16、真相
カーク市郊外の空き地に設けられた、第二ヘリ旅団の臨時飛行場。
むき出しのコンクリートと仮設ハンガー、そこに並ぶのは古びた多用途ヘリと、かろうじて稼働状態にある攻撃ヘリや輸送ヘリが十数機。資材も燃料もギリギリ、だが整備兵たちの手によって、どうにか形だけは保たれている。
その敷地内の一角、簡素な司令部テントの前に、俺は立っていた。
「ニーナ姉上、挨拶に参りました」
姿勢を正し、軽く頭を下げる。
応えたのは、パイロットスーツに身を包んでに袖をまくり、航路図を片手にもった長身の女性だった。声は朗らかで、うちのブリジットにも勝るとも劣らない美声の持ち主だ。
「……おお、スカイか。生きてたのね」
彼女――ニーナ・ヴァレンティア大佐。ブラックバニア空軍のヘリコプターエースにして、第二ヘリ旅団の臨時旅団長を務める人物だ。
俺やクラリーチェ姉上とは腹違いの姉妹で、20歳。クラリーチェ姉上同様、母の身分が低かった為、王家では不遇気味であり、食っていく為に軍人を志したと言っていた。この辺はクラリーチェ姉上も似たような背景だ。
肩まで伸びた黒髪を無造作に束ね、緑色の瞳を持つ彼女は、クラリーチェ姉上同様、俺の数少ない『まともな姉上』の一人である。
心優しく、部下からの信頼も厚い。
「よくぞ無事に地獄の中を抜けてきたわね。大変だったでしょう」
「はい。王都が落ちてから、逃げに逃げて……どうにかカークに到着しました。クラリーチェ姉上には先ほど謁見し、部隊の合流を申し出ました」
「ふむ。で、どうだった?」
「ええ、それが……」
俺は、誇らしげに、しかし照れくさく笑って続ける。
「クラリーチェ姉上は、私を抱きしめて……涙ながらにこうおっしゃいました。『お前だけを信頼している』と。……やはり、姉上は後方で偉そうにしてる王族連中とは違う、立派な方です」
「……あー」
ニーナ姉上は気まずそうに航路図を机において、天を仰いだ。
「それ、多分……私も言われたわ」
「……えっ?」
笑顔が固まる。
「クラリーチェ姉上、カークまでたどり着いた軍指揮官には全員そう言ってるっぽいのよ。最初に私が到着したときも、同じこと言われたし、その後合流した砲兵隊の人たちも、そう言ってた」
「えっ……」
「まあ、後方で引きこもってた王族たちより凄いのは事実だし、それぞれ個別にそう言ってやるのも士気高揚ってやつよ。あの人、指揮官としてのカリスマは超一流だから」
俺はわずかに俯き、耳まで赤くなっていた。
「……じゃあ俺だけが、べつに特別じゃなかったのか……」
「……いや、まぁ……あんたはあんたで濃さは特別だけどね?」
ニーナ姉上は苦笑した。
「学徒兵部隊率いて、普通ならとっくに全滅してるような状況で、最前線を縦断してきたんだ。姉上にとっても、頼りになる存在なのは間違いない。『一番信頼してる』って言ったのも、半分マジで、半分は……そうね、虎を飼い慣らすつもりだったんじゃない?」
「虎……ですか」
「気づいてないかもだけど、あんた、いまカークで一番危険な男だよ?」
俺はぽかんとした顔で、オウム返しする。
「危険な男?」
「ええ。姉上視点で見てみなさいよ。自覚は無いけど、あんたはカリスマの塊さ。なので容易に二重権力化、最悪王家が分裂する」
「俺は政治には興味ありませんよ?」
「あんたにはなくても、周りが担ぎ上げる。しかも、情の湧いた相手からの頼まれごと断れないタイプなのが事態を悪化させる」
「……」
ふと、手を見る。その手は、幾度となく引き金を引き、少女たちを導き、時に慰め、時に抱き……時に罪を重ねてきた手だった。
「……そう、なんですかね」
「そうなの。だからこそ……あんたは、あんたのやり方で、『空気を読みつつ』姉上に応えなきゃいけない。そう思うよ、私は」
ニーナ姉上はそう言って、背を向けた。
「空爆支援が必要なら、遠慮なく言いな。ファイバー作戦の時みたいに。うちはヘリはぼろいが、腕は一流だ……それに、血は半分しか繋がっていないけど、家族でしょ?」
「……はい、姉上」
俺は一礼し、それに応えた。
カークの空には、穏やかな午後の日ざしが差し込んでいた。
「ま、姉上の胃痛の原因は私もだと思うけど」
「えっ、……何で?」
「ちょっと……私には『厄介ファン』が多くてね……」
そう彼女が言ったと同時に、飛行場の一角から奇妙な歌声が響き始めた。




