【第22話 世界の都合】
――デインラム領、カナフスの村。
そこでも、“牙”たちが村へ火を放ち、そこはまるで地獄絵図だった。
テス「逃げろッ!荷物など置いていけッ!」
ジザ「…“エンボル”!」
戦士「ぎゃあ!」
テス「警備隊、ここの住民の救助を優先しろ!ジザ、私らは奥へ行くぞ!」
ジザ「はぁ…はぁ…。了解!」
場所は戻り、カイクングス領、南の平原。
ガルド「雑兵は任せておけ。」
レド「はい。頼みます…。」
レド「!……ラダムインの刻印、文律師か…」
ガルド「なんだと…?」
その男は、左頬にキールバン地方、分校ラダムインの印が刻まれていた。
肩に担いでいた斧を地面に下ろす。
ニルヴァン「…“文院”?…妙なこともあるもんだな。」
レド「…僕はもう、文院とは関係ない。」
ニルヴァン「…?」
ガルドの頭の中で、“あの時”の記憶がフラッシュバックする。
キーダ分校を襲った“牙”の中にいたのも、文律師――。
レータを殺したゲルザードは死んだ。…だが、こいつもまた、同じ文律師。
ガルド「…おい、お前。」
ニルヴァン「…?」
ガルド「…“牙”ってのは、文院に下ったのか?」
ニルヴァン「そう見えるか?」
ガルド「…答えろ。」
ニルヴァン「“庶民”が知る必要はないし、知っても意味がない。」
ニルヴァン「……ここで死ぬ。そういう流れだ。」
ガルド「!……てめぇ…。」
レド「…ガルドさん。挑発です。」
ガルド「クソッ……。」
ユリック「…遠くにも、“来てる”……いや、違う……待ってる?」
レド「…確かに。だが……あれは、“誘導”だ。」
ユリック「…引っ張られると、目の前が疎かになるんですよね。……でも、そっちの方が“よく見える”んです。」
レド「…(危うい。)」
カザーナ教師「私は、剣士殿を援護する。」
ガルド「…ああ、頼んだ。」
ニルヴァン「野郎ども。死んでねえ奴は、立て。」
戦士A「…ぐっ…!」
ニルヴァン「後衛は、オレに続け。」
戦士B「はっ。」
ユリック「えっと、レドさん、でしたね?…私の近くに――」
レド「わかってる。…力を借りる。」
レドは、左手を出す。
複数の指先から、線のように細い赤黒い霧が前方で円を描く。
――古言語が浮かび上がる。
レド「“エンボル・アステ”。」
ニルヴァン「!…避けろ!」
ニルヴァンほか数名の足元から、光の筋が撃ち上がる。
数人の戦士が巻き込まれるが、ニルヴァンは機敏な動きで躱す。
ニルヴァン「(エンボルで座標指定…!…あいつ、やばいな。)」
レド「…逃がさない。」
ガルドは敵数人に突っ込み、鬼神のごとく戦い始めた。
レドは即座に次の文律を撃つために構えた。
ユリック「…今です。」
レド「…“エンボル・レクサ”!」
レドから放たれた光弾は、異様なほど膨れ上がっている。
球体が不安定な形で揺れ動いて、ニルヴァンを追尾した。
ニルヴァン「(避けられん…)…“ランバー”!」
ニルヴァンは左手で何とか防御文律を展開したが、勢いは殺しきれずに後方へ吹き飛ぶ。
――しかし、巧みな受け身ですぐさま体勢を整えた。
ニルヴァン「…やはり、噂通りだな…。」
レド「…?」
ニルヴァン「……そこのガキのことだ。」
レド「やはり…狙いは、彼か。」
ユリック「……」
レドは、隣のユリックを見る。
ユリックは、目を開いているものの――
視点が定まっていないかのようだった。
ここではない、どこかを見ている。
――いや、どこも見ていない。
レドは、そう感じた。
ニルヴァン「(…それに文院のガキが邪魔だな…。誤算だ…。)」
ニルヴァン「(…ここは、少々強引だが……。)」
ニルヴァン「おい、野郎ども。あの銀髪のガキへ突っ込め!」
レド「…!」
ガルドの攻撃から抜け出した数人の戦士が、レドへ突進する。
レド「“エンボル・ネア”!」
レドは、反射的に周囲に衝撃波を展開する。
襲い掛かっていた戦士たちは、それにより弾き飛ばされる。
――その吹き飛ばされた戦士の影から、ニルヴァンが忍び寄る。
レド「!(こいつ、味方を囮に…!)」
ニルヴァンが斧を勢いよく振り下ろす。
ユリック「“ランバー”!」
ニルヴァン「!?」
レド「“エンボル”!」
光弾がニルヴァンを吹き飛ばす。
レド「すまない。…君が居なければ、死んでいた…。」
ユリック「接近戦が得意な文律師は、厄介ですね。」
レド「…生半可な攻撃は通じない。」
ユリック「同意見です。…ちょっと待ってください。」
ニルヴァン「……。」
レド「…(最大に溜めた“ドライン”で…仕留める…!)」
レドは再び左手を出す。
エンボルをカナエによって、さらに集束させた複合文律だ。
ユリックは、静かに視線を落とす。
ニルヴァン「…(まだだ…もう少し…。)」
ユリック「……繋がった……。」
ユリックの声は、どこか“二重”に響いていた。
まるで、彼一人の声ではないかのように。
ニルヴァン「(…今だ。)」
ニルヴァンは、左手を上げる。
――その時だった。
?「…“ゾルデ”!」
それは、二方向から同時に聞こえた。
レド「!…閉じろ、ユリック!」
ユリック「!――」
ユリックの周囲に展開されていた、その未知の“力”は、
その使用者に向かって急速に“逆流”していく。
レド「(間に合わない!)」
ユリック「!!!」
“力”は、ユリックの全身に圧縮されたように見えた。
それは、体の中へ一瞬にして溶け込んだようだった。
一瞬の間。
――音が消えた。
風も、戦いの音も、何もかもが遠のいた。
その“力”は、まるで彼の体から決壊したかのように溢れ、赤黒い霧が抜け出して飛散した。
ユリックの瞳や鼻、口から血が出口を求めて噴き出す。
レド「ユリック…!」
ニルヴァン「……ドンピシャだ。…オルトラ、グラム。」
林の間から、二人の文律師が姿を現す。
グラム「…噂通りの才覚、ユリック・ファーレイン。」
オルトラ「だが、逆流させれば造作もない。…壊れたんじゃないか?」
カザーナ教師「ユリック…!」
レド「早く彼を連れて、逃げてください!」
ガルド「…邪魔だ!」
戦士「ぎゃぁ!」
ガルドが周辺の戦士を片づけた。
ニルヴァン「…任務完了だ。帰還する。」
レド「なに…!」
ニルヴァン「察しが悪いな。…いや、わかっているはずだが…。」
レド「…なぜ、彼を狙った?彼は、ただの分校に通う生徒じゃないか…。」
ニルヴァン「“ただ”の?…お前も分かっているだろう。」
レド「……。」
レド「…なぜ…」
ニルヴァン「この世界はな、“大きな歯車”で回っている。」
ニルヴァン「歯を狂わせる“異物”はな――削るしかねえ。」
レド「…!」
ニルヴァン「…お前も、その“異物”の臭いがするが…。」
ニルヴァン「…タダ働きはゴメンだ。」
ニルヴァン「見逃してやる。…とっとと、仲間と一緒に消えろ。」
ニルヴァンは、そう言い残すと二人の文律師と背を向けて歩き始める。
ガルド「…ま」
ガルドは、「待て」と言おうとした、その時だった。
レド「待て!」
ガルド「!…」
レドの視界に、崩れ落ちるユリックの姿が焼き付く。
その姿が、まるで、かつての自分の姿に見えた。
ニルヴァン「……破滅願望があるのか?」
レド「…逃げない。」
レド「…もう…逃げるのは、うんざりだ…!」
ガルド「…坊主……」
レド「……お前は、逃がさない…。」
続く




