19、本性
夜更け。
戦場前線――いや、天幕の中は静かだった。薄闇の中、ランタンの光だけが揺れ、汗ばんだ空気の匂いが残っている。
スカイはベッドの端に腰掛け、額を押さえていた。
「……やっちまったよ」
悔悟というより、呆れと疲労が混じる吐息だった。
視線を横に向ける。粗末な寝具の上には、イーグル第五小隊の面々――シルヴィア、オクタヴィア、ファルナ、そしてユリシア――が倒れるように眠っている。誰もが疲労困憊、安らぎすら感じさせる表情で。
スカイは乾いた笑いを漏らす。
「ただでさえ……昨日、勢いでナナと関係持っちまったってのに。これ、どこぞのラブコメ主人公を笑えんな、最後に首切られてヒロインがそれ持って逃げた、あいつみたいな……」
メタ発言の入った自嘲に返答はなかった――眠る三人からは。ただ、例外的に一人だけが目を開き、ゆっくりと上体を起こす。
「……やっちゃったものは仕方ないでしょう?」
ユリシア・バジャー。淡々とした声。悔いの欠片もなく、むしろ満ち足りた笑みさえ浮かべて。
彼女は体を寄せ、軽くスカイの肩に触れた。その仕草は静かで、しかし抗いがたい。
「わたし、殿下のこと……お慕いしています」
唇が彼の頬に触れた。ふと、少年の表情にわずかな陰りが走る。
「……戦闘前に何をしてるんだよ、俺達は」
「戦闘前だから、ですよ。他のみんなもそう思ったから来た。それだけです」
ユリシアの声には、責めも泣き言もない。ただ淡々とした肯定だけがあった。
「……良かったのか? 俺みたいなどこぞの馬の骨なんかと。お前だって腐っても由緒ある貴族令嬢だろ?」
「父も母も……多分、死んでます。家の領地も叛徒共にとうに占領済。それで貴族令嬢がどうこう、血筋がどうこう言ったところで、滑稽なだけでしょう?」
「……」
「欲望におぼれたところで、これ以上堕ちる所もありませんよ。他の3人だって似たようなもんです」
スカイは黙した。ランタンの灯りが、部屋に長い影を落とす。
ユリシアは、ふと目を細めた。
「――隊長、気づいてます?」
「何をだ?」
「あなた、戦争が好きですよね? 私、気づきました」
空気が一瞬止まった。
「……は?」
「好きなんですよ。戦争が」
少年の眉が動く。否定の言葉を探す前に、彼女は続けた。
「仕方なくやってるんじゃない。――楽しんでやっている。しかも格下相手にする時はそりゃもうイキイキしてる」
「そんなわけ――」
「前に言ってたじゃないですか。「俺は戦争が大好きだ」って。あの迷演説、全文記録してますけど?」
「……あれはただのパロディだ」
声が掠れていた。彼自身、言い訳だとわかっているかのように。
ユリシアは微笑む。優しいのに、穿つ言葉で。
「罠にかかった敵兵が苦しんでいる時。殿下、少し笑ってるんです。わたし、いつも見てますから」
スカイの瞳が揺れた。
「…………」
「それに、今日私たちを抱いた時の顔――ブラッディ・ダラ追撃戦で潰走する少年兵相手に銃を撃ってた時と同じでした。快楽と嗜虐心に染まった、それはそれは美しいお顔」
乾いた喉が鳴った。反論は、呼気の中で溶けた。
夜風がテントを揺らす。遠くで整備班が立てる金属音だけが聞こえる。戦場の前夜にしては、不気味な静けさ。
ユリシアはふっと目を伏せ、そして――淡々と、優しく、決定的な言葉を落とす。
「でも、安心してください」
「……なにがだ」
「あなたは――狂ってる分だけ、部下を守る人です」
スカイの瞳が大きく見開かれる。
「狂っているからこそ、誰も死なせない。だからこの部隊は、生き延びてるんです。誇って良い」
スカイは息を吐き、目を閉じた。否定も肯定もなく。ただ、その言葉が胸奥に沈み込む。
ユリシアはその横顔をじっと見つめ――語尾だけを柔らかく。
「楽しみましょう。これから始まる、一心不乱の大戦争」
――その瞬間。
『うわぁ♡ バレちゃったねぇ、スカイくんの本性~。嗜虐趣味の戦争狂〜。弱い相手いたぶる事に快感得てるとか、どこぞの少佐より悪辣じゃな〜い?』
脳裏に響くは幼い邪神の声。ネクロディアの愉悦に濡れたささやき。
――黙れ
スカイは奥歯を噛み、深く頭を垂れた。
666大隊の戦闘準備は、すでに整っている。
いつでも、敵を撃てる。




