27、黙示録
――午後
ジフ川陣地の一角。簡易ベッドのあるテント内。
スカイ・キャリアベースは軍服の襟を緩め、乱れた呼吸を整えていた。
朝の発作は収まり、表情は再びいつもの冷静さを取り戻している。だが、その瞳の奥には、朝とは違う何かが灯っていた。
薄い天幕を通して、陽の光が差し込む。今朝あれほどの大虐殺が行われたというのに、天候はのんきな小春日和だった。
「……入るよ」
控えめな声。レベッカ・シューティングスターがテントに姿を見せた。気遣うような表情で、しかしどこか探るようにスカイの顔を見つめる。
「具合は……?」
「大丈夫だ。もう落ち着いた」
短く返すスカイ。その声には、疲労と――少しの熱が滲んでいた。
レベッカはベッドのそばに腰を下ろし、少しの沈黙の後、そっと切り出す。
「朝、物資置き場で倒れたって聞いた。ナナもアリスも心配してたよ」
「……少し疲れていただけだ。余計な心配をかけたな」
「もう、スカイは私の恋人で……不本意ではあるけど、可愛い弟子の恋人でもあるんだから、身体には気をつけてよ。……最近、反政府軍が大軍で来るってビビって、半ば自暴自棄的にHばっかりしてたし」
「ははは、女好きは持病みたいなもんだ。…………レベッカには苦労をかける」
「このセックス依存……ほんとに夜な夜なだったし、体力落ちてたんじゃないの?」
そう言い合いつつ、スカイは視線を伏せる。数秒の後、ふっと乾いた笑みを浮かべた。
「――寝転がっている時に、ふと思ったんだ」
「何?」
「うちの連中は戦争が終わったら――行き場がない。兵士として生き、戦場以外に自分の価値を置けない奴らがほとんどだ」
一呼吸置いて、スカイは続ける。
「俺が企業とか……立ち上げれば、雇ってやれるかもしれない、居場所を作ってやれるかもしれないと思った」
そんなスカイの構想に、レベッカは顔をほころばせた。
「それは……良いと思う! スカイなら、リーダーシップもあるし、頭もいいし……クリスティーナとかが言ってる皆でスカイと結婚! なんてよりは、よっぽど現実的だと思うよ……私も嫉妬抱えなくて良いし」
レベッカは言いながら、どこか安心しようとしている自分を感じた。だが――その直後。
「そこでだ……あの武器と弾薬の山だよ。戦争が終わったら、全部無駄になるんだよな?」
レベッカは一瞬きょとんとし――眉をしかめた。
「……何が言いたいの?」
「今朝の戦闘で鹵獲した武器の山を見てみろ。戦争が終わったら余剰戦力になる。廃棄されるか、倉庫に積まれるか。…………もったいないだろ?」
静かすぎる声。淡々として、感情が見えない。
「ブラックバニア以外にも戦争してる国は山ほどある。第三世界なんて武器の需要は飽和してる。……俺のコネと立場と実績を使って、内戦終結後に余った武器弾薬を安く仕入れて、高く売る。いい商売になると思わないか?」
レベッカは目を見開いた。
「…………何を、言ってるの?」
スカイは視線をレベッカに向けた。その青い瞳は、日の光を反射し、どこか底の見えない色をしていた。
「例えばヴィクトリア。学徒兵で終わらせるにはもったいない人材だ。あの技術と計算能力は武器だ。……そう、武器があれば、戦争は回せる」
空気が変わった。
「で、さっきの話だ。……戦争が終わったら、余った武器弾薬を他に戦ってる連中へ転売する。需要はいくらでもある」
「……それって」
レベッカの喉が詰まった。
「――死の商人、だよ。戦争ビジネスだ。戦争を終わらせると666の居場所がなくなるなら戦争を終わらせなければいい」
スカイは目を細める。微笑む――だが冷たい微笑みだった。
「……今日、橋の上の地獄を見て思ったんだ。あんな光景を俺達だけが経験するのは、不公平だ」
その瞬間。レベッカの背筋に冷たいものが走った。
「特に……俺たちの戦争を、高みの見物していた、平和ボケした国こそ。見るべきじゃないか? 本物の戦場を。理不尽を」
スカイの言葉に熱が入る。
「今、俺達の地獄を「見て見ぬふり」してる連中に同じ地獄を体験させてやる。最終的に俺達で裏で戦争を煽って、対立する両陣営に武器を売る」
彼の言葉は恍惚としていたが、同時に冷えており、さながら怨霊の如し。
「平和な世界に、俺たちの居場所があると思うか? ――俺の手で、俺自身の手で聖書の黙示録の光景を顕現させてやる。世界から見捨てられた100人と1人で世界を燃やしつくしてやる」
「利益の為に戦争を起こすってこと? 正気?」
「利益の為に戦争を煽る死の商人? 違う違う。武器商人なんてフィクションと違って現実じゃ大して儲からん。…………俺は、今、俺達が味わっている地獄を世界中の人達にも味わってもらいたいだけ。世界中に戦争を起こしたい。利益は二の次だ」
「……ストップ」
レベッカが立ち上がり、スカイの目の前に立つ。
「今日のスカイ、少し変だよ。何か……怖いよ。……まるで、それこそ、黙示録の666の獣でも乗り移ったみたい」
スカイは数秒、彼女を見つめ――ふっと視線を逸らした。
「…………冗談だよ。ブラックジョーク。言ってみただけだ」
その目は笑っていた。口元も笑っていた。
――だが、その笑みには温度がなかった。
「本当かな……?」
レベッカの小さな声。それに返事はなかった。
天幕の外では、川面が今の状況とは正反対にキラキラと美しく光っている。
その光の反射する中――スカイの瞳だけが、一瞬だけ、深い闇を宿した。
それを見たレベッカの胸中に、誰にも言えないものが静かに芽生えた。
テントの外では、大隊の「鳥籠に小鳥」紋章の部隊旗が。まさに666の数字を掲げた旗が翻っていた。




