25、ピンポイント爆撃
砲撃許可が下りたヴィクトリアは、正直なところ――興奮していた。
元々、実家は王都の豪商で計算については元々大得意。貴族ではないものの、エリート学校で優秀な成績を収めていた彼女だった。
親の家業を継いでいても、それなりに成功していただろうが、皮肉な事に今その才能は戦場において最大限発揮されていた。さらに言えば、彼女の本来のステージである経済界は、この国ではとっくに崩壊していた。
「風向き、西風3m。地点32のデルタ。対象は停止中」
先行したヴァネッサからの観測情報を元に、ヴィクトリアは計算を瞬時に行う。
仰角、射角、距離、最大射程、風向き、地球の自転……。この複雑な要素が絡み合う計算式を紐解き、さく裂する爆発。それこそがこの世で最も美しい芸術と、ヴィクトリアは疑っていなかった。
「……有能な上官。 よく飛ぶ砲。 威力ある弾。高価値の標的。 正確な狙い。あとはそこに死があれば完成する」
久しぶりの砲撃に思わず、彼女の思想が淡々と口からこぼれた。
「難しい目標を照準しぶち抜く! だからエレガントなの! これが芸術なの!」
流石に呆れた様に、装填手のフェリシアが彼女を眺めている。
「ヴィクトリア中隊長のモデルの潜水艦長のセリフをまんま呟いてるあたり、相当ご機嫌なようで」
「最近ご無沙汰だったからねぇ。さーて、運命の砲撃、始めましょ?」
「アイマム! 装填完了! いつでもどうぞ」
「……ナムハチマンダイボサツ」
「なんですか? それ。」
「射撃や砲撃が当たりやすくなる日本の呪文だって。クリスティンから聞いた」
フェリシアも続けて呟く。
「ナムハチマンダイボサツ!」
「撃ちーぃかたーぁ始め!」
そう宣言したヴィクトリアは、迫撃砲のトリガーを引いた。
――午前04時16分。
号令と同時に引かれたトリガー。放物線を描く砲弾は、夜明け前の淡い闇を切り裂き、死そのものとなって飛翔した。
観測手のヴァネッサは観測地点から身を乗り出し、砲弾を追うように双眼鏡を構える。
「……美しい」
砲撃の魔術士とも言える上官に心酔する彼女の横顔に、砲火よりも冷たい笑みが浮かんだ。
* * *
一方そのころ。
第31歩兵旅団 指揮車両――
ウェルマー・J・カールソン中佐は、悲鳴が充満する指揮車の車内で、無表情で指揮をとっていた。
(……まあ、こうなるだろうな)
麾下の31旅団は、もはやまともな戦闘など出来ていない。兵士達は次々と倒れ、橋上は炎に包まれていた。反政府軍内でもとりわけ凶暴な戦い方をする事で政府軍から恐れられていた旅団であったが、現在は見る影も無かった。
部下の誰かが喉を震わせ叫ぶ。
「中佐! 8号車が大破! 火が――!」
「いいか、冷静になれ。まだ勝機は――」
その言葉が終わるより早く、白い光が視界を覆った。
砲弾が落ちた。
爆発音ではない。爆発そのものが彼を襲った。
指揮車の装甲が撥ね飛ばされ、轟音の中、車体がねじれる。鉄板が宙を舞い、乗員の体が爆ぜる。
ウェルマーの視界が瞬く間に真紅へ染まった。
ウェルマーはその時、自身に何が起こったのかすら分からなかった。
ただ自分が死ぬのだというのは、身体が木っ端みじんになる瞬間になんとなく分かった。ほんの少しだけ、悔しさに似た感情があった。
――畜生!
そう感じながら、ウェルマーは――飛び散った。
直後、指揮車が炎柱となって爆散した。
* * *
高台。観測陣地。
興奮するヴァネッサの通信越しに命中を確認したヴィクトリアの声は、もはや恍惚に変わっていた。
「美しい……!」
通信機が震える。
「こちらオウル2! 砲弾直撃! 直撃! 敵指揮車両が爆散! 指揮系統はこれで崩壊する!」
そこから10分もしないうちに31旅団の兵は、軍からただの群衆になった。
「橋上、完全にパニック! 部隊は総崩れ……総崩れ! 統制不能!」
「……潰走が始まっています!」
偵察隊から次々と入る報告に、スカイは息を吸い、静かに告げた。
「……見事だ。ヴィクトリア。666へ、追撃は不要だ。橋から先は深追いになる。無駄弾を使うな」
その横で、エリザベスが双眼鏡を下ろした。
「……今ので、31旅団は終わったわね。後続も止まる。最早攻勢は成立しない」
スカイは頷く。
「午前04時35分。政府軍の勝利が確定」
「――あんな最期は嫌ね」
スカイの勝利宣言が終わらぬうちに、無数の影が橋から川へ飛び込んだ。
逃げようとしたのか、あるいは恐慌の果てだったのか。だが、その多くはまだ春先の冷たい水と自身の装備の重さ、そして、自分だけは助かろうとした他人に掴まれた結果、ほとんどが沈んでいった。
地獄絵図というのは、まさにこの光景をいうのだろう。
一方、砲撃陣地のヴィクトリアは、先ほどの興奮とはうって変わって静かに砲に手を当てた。
「……久しぶりに、満足したわ。戦果ではなく『芸術』としてね」
フェリシアが肩を竦める。
「狂ってる」
「そっちこそよ。こんな部隊で一緒に砲撃してる時点で」
二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
その笑い声の背後で、川面に沈む兵士たちの断末魔が風に流され、空気のように薄く消えていく。
数分後。
反政府軍――全軍後退開始。
ジフ川戦線の初戦は、この瞬間をもって決着した。勝敗が決まったのは、まだ太陽が昇る前。
その名は後世、「リッダヴ橋の虐殺」と呼ばれることになる。




