幕間、規格違い
反政府軍視点
ヅール砂漠の夕暮れは、昼間の熱が嘘のように急速に冷えていく。
西の空は赤紫に染まり、地平線の向こうへ沈みかけた太陽が、砂上に長い影を落としていた。
反政府軍第001大隊の臨時野営地。数日はここで他の部隊が追いつくのを待つ予定だ。その一角に積み上げられた補給箱の前で、大隊長マリリン・H・アインフンダートエルフは腕を組み、渋い顔をしていた。
「見てください。これ……」
傍らに立つ副官の少女――サーシャ・ウェリントンが、木箱の中を覗き込む。
「これは……」
彼女は言葉が続かなかった。
マリリンは十五歳。
平民の家に生まれながら成績優秀で、奨学制度によって地方軍学校へ進学した。戦術科では常に上位。責任感も強く、教官からは将来を期待されていた。
だが内戦が始まり、学校は反政府軍に占領された。思想上の問題なしと判断された生徒たちは、そのまま革命軍へ編入。マリリン達も例外ではなかった。
そして今や彼女は、約千人の女子学徒兵を寄せ集めて作られた第001大隊の大隊長である。
肩書きは少佐相当官。聞こえだけなら立派だった。
実態は、軍学校を出たばかりの少女へ、徴兵されたばかりの女学生千人を押しつけただけだった。
「我々の主兵装はM1ガーランド。それはまあいい」
マリリンは、並べられた旧式小銃へ視線を向けた。
「旧式だけど半自動で、火力はある。倉庫に大量に余っていた物を渡されたにしては、まだましな方」
「はい。訓練用として考えれば、悪くはないと思います」
「…………訓練用ね。私らは今から本物の殺し合いに行くんですが。しかも問題はこれです」
マリリンは木箱から弾薬を一つ取り出した。
サーシャも一発つまみ上げ、しげしげと眺める。
「カラシニコフ用ですね」
「そうです」
「口径自体は同じでも、ガーランドには使えませんよ?」
「知っています」
「……まさか、ガーランド用の弾は?」
「一発もありません」
二人は黙った。
砂漠を渡る風が、空になった天幕をばたばたと揺らす。
周囲では少女兵たちが夕食の準備をしている。鍋の底をかき混ぜる音。水を配る声。故郷の話をする小さな笑い。
彼女たちはまだ、自分たちの銃に撃つための弾が届いていないことを知らない。
「補給担当が、間違えたんでしょうか」
サーシャが恐る恐る言う。
「それしか考えられません」
「でも、帳票には『第001大隊向け小銃弾』と……」
「箱と中身が一致しているとは限らない。それに、この追討軍全体が慌てて編成されています。どこかのカラシニコフ装備部隊向けの荷物と取り違えたのでしょう」
「どうします?」
「補給担当に文句を言います」
マリリンは即答した。
臨時通信所へ向かうと、部下の通信担当のジェニー・ファイアフライが苦労して調整したオンボロ無線機の送話器を握る。
「こちら第001大隊。補給司令部、応答願います」
雑音。
何度か呼びかけ、ようやく苛立った男の声が返ってきた。
『こちら補給司令部。何だ』
「本日受領した小銃弾について確認です。我が大隊の主兵装はM1ガーランドですが、届いたのはカラシニコフ用弾薬のみ。規格が異なるため使用できません。至急、正規の弾薬との交換を要請します」
一瞬の沈黙。
当然、謝罪か確認が返ってくるものだとマリリンは思った。
だが無線の向こうから返ってきたのは、怒鳴り声だった。
『黙れ! 革命精神が足りない!』
「……は?」
『武器弾薬が不足しているなら、敵から奪え! 我々は腐敗した王政を打倒する革命軍だぞ! 物資が足りない程度で泣き言を言うな!』
「泣き言ではありません。銃と弾薬の規格が――」
『言い訳をするな! 第666特別大隊は補給不足でも戦果を挙げた! 同じ学徒兵部隊である貴様らに、できないはずがない!』
「ですが――」
『以上だ! 前進命令に変更はない!』
通信が切れた。
マリリンは唖然としながら送話器を握ったまま固まった。しばらくして、静かにそれを置く。
「……革命精神で弾丸の規格が変わるなら、補給担当者はさぞ楽な仕事なんでしょうね」
ジェニーが乾いた声で皮肉を言った。
「やめてください。笑ったら泣きそうです」
マリリンは額を押さえた。
第666特別大隊。
また、その名前だった。
政府軍の学徒兵部隊。自分と同じ十五歳の少年が率い、各地で異常な戦果を挙げているという。上層部は何かにつけて001と比較する。言われるのはいつも同じ言葉。
腐敗した王国の王子にできたのだから、お前たちにもできる!
だがマリリンはまだ知らない。それどころか、反政府軍上層部すら見ない様にしていた。
666に専門補給部隊がいることも、整備兵がいることも、衛生兵や工兵、偵察兵がかなり高度に組織されていることも。ただ少女を千人集めただけでは、部隊になどならないことも。
『腐敗した無能な王家』の庶子王子が極めて有能かつ凶暴だというのは、彼らの『物語』にとってあまりにも都合が悪かったからだ。
「何か困ってるのかい?」
背後から声がした。
振り返ると、鋼鉄の義手を持つ女が立っていた。
新編第13旅団長、セラフィーナ・ラグナロック中佐。
彼女は積まれた弾薬箱とガーランドを見比べ、すぐに事情を察したらしい。
「なるほど。銃はガーランド。弾はカラシニコフ用。補給司令部は相変わらず芸術的な仕事をする」
「ラグナロック中佐……」
「うちには逆の箱が来てるよ」
「逆?」
「カラシニコフ装備の部隊に、ガーランド用の弾が届いた」
セラフィーナは皮肉っぽく笑った。
「どうせ、他の部隊に間違えて届けたんだろうと思って見に来たが、どうやら神様は、私たちに物々交換をさせたいらしい」
マリリンは目を見開く。
「交換していただけるんですか?」
「当然だろ。使えない弾を抱いて死ぬ趣味はない」
セラフィーナは部下へ指示を飛ばし、弾薬箱を運ばせる。
ほどなくして、001大隊のガーランドに使える弾薬が並び始めた。
マリリンは深く頭を下げた。
「ありがとうございます。この恩は忘れません」
「恩なんて大げさなものじゃない。互いに必要な物を交換しただけさ」
セラフィーナは義手を鳴らし、千人の少女兵がいる野営地を見渡した。
「ただし覚えておきな。上は、君たちを助けてはくれない」
マリリンの表情が固まる。
「命令はする。精神論も語る。命令はする。精神論も語る。マルクスや毛沢東、ホッブスやロックについてなら何時間でも講釈する。だが――失敗すれば責任も押しつける。だが、水も弾も、死んだ兵士の代わりも寄越さない」
「……」
「だから、自分の部下は自分で守れ。隣の部隊と話せ。使える物は融通し合え。上層部の命令より、目の前の現実を信じろ」
それだけ言うと、セラフィーナは踵を返した。
去り際、ふと思い出したように振り返る。
「それと、アインフンダートエルフ少佐相当官」
「はい」
「第666特別大隊を真似ようなんて思わない方がいい」
マリリンは息を呑んだ。まさに彼女の中で勝手に『ライバル』と意識していた相手だったからだ。
「あれは学徒兵部隊じゃない。女学生の姿をした、飢えた獣の群れだ」
鋼鉄の義手が、夕陽を反射する。
「君は君の部隊を作りな」
セラフィーナは去っていった。
マリリンはしばらく、その背中を見つめていた。
やがて弾薬箱へ視線を戻す。
ガーランド用の弾。これで、少なくとも撃つことはできる。
撃てるようになっただけで、生き残れる保証など何一つない。
「大隊長」
サーシャが小さく呼ぶ。
「皆には、何と説明します?」
マリリンは少し考えた後、弾薬箱の蓋を閉じた。
「補給は届いた、とだけ」
「間違っていたことは?」
「言わなくていい。不安にさせるだけです」
遠くで夕食を知らせる声が響く。
少女兵たちが次々と集まってくる。
マリリンは彼女たちの輪の中に入ると、周囲を見渡し、できる限り穏やかに笑った。
「食事の後、弾薬を配布します。明日は射撃訓練です」
歓声が上がった。その声を聞きながら、マリリンは拳を握る。
誰にも見えないように。
「……私が守らなきゃ。この子達を」
それは決意だった。
同時に、十五歳の少女にはあまりにも重すぎる呪いだった。




