24、 キルゾーン
4月20日――午前04時00分。
追討軍。リッダヴ橋への突撃開始。
空はまだ白み始めてすらいない。川面には炎がわずかに反射し、瞬いている。その美しさと、直前に始まった光景との落差は、あまりにも残酷だった。
最初の轟音は、誰もが覚悟していた通りだ。
榴弾砲の斉射。続いて機関銃。さらに迫撃砲。
橋には数分で、数千発の弾丸が撃ち込まれていた。
橋上に詰め込まれていた第31歩兵旅団の兵たちは、反応すらできていなかった。
装甲車両が爆散し、足を取られ、身を伏せようとした瞬間、横からも砲撃。
逃げ場はなかった。
「…………」
高台。政府軍が構築した観測陣地。
双眼鏡を覗き込んでいたエリザベス・ラプターは、わずかに眉を寄せただけだった。隣で同じく双眼鏡を構えていたスカイ・キャリアベースが、静かに息を吐く。
「……予想通り、というか。あれは……もう戦闘じゃないな。ダラを思い出す」
「虐殺ですね」
「以前、ユリシアにさ、言われたんだよ。殿下は戦闘を、それも格下の敵を嬲り殺しにする時ほど生き生きしてるって。……否定出来ない自分がいた」
「……流石ユリシア。よく観察している」
「だが、彼らを見ていると……流石に胸が痛むよ」
苦笑しながらスカイは言った。それ――スカイの嗜虐趣味についてはエリザベスは何も言わず、今の戦闘を分析する。声に感情はない。
「あれは、戦術的敗北というより、指揮官が撤退を選べなかった結果の処刑場。あの橋の上にいる連中、全員死刑宣告済み」
双眼鏡の視界。
橋中央にたどり着いた装甲車が炎上し、立ち止まった瞬間、後続が次々と追突。中からはい出してきた兵達は機関銃になぎ倒されてすぐに動かなくなった。
辛うじてそれを遮蔽物にしようとした兵達に、榴弾砲弾が頭上で炸裂し、噴煙が消えた後には血の跡しか残っていなかった。
兵士の悲鳴が風に乗る。だが、ここまでは届かない。
「……ジョージ・クライムズ大将は無能だ、って言いましたよね? 間違ってなかったわ」
「無謀な作戦を立てたから……というより、撤退を決断できなかったから?」
スカイが、挽肉にされていく反政府軍兵を見ながら素っ気なく聞く。
「そう。戦術のミスより致命的。ただのアホよりも悪質。あの中を突撃してくる辺り、反政府軍、本当に補給が苦しくて、せめて「やってる感」だけでも出す為に攻めてきてるんでしょうけど……状況が詰んでるのに、メンツで突撃を命じた。あれ、敢闘精神じゃなくて保身っていうんですよ」
スカイは苦笑する。
「皮肉だな。革命側になっただけで、中身は政府軍と大して変わってない。責任追及されるのが怖くて、勝つ可能性がゼロでも突撃する……。せめて「自分は戦って負けたんだ。臆病者じゃない」と言い訳するために。戦争全体を考えれば、臆病者の誹りを受けようが、撤退してここで失っている戦力を別方面に振り分けるべきなのに。 ――ラナン砦の時と同じだ」
「皮肉ですね。あの時の政府軍を嘲笑っていた側が同じ失敗をしている」
橋上で、車両の残骸を乗り越えようとした兵が姿を見せた。
一瞬だけ、生存への執念を感じさせる動き。
だが、数秒後――彼の上半身が消えた。大口径砲が直撃したのか、橋から身体の下半分だけが川に落ちていった。
エリザベスはわずかに視線をさげ、呟く。
「……ここから見える分だけでも、被害は三割超えましたね。まだ10分も経ってないのに」
「多分、1時間しないうちに壊滅だ。1個旅団約4000人。それがたった1回の戦闘で消える計算になる」
冷静な声。それが逆に痛烈だった。
「殿下。もしあなたがあそこに突撃を命令されたらどうします?」
「撤退を進言する。採用されなければ、ラナン砦の時みたいに政治的な手で可能な限り自隊だけは引かせる。……最悪の場合は部隊率いて夜のうちにトンズラする。普段部下に敵前逃亡は銃殺とか言っておいてなんだが、俺は多分、そうする」
エリザベスが目を細める。
「やっぱり好きですよ、殿下。女癖は最悪でも、その合理性だけは信頼できる」
「おいおい。知っての通り、俺は正室に加え、愛人が12人いるラノベ主人公でも中々見ないタイプの女たらしだぞ? 惚れたら後悔するぜ?」
「勘違いしないでくださいよ。LIKEですよ、LOVEじゃありません」
「……あんまり思わせぶりな事言うと、こっちも勘違いするぜ? 悪い事は言わない、止めとけ止めとけ。一生軟禁されたくなければな」
「おー怖い怖い。独占欲強すぎですよ、殿下は」
その言葉でこの場の空気が少しだけ緩みかけた
――その瞬間。通信が入った。
「こちらグース1、ヴィクトリア。我々も撃っていいですか? あんな場所に迫撃砲を撃ち込んだらさぞ楽しそうよ」
後詰として展開しているグース隊からだった。射程は十分届く距離。オーバーキル気味ではあるが、手伝って悪い事を言われる事はあるまい。
「発砲を許可する。どれ、砲術の腕前が落ちていないか、俺が直々に見ていてやろう」
スカイの言葉にヴィクトリアは悪い笑い声を上げた。
「せっかくだし、高価値の目標を狙いたいわね。…………目標、敵の大将首、ウェルマー・J・カールソン!」
スカイは部隊一の砲手が指名した目標に、少し困惑した。
「大きく出たな。確かに陣頭指揮してるのか、それらしき人物乗る指揮車が少し離れた位置にあるが、あれは狙えないだろう。射程ギリギリだぜ? あの辺狙ってる味方の砲兵なんてほとんどいない」
「だからこそ、狙う価値があるってもんよ。ヴァネッサは観測開始! フェリシアは徹甲榴弾装填!」




