【第12話 楔】
煙が、ゆっくりと上がっていた。
静寂が支配していた。
その時、館の扉が慌ただしく開いた。
ロルダン「退いたか…。…おい、その傷…!」
ロルダンは、レドに駆け寄る。すでに、テスがレドの近くにしゃがんでいた。
ロルダン「これは…。ファーボ、清潔な布をもっと持ってきてくれ!」
レド「…くっ。」
テス「喋るな。…死ぬぞ。」
レド「…大丈夫、です…。」
ガルドはわき腹を抑えながら、剣を拾い上げる。
ガルド「おい。生きてるか、ジザ。」
ジザ「…当たり前よ。」
ガルド「…無茶しやがって。」
ジザ「うるさいわね。…あれくらい、普通よ。」
ガルド「鼻血、出てるぞ?」
ジザ「…見てんじゃないわよ。あっち行きなさい!」
ファーボ「そっちを持ってください。…そう、なるべく動かさないように。」
ロルダン「ああ、こうか。」
テス「ガルド。…無事か?」
ガルド「…くそ、肋骨がいったかもな。」
テス「…じゃあ、無事だな。全員、中に入ろう。まだ終わっていないぞ。」
ロルダン「……これが“文院”か。」
その晩、レドはうなされていた。
傷の痛みだけではない。
それ以上の何かが彼を苦しめていた。
――風化する最初の記憶。
炎に飲まれる村。
泣きわめくレド。
奇妙に色白で、脂肪を蓄えた手がレドの前に差し出される。
「…あなたは、特別な子。…壊れるまで使ってあげる。」
光景は一瞬で切り替わった。
小さな窓からわずかな日差しが入るものの、昼だというのに薄暗い部屋だ。
これは、見慣れた場所だ。
机に向かうレドがいる。
恐怖で縛りつけられていた。
まれに認めてもらうことが嬉しかった。
いつの間にか心を掌握されていた。
あの人に認めてもらうために、ただ必死だった。
――また景色が変わる。
文院の庭で訓練しているレドがいた。
隣に紺色の髪の少年がいる。
「…お前がレドか?…オレはガナック。」
「……よ、よろしく…。」
「…授業がつまらないんだろ?そんな顔してるぜ。」
「…う、うん。」
「なんだよ、その顔。…今日からお前は、“しかめっ面のレド”だな。」
…呼吸が、現実に引き戻される。
レド「はっ……。」
テス「大丈夫か?…うなされていたぞ。」
レド「………。」
テス「すごい汗だ。…布を取り換える。」
レドが窓に目をやる。
外は月明りもない暗闇で、何時かさえもわからない。
レド「…すみません…。」
テス「謝るな。」
___数日後。
ジザ「…少しは良くなったようね。」
レドはゆっくりと歩いて、館の表にある井戸へ来ていた。
ジザが居合わせる。
レド「…皆さんのお陰です。」
ジザ「レド。」
レド「…?」
ジザ「…“知りすぎている”って、どういう意味よ。」
レド「……。」
ジザ「…無理に答えなくていいわ。」
レド「…すみません。」
レドは、一杯の水を静かに飲んだ。
レド「…こんな状況にさせた人間が言うのもおかしいですが…」
レド「…これ以上、みんなを巻き込みたくないんです。」
ジザ「……そう。」
ジザは少し視線をそらす。
次の言葉までは少しの間があった。
ジザ「勝手にしなさい。」
ジザはそう言うと、館の中へ入っていった。
―――「…このまま、逃げ切れると思うな。」
レグナスの言葉が脳裏をよぎる。
レド「…逃げられない。」
レド「だったら…。」
続く




