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1. キャリアベース家は今日も修羅場です☆

 ここは、P世界線――あの血で血を洗う内戦が「起きなかった世界」。


 そして、ブラックバニア民主主義王国・ハマン市のとある安アパートの一室。

 

 そこは、キャリアベース家の『本拠地』である。この一家、どこにでもいるシングルマザー家庭だが、今日はまた尋常じゃない緊張感に包まれていた。

 

 集まったのは、家の主であるゾーイ・キャリアベース(母)。


 その長女で大学生のクラリーチェ・キャリアベース。21歳。


 次女で同じく大学生のニーナ・キャリアベース。19歳。


 そして、問題の元凶(※被害者とも言う)の、長男のスカイ・キャリアベース。

 

 家族会議という名の裁判が、今、まさに開廷されようとしていた。

 

 リビングのテーブルを挟んだ正面。そこに、正座して深く頭を下げているのは――


 明るい黄緑の髪を艶やかにまとめた、快活そうな少女。

 

「クラリーチェ先輩、ゾーイお母様……本日はどうしてもお願いがあって参りました!」

 

 まっすぐな眼差し、しっかり通った声。


 その様子に、空気がぴしりと固まる。

 

 彼女の名は、ジョオン・ハインド。19歳。


 大学ではクラリーチェの後輩であり、そして彼女の恋人である、シオン・ハインドの妹でもある。


 つまり、クラリーチェにとって、後輩兼彼氏の妹というややこしい立場の彼女が、今ここで、なぜか正座していた。

 

 ジョオンの後ろに控えているスーツ姿の青年、シオン・ハインドは、居心地悪そうに視線をうつろわせている。

 

 だが、そんな兄の居心地の悪さをぶち壊すように、ジョオンはビシッと背筋を伸ばして言った。

 

弟君(おとうとくん)を、私にください!」

 

 静まり返る室内。


 クラリーチェは紅茶を口に含んだまま、吹き出しかけて、ぐっと堪える。

 

「……いや、お前は、何を言ってるんだ……?」

 

 その声には、戸惑いと呆れと、ほんの少しの殺気が混ざっていた。

 

 元凶――スカイはというと、傍で素知らぬ顔でなりゆきを見守っていたが、今、明らかに震えた。


 まるで遠くから迫る雷音を察知した野生動物のように。

 

「好きなんです! 本気でお慕い申し上げてます! 彼を一目見た時から、そのなんでも抱え込もうとする不器用な優しさも、若干ひねくれた性格も、顔の良さも! 全部ひっくるめて愛してます!」

 

「ちょっと待て。……お前、私の彼氏の妹だよね!?」

 

 クラリーチェが額を押さえる。


 ゾーイも無言で眼鏡をクイッと持ち上げた。口は笑っているが、桃色の瞳が笑っていない。


 小柄で、なおかつ童顔という事もあり、姉達以上に年下に見える様な女性だが、これでもかつては軍学校を首席で卒業し、結婚を期に退役するまで、軍務を勤め上げたれっきとした元軍人である。


「ゲリラ戦の天才」と持つはやされて、実際PKO派遣で戦地に派遣された時には、襲撃してきた現地の武装勢力と戦闘経験もある、肝の座った彼女だったが流石に面食らっている。


 愛用の「I love guerrillaWar」と書かれた、チェ・ゲバラの顔が印刷されたTシャツの、ゲバラの顔もしわのせいか心無しか困惑している様に見えた。


「ええ、知ってますとも! でも、関係ありません! 兄がクラリーチェ先輩と付き合っていようと、弟君(おとうとくん)は私がもらいます!」


「……なんでうちの家族関係は、毎回こんな火薬庫みたいな修羅場になるのよ……」


 頭を抱えるクラリーチェ。


 呆れた顔でサザンド◯のぬいぐるみを抱えて見下ろすニーナ。


「うちの弟、八股してるよ~?大丈夫?」


「してないよ! その噂流したのアンタでしょうが!」


 そんな姉の爆弾発言に、スカイは、思わず声をあげた。


「いや、実際女好きでしょ。スカイ。レベッカちゃんやらクラスの子やら、いつも女の子に囲まれてるし」


「いや、レベッカ達とはそういう関係じゃないから!」


 ニーナは歌とおしゃべり好きで、大学に通う傍ら、Vチューバーとして配信を行って家計を支えている。


 それは良い。結構な人気配信者らしく、実際、投げ銭や広告料で家計は助かっていた。


 一方、割と適当な事をいう悪癖があり、スカイが八股をしているなどという、恐ろしい事実無根の話を配信や友人知人に話してたりもする。


 配信界隈では「伝説の弟」として一部で有名らしい。まずそもそも、ニーナ本人が弟が複数の女の子と同時に付き合っていると信じていた。


「だからこそです! そんなに人気なら早く動かなければ、この想いは伝えられない……!」

 

「伝えなくていいよ! だいたい、お前、前に自分で軽い男は嫌いとか言ってただろ?!」

 

 クラリーチェが机を叩く。コップが震える。


「惚れちゃったものは仕方ないでしょう! 仮に私に立場ある身なら、身を引く事も考えたでしょうが、私は幸いただの大学生! 花のJD! 遊べるのは今だけと思い……」


「いや、僕は八股なんてかけてないから!」


 一方のスカイは、完全に現実逃避モードに入り、部屋に置いてあるマリル〇のぬいぐるみを「可愛いなぁ」と言いながら膝に置いた。


 その様子に、ゾーイがふっと口を開いた。

 

「スカイ、お前、どうするの?」

 

「え、いや、あの、僕は……」

 

 助けを求めるように姉たちを見るが、そこにあったのは、クラリーチェの凍りついた笑顔と、ニーナの「弟よ、決断を!」みたいな視線。そして、彼をうっとりと眺めるジョオンの瞳。


「ねぇ、スカイ。お姉ちゃんの彼氏の妹を選ぶの? そうなの? ふーん?」


「……母さん……どっち選んでも死にそうなんだけど……」


 死を覚悟した末弟の背中に、夕陽が哀しく差し込んでいた――。

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