17、お勉強回
朝の指揮所は凛とした空気を纏いつつも、どこか澱みを孕んでいる。
椅子に座るスカイは、わずかな寝不足が見える。
「殿下、九股目おめでとうございます。今度はナナが毒牙にかかりましたか」
淡々と告げたのは、副官エリザベス・ラプター。無表情のまま資料を差し出しつつ、口調だけが刺すように鋭い。
「……なんで知ってるの?」
「この部隊、何度も申し上げている通り、殿下の激重ファンクラブです。あなたの行動は常に誰かが把握しています。もはや殿下にプライバシーは存在しません。……偶像になるというのは、そういうことです。覚悟してください」
スカイは小さく息を吐いた。それは疲れか呆れか、あるいは諦めか判別しづらい。
「エリザベス。忌憚のない意見が聞きたい。……俺、このままでいいと思う?」
「難しいところですね」
彼女は目を伏せた後、まじめに淡々と続ける。
「健全とは言えません。ですが――彼女たちは殿下に縋ることで、かろうじて自我を保っている。あなたがいなくなれば、少なくとも部隊の半数は後を追います。殿下の最愛のレベッカを含めて、です」
短い沈黙。スカイの表情がわずかに歪む。
「部隊の結束のために俺を神格化してきたツケが、ここに来て回ってきたか……俺はただ、皆を生き延びさせたかっただけなんだがな」
「神格化してた自覚はあったんですね。……個人的には、こんな九股男のどこがいいのか理解不能ですが」
「言葉を選べよ。ますます俺の母親に似てきやがった」
「いえ。選びましたよ? 丁寧語です」
「お前はもう少しオブラートという概念を学べ。……まあいい。現状で俺を諫められるのはお前だけだ。不敬罪には問わない」
「ははー。ありがたき幸せ」
そう言ってから、エリザベスは一枚の紙束を差し出した。
「それは?」
「反政府軍の主要将校まとめです。プロパガンダ放送や無線傍受から拾った情報を整理しました。作戦立案の参考に」
「毒舌分は仕事が出来るから助かるな。――説明を」
「では僭越ながら」
エリザベスは資料をめくりながら、淡々と語り始めた。
「まず、総大将である最高指揮官ジョージ・クライムズ大将。単刀直入に言うと無能です」
「いきなりバッサリいったな!?」
「典型的な政治的手腕と時流に上手く乗れた事で成り上がった男ですね。どちらかというと軍人というより政治家に近く、理想主義者で人望はそこそこあるそうですが、人望しかありません」
「中途半端に良い人なのがかえってたち悪いタイプと……部下の暴走を止められないタイプだな」
「軍師である参謀総長はロバート・ウィルキンス少将。この人は、まぁ典型的な突撃厨ですね」
「突撃厨……」
「果敢な攻撃精神が評価されていますが、逆に言えば、正面攻撃以外のからめ手には弱いです。補給についての理解が疎いのもマイナスポイント」
「なんか反政府軍、人材あんまり良いのいなくない?」
「作戦参謀。こちらは現地司令部付ですね。チャールズ・ボロー大佐。机上演習は得意。机上であれば、主力機甲師団を三日で殲滅する男。現実世界での戦闘経験はゼロです。向かい合ってのチェスや将棋は強そうですね」
「硬直した頭カチコチな参謀……666にとっては良いカモだな」
「ハンス・ベルバード中佐相当官。元は軍需省の官僚。現場経験なし。軍人ですらない反政府側についた元お役人です。」
「相当官っていうのは親近感を感じるが、反政府軍が現在つっかえてるの、もしかしてこいつが原因か……?」
「まぁ、コネ人事でしょうね。それか、そもそも補給に精通した軍人自体が反政府軍に少ないのか。はたまた両方か……ここからは注意枠です。エリオット・バーンズ大佐。主力の第55機甲師団の師団長です。第55師団は精鋭として知られており、第8機甲師団と同等の戦闘力を持つと評価しても過言ではありません」
「666も直接交戦の経験はないが、噂は聞いたことがある。難敵だな……」
「アウグスト・ギルフォード少佐。こちらも精鋭の第98歩兵大隊を率いる男です。98大隊はヒャッハー揃いの反政府軍の中では珍しく統制が効いており、民衆からも支持されているという部隊です」
「良識派……って事ね」
「ウィルマー・J・カールソン中佐。第31歩兵旅団を率いる男。こちらは逆にモラルという点では落第点ですが、それだけに戦闘力は高く残虐な戦いをすることで悪名高い部隊です。ウィルマーも軍人というより、山賊の長といった趣の男です」
「なんというかいかにも敵役といった部隊が出て来たな……」
そんな感じに敵軍の指揮官クラスをスカイとエリザベスは好き勝手に評価していく。
「次……これは少し、気の毒な部隊です」
「気の毒?」
スカイの疑問に、エリザベスは同情を込めた声で応えた。
「マリリン・H・ドッペルブリッツ。反政府軍001大隊を率いる女性士官です」
「001……初めて聞く名だ」
「最近新編された部隊です。内訳は女子学徒兵部隊、兵数は約1000人。率いているドッペルブリッツ少佐相当官は殿下と同い年の15。パメラがいた、例の接収された軍学校出のパリパリの新米です」
「女子学徒兵部隊……反政府軍にもあったのかよ……」
「身も蓋も無い事言うと、うちの猿真似部隊ですよ。666大隊の異様な戦果を見た反政府軍が、若い女学生ばかり集めて新編した自称「革命の若き翼」だそうですが……666の場合殿下というイレギュラーもイレギュラーがいたからここまでの活躍が出来たのであって、新米の軍学校の女学生に任せたところで大した活躍は出来ないでしょう」
「……なんというか、気の毒だな。そのマリリンという女は」
そして、メモは最後の一人に達した。
「そして……新編第13歩兵旅団を率いる、セラフィーナ・ラグナロック中佐。……こちらは666ともゆかりある人物。そのブラッディ・ダラの生き残りです」
「ブラッディ・ダラの……」
「666に殲滅された第13旅団の生き残りです。左腕を失い、鋼鉄の義手をまとい――今、かつての旅団の名を背負っている」
エリザベスの声は淡々としているのに、ほんの少しだけ呵責が混ざっていた。
「プロパガンダでは『最精鋭の学徒兵部隊』と宣伝されています。……殿下と同じ。学徒兵を率いる、もう一人の戦争の怪物です」
スカイは指で資料を弾いた。
「新編13旅団……『最精鋭の学徒兵部隊』、ね。さっき言った001同様、プロパガンダ臭はするが――」
わずかな笑みを浮かべ、呟く。
「……少年少女兵相手だと、躊躇する兵は多い。だが――俺の部隊は、それを食い潰してきた側だ」
「自覚がおありで」
「あるとも。だからこそ言える、敵の士気を折る為には学徒兵部隊の殲滅は、効く。「上層部な無能な指揮と見栄のせいで無垢な子供が死んだ」というのはやられる方からすると、痛い」
スカイは資料を閉じた。瞳には光も影もない。ただ、静かな決意と殺意だけが滲む。
「――この001大隊。および、13旅団は遭遇したら最優先撃破対象だ。 『最精鋭学徒兵部隊』なんてもの、ここで『殲滅』する」
「御意」
エリザベスは無表情のまま深く一礼した。
「少年少女兵は……同じく少女兵である私たちが相手をいたしましょう」
「……頼む」
スカイは椅子から立ち上がる。背筋を伸ばし、幕舎の外――朝日の眩しい空を見た。
「全員生かして帰すつもりだった。もちろん、まだそのつもりだ」
その声には、かつて少年が見た理想の残滓が微かに混じっていた。
「……ただ、俺は博愛主義者じゃない。敵の少年少女兵には容赦はせん」
風が、彼のアホ毛を揺らした。




