19、昔話
午後の陽射しが傾きかけた頃、カーク市郊外の舗装の剥げかけた道路を、一人の少年が歩いていた。名をスカイ・キャリアベース。 彼は第666特別大隊を率いる少年指揮官にして、現在は、クラリーチェの檄文に従いカークに集った政府軍残党の各部隊への挨拶回りの帰り道だった。
その彼の頭の中では、誰の目にも見えない、彼の精神の中にいるもう一人の存在が話しかけてくる。彼に融合された邪神、ネクロディアである。
「いや――、スカイ君。君もようやるねぇ。まさか私との融合をあの子達に告白して以降、戦死者ゼロで戦い続けているとか、普通に考えてバグでしょ」
「軍神の加護でもついてるのかね」
「そこは私の加護って言えよ~。悲しむぞ、私は」
「ファッキュー、クソ邪神。お前の加護って生贄捧げないと発動しないやつだろ。都合良く手柄にしようとするんじゃねぇ」
スカイがげんなりした顔で返すと、彼の中にいる邪神――ネクロディアはクスクスと笑った。
「つれないなぁ、スカイ君は。ま、いいさ。私の好感度を稼ぐためにも、前に話した話の続きをしてやろうじゃないか」
「別に興味ないね」
「無視して話すね」
スカイの乾いたため息をよそに、ネクロディアは話を進める。
「前に君、言ったよね? なんでそんなにギブアンドテイクにこだわるんだって。具体的には第二章七話あたり…」
「ああ、言ったかもな」
「実はね、昔は私も、無償で願いを叶えてやってたんだよ。信者たちのために、奇跡の雨を降らせたり、病を癒やしたり、吉夢を見せたり」
「善行じゃねぇか」
「でもね、それが続くとどうなると思う?連中、次第に調子に乗って、私のことを都合のいい道具扱いし始めたのさ。信仰なんて表面だけで、内心では『何してもご褒美くれる神様』くらいにしか思ってなかった」
「……まぁ、ボランティアが疲弊するのは今のこの国見てりゃよくわかるわな」
スカイはふと視線を遠くに投げた。
「前に『子供たちを救うんだ!』って気合入れて入ってきた人権団体がいたよ。だが、反政府系ゲリラに襲撃されて物資を奪われて、職員はレイプされて、すぐに命からがら逃げ出した。正義や善意なんて、そう簡単に続けられるもんじゃない」
スカイは皮肉めいた失笑を一つ。皮肉屋なのは今に始まった事じゃない。
「だがね、私の本質はそこじゃない」
ネクロディアの声が、ほんの少しだけ真剣味を帯びた。
「さ~て、ここでネクロディアクイズ。私はなぜ、10代の女の子を生贄に要求するようになったでしょうか?」
「……旨いから?」
「それも正解だけど違う。答えは、私の『原点』にあるんだ。少し昔話をしよう」
「あんまり退屈じゃないといいがな」
「昔々、この国が建つよりも昔、ある国の王に娘が生まれた。だがその娘の母親は、身分の低い妾だった。そして正室は、そりゃもう嫉妬深い女だった。スカイくんに分かりやすく言うとねぇ……レベッカちゃんの100倍くらいかな」
「俺に対するあてつけか」
「最後まで聞けって。娘は正室に疎まれ、誰にも名を呼ばれず、幽閉されて育った。お飾りの王族、通称、影の姫君」
「『影姫』か」
「そう。彼女は誰にも知られず、愛されず、ただ時間だけが流れ……そして、誰に惜しまれることもなく、…………ひとり寂しく死んだ」
スカイは沈黙する。どこか、耳が痛い話だと思った。
「…………私の核はその少女の、悲しみ、恨み、渇望、その全ての恨み辛み。だから、少女たちが笑っているのを見ると……どうしても、こう……」
少し言い淀んだが、ネクロディアは続ける。
「本能的にイラっとするんだよねぇ」
「……要するにお前は、1万年近く若い女に嫉妬してる大怨霊様ってわけか。性格悪いんだな、お前」
「性根については君に言われたくはないけど。まあいいさ。君だって嫉妬深いところあるし、私たち、案外相性がいいのかもよ?」
「勘弁してくれ」
そう言いながらも、スカイはどこか遠い目で歩き続けていた。
世界の闇が形を成したような存在と、それを内に抱えたまま戦い続ける少年。
その歩みは、どこか滑稽で、どこか切なかった。




