20、チートをあげよう
舗装の剥げかけたカーク郊外の一本道を、引き続きスカイ・キャリアベースは一人歩いていた。
引き続きその脳裏に、誰の耳にも届かない声が響いた。
甘く、悪戯めいた、けれどどこか陰気さも感じる声。
――ネクロディア。
彼の精神の中に棲む、邪神にして世界を呪った少女の怨念。
「君も私と同類だよね♡ 世界を憎んでるでしょ? 分かるよ、うんうん。私たち似た者同士だもんね☆」
スカイは足を止め、うんざりとした声を返した。
「黙れよ陰キャ姫。お前みたいな、思春期と反抗期をこじらせた怨霊と一緒にされてたまるか。」
「え~、でも心の奥では思ってるでしょ?」
ネクロディアの声は妙に楽しげだった。
「『俺たちの地獄を、ポップコーン片手に観戦してた連中に、同じ痛みを味あわせてやりたい』ってさ。うふふ、私、知ってるんだから。なにせ君の心に居候してるからねぇ」
スカイは何も言わなかった。
沈黙が、何よりも雄弁だった。
「ほらね、図星だとす~ぐ黙っちゃう。かわいい♡」
くすりと笑う声。
「ねぇ、一緒に世界を泣かせようよ。そういうの得意だし、私」
「……」
「スカイくんと愉快な美少女ゲリラたちは、未来を守るために地獄に行かされ、無能な大人たちのせいで帰ってこれなくなりましたとさ~。守るはずだった未来? ああ、全部燃え尽きたよ。……流石の私でも同情するね。」
まるで語り部のように語る声。実際、その口ぶりには、若干の同情があった。
「お前から同情されるとは思わなかったよ」
「これでも、戦争被害者には割と同情するたちでね」
「……じゃあどうするんだ?」
スカイは低く呟いた。
「なろう小説の主人公みたいに、チートスキルでもくれるのかい?」
「良いねぇ」
ネクロディアは躊躇なく答える。
「それで世界中を焼き払って、その地獄絵図を見ながら、君の可愛い信者ちゃん達と大笑いするのもオツだと思うよ?」
「……はっ」
スカイは鼻で笑った。
「ローマを焼いた、かの悪帝ネロの様にか?」
一瞬、沈黙。
ネクロディアが――いや、“影姫”が、言葉を失った。
「……なんだよ、その間」
「…………別に」
短く、乾いた応答。
その声からは、いつものうざったさがすっかり抜け落ちていた。
「それよりどうする?」
再び声色を戻して、邪神は囁く。
「今ならお安くしておくよ。力が欲しいなら、ただでチートをあげよう。もちろん――その力で暴れてくれるならね♡」
スカイはその誘いに、しばし何も言わなかった。しかしやがて、ゆっくりと首を横に振る。
「……やめておくよ」
淡々と、それでいて鋭く。
「邪神との契約なんてろくなことにならない。昔から相場が決まってる」
「ちぇー。なんだよ。つまんねぇの」
拗ねたような声が、スカイの頭の中に消えていった。
再び、彼の足音だけが舗装路に響く。
空は一週間前の王都陥落時の様な血の様な夕焼け空。
この世界のどこかで平和を享受する人々の上にも、地獄のような日々を送る彼らの上にも、太陽の光は平等に降り注いでいた。




