28、呼び方
夜のジフ川陣地は、朝の地獄を忘れたかのように明るかった。666大隊の陣地では戦勝を記念した宴が催されている。
と言っても戦場である。大規模な宴会ではない。
せいぜい焚き火のまわりで、ジュースと缶詰をつまみながら、かすかな音楽を口ずさむ程度のささやかな祝勝会だ。
それでも、誰もが久しぶりに心から笑っていた。
「今日のMVPは……グース1!!」
盛り上げ役であるヴァイオレット・ヴァレンティア・リーパーが声を上げた。
宴の中心で隊員達の喝采を浴びているのはヴィクトリア達グース第1小隊の3人。敵の旅団長を一撃で仕留めたのだ。異議を唱える者は当然いない。
ヴィクトリア達はその喝采を得意気に受けている。
一方で、宴の端では対極的にくだを巻いている者もいた。
「姉さんはさぁ……強くて、かっこよく……あって欲しいのよ……でもね……同時に嫉妬もするんだよ……」
テレサ・トーネードは完全に出来上がっていた。
隣のジュリア・ハリアーにしなだれかかり、延々と姉、グレースの話をしている。
「誰だよこいつに酒飲ませたの!? 勘弁してくれよ!? こいつ酔うと『姉』と『グレース』しか語彙がなくなるんだよ!」
「姉さん姉さん姉さん……」
「ほらまただ!! もうグレースのとこに直接行けよ、何で私の肩で泣いてんだよ!?」
その後ろではグウェンドリンが、ため息混じりに肩を竦めていた。
「……そこまでの勇気はないそうです」
「この姉妹ほんとめんどくさい……」
ヴァレリーがココアをすすりながら呟く。
陣地のあちこちで歌声、笑い声、下ネタ、昔話……。
そんな喧騒の中、スカイは焚き火のそばで補給物資が入っていた空の木箱に腰掛け、両隣にレベッカとアリスを置いたまま、ぼんやりと火を眺めていた。
「隊長、隣……良いですか?」
声の主はナナ・デルタダート。
いつもより少し柔らかい表情をしていた。
「いいぞ。すでに両手に花だが――それでよければ」
隣ではレベッカとアリスが、これ見よがしにスカイの腕を取り合いながら『どっちが本命かの牽制』を無言で繰り広げている。
「失礼します」
ナナはそっと腰を下ろし、少しだけ火に近づく。
「楽しんでるか?」
「……はい。こうしてバカ騒ぎするのは久しぶりです」
「王都陥落から二十日か。ようやく反政府軍の連中にギャフンと言わせてやれた。今ごろ向こうのプロパガンダ部門は頭抱えてるだろうよ。いい気味だ」
スカイが不敵に笑うと、レベッカが横から口を挟む。
「ナナ〜、あんたはアホのテレサみたいにお酒飲んだらダメだからね。敵が夜襲かけてきたら撃てなくなるでしょ〜?」
「……師匠の方が、どう見ても酔ってる気がしますけど」
「ところがレベッカ、一滴も飲んでないのよ。場酔いするタイプだね」
アリスが楽しげに笑う。
「まあ、あれだけの損害を出せば向こうは、どんなに早く再編成しても3日は動けん。士気もズタボロだろう」
スカイは勝ち気な口調で言い、皆も頷いた。
しばらく、どうでもいい下ネタ混じりの馬鹿話が続いた。大体、スカイの性癖と女癖いじりが中心だった。
「だいたいさ、スカイは何で恋人の使い古した下着回収してコレクションしてるのさ」
「性癖♡」
「顔に対して性癖がエグいんだよ……」
もたれながら言うレベッカに、スカイはあっけらかんと答える。
「だが、考えてもみろ。1枚パンツを焼却処分した際に出る二酸化炭素が0.08kgとしよう。1枚1枚は確かに小さい。だが1年で世界中で廃棄される下着を集めたら余裕で数十億枚になるはずだ」
「なんか話が妙な方向に……」
「仮に世界中で1年でゴミとして出るパンツが30億枚とすると、それだけで単純計算で240,000 トンの二酸化炭素が出る計算になる。これはT72戦車が破壊された時に生じる二酸化炭素量を4000kgとした場合に、60,000台が爆散したのと同じ計算になる」
「そんなに……」
唖然とするナナ。まさかパンツだけでそれほどの温室効果ガスが出るとは思わなかったのだろう。
「これを『お前のパンツで世界がヤバい現象』と名付けたい」
「いや実際そうだけど、ネーミング!?」
困惑するレベッカのスカートを、スカイは堂々とめくった。
「俺が恋人達の下着を救済(迫真)してコレクションする事で、それに少しでも歯止めをかけているのだよ。SDGsというやつだ…………今日は白か」
「いや、何堂々とめくってるの!?」
「別に良いだろ。このパンツもいずれは俺のコレクションの1枚になるのだ……」
「……ナナ? この人と付き合うっていうのはこういう事だよ? 大丈夫? パンツやブラを抵抗なく貢げられる?」
「……頑張ります」
「王都陥落で666の駐屯地が燃えた時に、俺がこれまで集めた嫁達の使用済み下着コレクションも、お守りとして肌身はなさず持っていたレベッカのファーストブラを除いて全て焼失したからな……ナナには頑張ってもらいたい」
そんなスカイの言動に呆れつつ、レベッカが呟く。
「さっきから……スカイを含めて皆下ネタ率高くない……?」
「思春期なんてこんなもんよ。レベッカは幻想抱きすぎ。まず隊長のスカイからして、ねぇ? 恋人としては煽りの一つでもしてやりたいというか」
「おいアリス、何が言いたい?」
「大体、冷静に考えると13股って何かがおかしい。否、全てがおかしい」
レベッカは恨めしげにスカイの頬を軽くつねった。
「ま、それを受け入れてる私達もおかしい。狂ってる。が、そもそも今のブラックバニア自体が狂ってるから何も問題無いんじゃない?」
ヘラヘラとした口調でアリスは言った。
「狂ってる状況においては狂気が正常で、むしろ正常である方が異常であるってか? 哲学的だね。……レベッカ。そろそろ頬つねるの止めてくれ。レベッカに悪い事してるとは思ってるんだぞ」
「自覚あるのが最高にたち悪いよね、この男の娘……」
わざと軽い空気が続く。これからの戦いから目を逸らすかの様に。
戦場とは思えないほどの時間だった。
――その時だ。
「……お父さん」
ぽつり、と。スカイに向けナナの声が小さく響いた。
スカイは一瞬きょとんとし―― 次の瞬間、苦笑した。
「おいおい、俺はまだ独身だぜ?」
「結婚相手の『内定』は出てるけどね〜」
アリスが横から刺す。
ナナは微笑み、しかしその瞳は冗談の色だけではなかった。
「ふふ……ふざけてみただけです。ふざけて、ね?」
「…………」
レベッカの手が、スカイの袖をぎゅっと掴んだ。
(……ナナは本気だ。ナナが、本気で父親を求める子供の表情をしてる……)
レベッカの胸の奥に、またひとつ、重たいものが沈んだ。思い出すのはこの前にした2人だけの会話。
父親と婚約者は無残に死に、母や他の家族は音信不通。自分を庇護してくれる対象がスカイとレベッカしかいないということを彼女は自覚している。
だから、スカイとレベッカを父母代わりにしようとしている。
そしてスカイも――
ほんの一瞬、表情が揺れた。
その揺れは、誰よりもレベッカが敏感に察知した。
(あ、この人、察してる。ナナが父親を求めている事を)
焚き火がパチ、と弾けた。
「……ナナ」
スカイがナナに向き直る。
「そう呼ばれるのは、悪くない……――悪くないが、あまり俺に完璧を求め過ぎるなよ?」
優しい声音だった。
「……はい」
ナナはうれしそうに笑った。その笑顔が、本当の娘のようにレベッカには見えた。
「ナナ。ちょっと……」
さすがに、一言言っておくべきかと声をかけようとするが、その弱々しい声は、乱入してきたクリスティーナの声にかき消された。
「そうです!隊長は皆の天使であり、お父さんであり、兄であり、弟であり、旦那様なのです!!」
「うわ出たカルト教祖!」
アリスが大げさに言うが、クリスティーナは構わず続けた。手にはどこからか持ってきたのか一升瓶が握られていて、明らかにテンションはいつもより高かった。
「そう、大隊の皆で幸せになるのに一番確実な方法。それは戦後に皆で隊長のお嫁さんになる事!ナナもそう思わない?」
「止めて、人の弟子を変な宗教に勧誘しないで!?」
「変な宗教とは失礼な!? 私はこの方法が一番丸く収まると……」
「何度も言ってるけど、私の立場も考えて!? スカイも何か言ってよ〜」
「……はは。ほどほどに、な。だが、それで隊の結束が高まるなら悪くない」
「スカイ〜? 本当そういう所だよ〜? 正室は私だよね〜?(ヤンデレ目)」
そんな風にカオスになった場。その場ではナナの歪みについてはうやむやになったまま、宴はたけなわになっていった。




