表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/52

【第18話 火種】

 山道に入ってから、二人の会話はほとんど無かった。

 朝の冷気はまだ肌に残り、馬の吐く息が白い。


 先を行くガルドの背中を、レドは少し離れて追っていた。

 ギャヴの蹄が、乾いた土を規則的に打つ。


 しばらくして、ガルドが足を止めた。

 道脇に転がる平たい石へ腰を下ろし、水袋の口を開ける。


ガルド「……おい、坊主。」

レド「……はい。」

ガルド「あいつ、何て言ってた。」


 レドは少し黙る。


レド「……色々と。」

ガルド「そういうのは答えたうちに入らねえ。」


 ガルドは水を一口飲むと、膝に肘を乗せたまま前だけを見る。


ガルド「オレは、あいつの目的も、頭ん中も知らねえ。だがな……お前の顔見りゃ分かる。」


ガルド「ろくでもないことを吹き込まれたんだろ。」

レド「……。」


ガルド「違うのか?」

レド「……文院は、文律師の死の上に成り立っていると。」

ガルド「……。」

レド「ルンド・バルゴアは、それを分かった上で続けているって。」


ガルド「……で?」

レド「……それを止めるには、原基を――」

ガルド「知らねえよ、そんなもん。」


 短い沈黙。

 風が細い木々を鳴らす。


ガルド「……なるほどな。」

レド「……。」

ガルド「つまり、あいつは“壊す”気なんだろ。」

レド「……多分。」


ガルド「多分じゃねえ。そういう目をしてた。」


 ガルドは立ち上がる。

 剣帯が小さく鳴った。


ガルド「で、お前はどう思った。」

レド「……わからない。」

ガルド「またそれか。」

レド「だって、実際に分からないんです。」


レド「文院が腐っているのは、本当かもしれない。骸府のことだって……全部、嘘には思えなかった。」

ガルド「……。」

レド「もし、本当にそうなら……」

ガルド「……そうなら、なんだ。」


レド「……変えなければならない。」


 ガルドの目が、ゆっくりとレドへ向く。


ガルド「変えるためなら、何やってもいいってか。」

レド「そうは言っていない。」

ガルド「だが、否定もしねえんだな。」

レド「……。」


ガルド「お前、分かってんのか。」


 声は大きくない。

 だが、押し殺した熱があった。


ガルド「あいつはな、“仕方ねえ”で人を切る類だ。」


レド「……。」

ガルド「ルンド・バルゴアだろうが、文院だろうが、牙だろうが、理由をつけて切っていく。」


ガルド「そういう手合いを、オレは散々見てきた。」

レド「でも、ガナックは……」

ガルド「でも、なんだ。」


レド「……間違っていない部分もある。」


 言った瞬間、空気が変わった。


 ガルドは数歩だけ近づく。

 その目には、昨日までの怒鳴り声とは違う冷たさがあった。


ガルド「……お前、本気で言ってんのか。」

レド「……。」


ガルド「オレの仲間は、文院の連中に殺された。」


ガルド「それでもオレは、“全部壊せ”なんて思っちゃいねえ。」

レド「……ガルドさん。」


ガルド「変わるかどうかじゃねえんだよ。」


 ガルドの声が、初めて強くなる。


ガルド「“どう変えるか”だろうが!!」


 山道に声が反響した。

 ギャヴが小さく鼻を鳴らす。


ガルド「自分の気に入らねえものを片っ端から壊して、そこに死体が積み上がって……それで世直しだと?」


ガルド「笑わせるな。」

レド「……。」


ガルド「オレはな、復讐がしたかった。今でも、したかったよ。」


ガルド「でも、それは“誰でもいいから殺したい”って意味じゃねえ。」


ガルド「レータを殺した奴が許せなかった。ただそれだけだ。」


ガルド「なのにあいつは、もっとでかい理屈で、もっと多くを巻き込む気でいやがる。」


 ガルドは、地面を睨むように視線を落とす。


ガルド「……人を使い潰す奴が、一番嫌いなんだよ。オレは。」


 レドの喉が、わずかに鳴る。


レド「……分かっています。」


ガルド「分かってねえよ。」


レド「……!」


ガルド「分かってたら、“あいつは正しいかもしれない”なんて顔にはならねえ。」


 レドは言い返せなかった。

 それが図星だったからだ。


 ガナックの言葉は、まだ胸の内側に残っていた。

 文律師が死ねば原基は動く。

 では、その循環を止めるにはどうすればいいのか。

 考えてはいけないような続きを、頭が勝手に追ってしまう。


レド「……でも。」

ガルド「……。」

レド「……でも、あのまま見て見ぬ振りをしていて、本当にいいのかも……オレには分からないんです。」


レド「誰かが止めなければならないなら……」

ガルド「だからって、あいつか。」


レド「……。」

ガルド「お前は、優しいくせに、時々そこが危ねえな。」


レド「……え?」

ガルド「理屈が通ってると、自分を引っ込めちまう。」


ガルド「“仕方ない”に呑まれるな、坊主。」


 ガルドは吐き捨てるように言って、踵を返す。

 ギャヴの手綱を取ると、そのまま歩き出した。


ガルド「……オレは先に行く。」

レド「……。」


ガルド「来たきゃ来い。」


 置いていくわけではない。

 だが、今は隣を歩く気分ではないのだと分かった。


 レドは、その背をしばらく見ていた。


 怒っている。

 当然だと思った。

 それでも、自分の中に残っている迷いは消えない。


 ガナックが正しいのか。

 ガルドが正しいのか。

 あるいは、そのどちらでもないのか。


 ただ一つだけ分かるのは――

 この先、自分は何かを選ばされるのだということだった。


 レドは遅れて歩き出す。

 前を行くガルドの背中は、いつもより少しだけ遠かった。


続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ