表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/115

19、本性

  夜更け。


 戦場前線――いや、天幕の中は静かだった。薄闇の中、ランタンの光だけが揺れ、汗ばんだ空気の匂いが残っている。


 スカイはベッドの端に腰掛け、額を押さえていた。

 

「……やっちまったよ」

 

 悔悟というより、呆れと疲労が混じる吐息だった。

 

 視線を横に向ける。粗末な寝具の上には、イーグル第五小隊の面々――シルヴィア、オクタヴィア、ファルナ、そしてユリシア――が倒れるように眠っている。誰もが疲労困憊、安らぎすら感じさせる表情で。

 

 スカイは乾いた笑いを漏らす。

 

「ただでさえ……昨日、勢いでナナと関係持っちまったってのに。これ、どこぞのラブコメ主人公を笑えんな、最後に首切られてヒロインがそれ持って逃げた、あいつみたいな……」

 

 メタ発言の入った自嘲に返答はなかった――眠る三人からは。ただ、例外的に一人だけが目を開き、ゆっくりと上体を起こす。

 

「……やっちゃったものは仕方ないでしょう?」

 

 ユリシア・バジャー。淡々とした声。悔いの欠片もなく、むしろ満ち足りた笑みさえ浮かべて。


 彼女は体を寄せ、軽くスカイの肩に触れた。その仕草は静かで、しかし抗いがたい。

 

「わたし、殿下のこと……お慕いしています」


 唇が彼の頬に触れた。ふと、少年の表情にわずかな陰りが走る。

 

「……戦闘前に何をしてるんだよ、俺達は」

 

「戦闘前だから、ですよ。他のみんなもそう思ったから来た。それだけです」

 

 ユリシアの声には、責めも泣き言もない。ただ淡々とした肯定だけがあった。


「……良かったのか? 俺みたいなどこぞの馬の骨なんかと。お前だって腐っても由緒ある貴族令嬢だろ?」


「父も母も……多分、死んでます。家の領地も叛徒共にとうに占領済。それで貴族令嬢がどうこう、血筋がどうこう言ったところで、滑稽なだけでしょう?」

 

「……」


「欲望におぼれたところで、これ以上堕ちる所もありませんよ。他の3人だって似たようなもんです」


 スカイは黙した。ランタンの灯りが、部屋に長い影を落とす。

 

 ユリシアは、ふと目を細めた。

 

「――隊長、気づいてます?」

 

「何をだ?」

 

「あなた、戦争が好きですよね? 私、気づきました」

 

 空気が一瞬止まった。

 

「……は?」

 

「好きなんですよ。戦争が」

 

 少年の眉が動く。否定の言葉を探す前に、彼女は続けた。

 

「仕方なくやってるんじゃない。――楽しんでやっている。しかも格下相手にする時はそりゃもうイキイキしてる」

 

「そんなわけ――」

 

「前に言ってたじゃないですか。「俺は戦争が大好きだ」って。あの迷演説、全文記録してますけど?」


「……あれはただのパロディだ」

 

 声が掠れていた。彼自身、言い訳だとわかっているかのように。

 

 ユリシアは微笑む。優しいのに、穿つ言葉で。


「罠にかかった敵兵が苦しんでいる時。殿下、少し笑ってるんです。わたし、いつも見てますから」

 

 スカイの瞳が揺れた。

 

「…………」

 

「それに、今日私たちを抱いた時の顔――ブラッディ・ダラ追撃戦で潰走する少年兵相手に銃を撃ってた時と同じでした。快楽と嗜虐心に染まった、それはそれは美しいお顔」

 

 乾いた喉が鳴った。反論は、呼気の中で溶けた。

 

 夜風がテントを揺らす。遠くで整備班が立てる金属音だけが聞こえる。戦場の前夜にしては、不気味な静けさ。


 ユリシアはふっと目を伏せ、そして――淡々と、優しく、決定的な言葉を落とす。

 

「でも、安心してください」

 

「……なにがだ」

 

「あなたは――狂ってる分だけ、部下を守る人です」

 

 スカイの瞳が大きく見開かれる。

 

「狂っているからこそ、誰も死なせない。だからこの部隊は、生き延びてるんです。誇って良い」

 

 スカイは息を吐き、目を閉じた。否定も肯定もなく。ただ、その言葉が胸奥に沈み込む。

 

 ユリシアはその横顔をじっと見つめ――語尾だけを柔らかく。

 

「楽しみましょう。これから始まる、一心不乱の大戦争」

 

 ――その瞬間。

 

『うわぁ♡ バレちゃったねぇ、スカイくんの本性~。嗜虐趣味の戦争狂〜。弱い相手いたぶる事に快感得てるとか、どこぞの少佐より悪辣じゃな〜い?』

 

 脳裏に響くは幼い邪神の声。ネクロディアの愉悦に濡れたささやき。


 ――黙れ

 

 スカイは奥歯を噛み、深く頭を垂れた。


 666大隊の戦闘準備は、すでに整っている。


 いつでも、敵を撃てる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ