全員、レドが次に口を開くのを待っていた。
レド「…ずっと悩んでいました。…だけど、辞めることは伝えたんです。」
レド「…それから数日後、僕はある任務でローダ地方へ来ました。」
ロルダン「…。」
レド「…だけど、それは…僕を始末するための口実に過ぎなかったんだ。」
ロルダン「…不穏だな。」
レド「…ただ、運が良かったんだ。…ここの人に見つけてもらった。」
ガルド「…わからねえな。抜けた理由の説明がない。本当の理由はなんだ?」
テス「…ガルド。」
レド「…そうですよね。」
ジザ「抜けただけで命が狙われるなんて、聞いたことがないわ。」
その時、領主の館のチャイムが鳴る。
ファーボ「私が出ましょう。」
少しの間が空き、下からファーボの声が届く。
ファーボ「領主様、北の川の堤防が危ないみたいです!この間の大雨の影響でしょう。」
ロルダン「わかった!すぐに向かわせる!」
ガルド「…お前の出番のようだぜ、ジザ。」
ロルダン「なにを言っている。力仕事もあるだろう。…お前たちも一緒に行け。」
ジザ「“紙文律”を用意する時間が無いわね…。」
レド「…。」
彼らは、急いで館の北へ向かった。
ロルダンがぽつんと部屋に1人。ファーボが戻ってくる。
ロルダン「……あの小僧は?」
ファーボ「…さっき彼らの後を追って、出ていきましたぞ。」
ロルダン「……はぁ。」
ファーボ「様子を見てきましょう。」
ロルダン「…私も行く。」
北の川のほとり。
濁流は、みるみる水量が増していた。
ガルド「…思ったよりひでえな。溢れてきてる。」
ジザ「どいてなさい。…“指文律”で、なんとかなるかしら…?」
ジザは呼吸を整えると、左手を前に出す。
ジザ「…“カナエ”。」
左手から赤黒い煙が放たれると、手の前で円状に古言語が浮かび上がる。
手の甲の印と、指の一つの古言語が共鳴するように光る。
誰も触れていない、崩れかけた盛土が、独りでに土砂を集めながら登っていく。
しかし、水流の勢いが強く、徐々に土が押し出されていった。
ガルド「まずいな…テス。土嚢を集めてくるぞ。」
テス「ああ。」
ジザ「…やっぱり、指じゃ威力が足りない…。」
水流は勢いを増し、盛土を崩しながら決壊部分を広げていく。
ジザ「…このままじゃ…まずい…!」
次の瞬間、濁流は土手から跳ねるように溢れ出した。
ジザ「!…(もうダメ…!)」
レド「…“ランバー・アステ”。」
ジザが視線を横へ向けた。
そこには左手を掲げるレドの姿があった。
レドの左手の印が光を放つ。
水流が、まるで見えない壁に叩きつけられたかのように弾けて割れた。
ジザ「!」
レド「…ジザさん、そのまま続けてください。」
レド「……“カナエ”。」
レドの左手で、光が二つ同時に灯る。
土砂が急速に集められていく。
ジザ「…同時に?…あんた、今いくつ使ってるのよ…?」
レド「…生きていないものが相手なら、気楽なんです。」
ジザ「…答えになってないわ。」
遅れてロルダンとファーボも到着する。
ガルドたちは土嚢を台車で運び入れた。
テス「ほぼ、土手の修繕が終わっているじゃないか。」
ガルド「…なんだよ、それは。」
ジザ「……指文律で、ランバーの座標指定なんて…見たことが無いわ。」
ジザ「それに…明らかに複数の文律を同時に操っていた…。」
ロルダン「……あれが、文院本部の文律師か。」
――なるほどな。
厄介なものを拾った。
続く




