【第2話 デインラム】
その晩、デインラム領主ロルダンの館にガルドたちは居た。
広い部屋には、椅子が並べられ、奥に立派な机がある。
ロルダン「……で?」
丁寧に七三に整えられた暗い髪。
その男は、眉間の皴をさらに深めてガルドを見た。
ガルド「…考えてもみてくれ。文院の文律師だぞ?」
ガルドが言い終わる前に、ロルダンは部屋全体に響き渡るほどのため息を漏らした。
ロルダン「ファーボ。…お茶。」
ロルダンは視線を変えないまま、近くにいた白髪の老人に声をかけた。
ファーボは小さく頷き、曲がった腰をさすりながら台所へ向かった。
ロルダン「…いつから人攫いになった?奴隷商でも始めるつもりか?」
ガルド「…名案だな。」
ロルダン「軽口を慎め、ガルド。」
ファーボは、小さな花柄のカップをロルダンの机に置き、陶器のポットで注いだ。
淹れたての紅茶は、緊迫した空気の中で湯気を漂わせる。
ロルダン「ファーボ。裏庭で怒りとストレスに効く薬草を採ってきてくれ。」
ファーボ「…領主様。そのような便利なものがありましたら、今頃は根こそぎ食べ尽くしていますぞ。」
ロルダン「…よりにもよって、文院の人間を拾ってくるとは…。」
文院――それは、この国で文律を管理する機関だ。
ガルド「…あのガキが倒れていたのは、うちの領内だ。保護したのは、正当な理由になるだろう?」
ロルダン「…真っ当な理論が通じるのなら苦労せん。文院のことだ、難癖つけてくるさ。」
そこに、廊下から大きな足音が響いた。
文律師の女「ちょっと!知らない男が寝ているんですけど?私の部屋に。」
扉が乱暴に開いた。
彼女は、デインラム領主付きの文律師ジザ。
赤毛を後ろにまとめ、深緑のワンピースの裾を乱暴に揺らして、ガルドに視線を定めた。
ジザ「アンタでしょ?」
ガルド「お前の部屋、空いてたし。…それより、顔見たか?」
ジザ「は?」
ガルド「お前のように、ほっぺに落書きするのが趣味の男みたいだぞ。」
ジザ「…え?」
ジザは自室へ駆け出す。
わずかな静寂の後、また足音を響かせて戻ってきた。
ジザ「ロルダンさん!…こ、こいつ、馬鹿なの?」
ロルダン「たった今、全員で再認識していたところだ。」
ロルダン「…それに、テス。お前は止められなかったのだと思いたいが…」
テス「はい。反省しております。」
ロルダン「回復するのを待つ。あの少年…いや、青年か。彼からの事情を聴いてから決める。…ジザ、文律で傷口を塞いでくれないか?応急処置はしてある。」
ジザ「…わかりました。…はぁ。テス、包帯を変えるわ。手伝ってくれる?」
ジザ、テス、ガルドの3人が部屋を出る。部屋にはロルダンとファーボが残っていた。
ロルダン「…どう思う?ファーボ。」
ファーボ「さて…。しかし、あの文院です。納得はできますな。」
ロルダン「…文院にとって、彼は厄介者になったのかもしれんな。」
___翌日。
視界が、開く。
天井がある。
――生きている。
青年「……?」
テス「起きたか。傷は一応塞がっているはずだ。」
青年「…骸府は…。……いや、違う。」
視線が、部屋をなぞる。
青年「……ここは?」
テス「デインラムだ。…私は、テス。」
テス「…その銀髪と肌……ファムロテとフランバルの混血か?」
青年「…はい、多分。……追手は?」
テス「……?」
レド「…来ます。」
テス「…さあな、見ていない。」
テス「…お前、文院の文律師か?」
青年「……はい。……いえ、違います。」
テス「?」
テス「……名前は?」
青年「…レドです。……あの、手当て、してくれたんですか?」
テス「瀕死だった。…病み上がりに色々聞いてすまなかった。飲み物を持ってくる。」
レド「…あ、ありがとうございます。」
テス「礼ならガルドに言ってくれ。」
レド「ガルド…?」
テス「ガサツなオッサンだ。見ればわかる。」
レド「そうですか…。」
テスは、レドが宙を指でなぞっているのを見た。
――何も、ないはずの空間を。
しばらくすると、レドは手を止めた。
レド「……あれは、“禁律”だ…。」
――本来、存在してはいけないものだ。
続く




