18、準備
ジフ川の対岸はまだ静かだった。
夕暮れを映す水面は穏やかに揺れ、そこに少女兵たちがせっせと悪質極まりない罠を仕掛けている。
――この光景が、いかに異常であるかを指摘する者は、もはや誰もいない。
「――というわけで、夜這いの作戦会議に入ります」
手元の対戦車地雷を丁寧に埋めながら、イーグル第5小隊のリーダー格。シルヴィア・ブラックジャックが真顔で言った。
「いや、だからさぁ……ブービートラップ仕掛けながら言う事ですか? これが……?」
それにスコップで土をかけながら、オクタヴィア・バックファイアが眉間を押さえる。
その横で、ファルナ・ベアは落とし穴を掘りつつ、淡々と返した。
「どうせ反政府軍の主力はまだヅール砂漠辺りで立ち往生中だし。補給事故起こしてる限り、あと四日は来れない」
「時間が経つほど、我々政府軍の優勢になりますね。敵の無能上層部には心より感謝を」
ユリシア・バジャーは、最終的に竹槍を生やす予定の落とし穴の深さを測りながら事務的に記録する。
「つまり、今のうちに殿下にちょっかい出せる余裕があるってことですね」
「……マジでやるんですか?」
「やるわよ」
シルヴィアは即答した。
「怖気づくならやめておきなさい。無理強いはしませんわ。……貴族令嬢として他の男に未練があるなら、特に」
ファルナが、スコップを突き立てたまま横目でオクタヴィアを見る。
そして――
「はっ。殿下よりまともな男なんて、どこにいる? PTSDこじらせた貴族女を正面から受け止めてくれる人なんて、もはやこの国にはそうそういませんよ」
「考察するほどこの国終わってませんこと?」
ファルナはしみじみと呟く。
「終わってるのは今に始まった事じゃありません」
シルヴィアは肩を竦める。
「そりゃ、昔は私だって『普通の恋愛』ってものにも憧れてたけど……この一年で価値観も状況も変わってしまった。『大人にならざるを得ない』んですよ。否が応でも」
すぐ傍らで、すでに仕掛けたパンジステーク(糞塗り)が異臭を放っていた。草に紛れて設置されたそれは、不用意に踏み抜けば傷口を化膿させ、最悪感染症や足の切断に至る。
「ユリシア。罠の記録、終わった?」
「ええ。味方が踏んだら洒落にならないので。…………これが今日追加分です」
彼女が地図に「地雷」「落とし穴」「擬装爆弾」「パンジステーク」と印を追記していく。
その横でオクタヴィアは、布で汗を拭いながら、罠の設置されていない安全な道順を頭に叩き込む。
「戦利品偽装爆弾に、地雷、落とし穴、パンジステーク……まじでこの川岸、トラップハウスならぬトラップリバーになってますね」
通信が入る。
『こちらコーモラント3。ポイント39デルタに竹槍落とし穴設置完了』
「――また一個追加、と。……もうお嬢様には戻れませんね」
シルヴィアは地図に新しく赤く印をつけ、口元を歪ませる。
その目は笑っていて、言葉は冗談めかしているのに。
――同時にほんの少しだけ、惨めさがにじんでいる。
「殿下には、『貴族令嬢を一流のゲリラに育てた責任』というものを取ってもらわないとね」
「まあ、殿下が悪いです」
「殿下が悪いですわ」
「殿下が悪いよ」
三人の声が、土と油と夕暮れに溶ける。
「じゃ――事前計画通り、2200に殿下の寝室へ夜襲でいいこと?」
「構わない。あと、水浴びは禁止。殿下、女子の体臭好きだから」
「おお、裏技っぽいですわ!」
ファルナが、ショベルで起爆しない様、慎重に地雷を埋めながら笑う。
「夜這いの打ち合わせとブービートラップ設置を同時にやる光景がもうひどい」
「666大隊は色々規格外ですから」
風が、夕暮れを裂いた。
視線を向ければ、川の向こう――天幕群の中心に、一人の少年の影が見える。会議中なのか、脇にいるのはエリザベス。
「……2200。夜襲開始」
「了解」
「了解」
「記録しました。スカイ殿下語録『女の子の汗の香りは戦場に最適』→本文に引用予定、と」
「やめろユリシア、捏造は」
夕闇が落ちる。
地雷原は完成し――
夜襲も始まる。




