13、カーク到着
――王都陥落から一週間。
焦土を踏み分け、夜陰に紛れて歩き続けた第666特別大隊は、ついにクラリーチェの直轄都市カーク市へと辿り着いていた。
朝もやの中、薄明かりに浮かぶ街並みは、まるで夢のようだった。
「ようやく……カークにたどり着いたぞ」
スカイ・キャリアベースは、息を吐きながら呟いた。肩に背負ったR77アサルトライフルが、乾いた風に揺れて金属音を立てた。
「王都が落ちてから苦節一週間、長かったねぇ……」
レベッカが、隣でヘナヘナと腰を下ろしながら苦笑いする。
「でも、誰一人として欠けなかった。例のスカイのネクロディアについての告白を聞いた『祝福者』は全員、ちゃんと生き残った。……ここまで生き残った連中、私を含め、スカイと心中するつもりの激重推し活勢ばっかだから、スカイも覚悟決めなよ。スカイ1人で逃げたって地の果てまで追っていくから」
アリスが満足げに言った。皮肉混じりの明るさは健在だ。
「……スカイ殿下の八股相手も全員無事です。まったく、手を出した女は絶対守る。が殿下のポリシーですが、有言実行しましたね」
エリザベスは眼鏡を押し上げながら冷静に言い放つ。どこか毒が滲んでいるが。
「さて……問題はここからだな」
スカイは街を見上げながら呟く。
「……さて、この先、どうすっぺ」
そんな軽口が飛び出したのも束の間、街の入り口に差し掛かった彼らは、待機中の検問所で早々に足止めを食らった。先ほど始末した反政府ゲリラのカツアゲ検問所ではなく、れっきとした門番たちだった。
ボロボロの軍服。泥にまみれた顔。背負った荷物や装備は鹵獲品まじり。どう見ても軍とは思えない出で立ちに、検問兵たちは半信半疑だった。まぁ、情勢が情勢だからピリピリしているのは仕方ないが、勘弁してほしい。
「政府軍? ……冗談はよしてくれ。浮浪者の集団かと思ったぜ」
若い検問兵が半笑いで言う。だが、銃口をこちらに向ける手つきだけは真剣だ。
「階級証もボロボロだぞ。それに、ミニスカートの軍服なんて、ふざけているのか?」
「それは女学徒兵はこんな軍服にしようって決めたお偉いさんと作者に言ってくれ」
少しずつ空気が緊張する。
「こっちには隊章がある。第666特別大隊。政府軍所属、スカイ・キャリアベース少佐相当官指揮下の部隊である」
エリザベスが前に出て冷静に名乗るが、門兵たちの目は相変わらず懐疑的だった。
「666……あの噂の学徒兵部隊か……。だが、定数では、かの部隊は1000人はいたはずだ。定数の半分にも満たないではないか」
「……こっちの苦労も知らないで」
ぼそっとアリスが呟く。
実際、666隊員達も殺気立っていて、いよいよ一悶着起きそうになったその時だった。
ひときわ大きなエンジン音が門の奥から聞こえ、カーキ色の軍用車がやってきた。助手席から降りてきたのは、黄緑色の髪を後ろで束ねた小柄な女軍人だった。階級章は少佐のものだ。
弱冠19歳にしてMBT(主力戦車)大隊を任された若きエリート――ジョオン・ハインド少佐であった。クラリーチェの右腕で……一応スカイとも知り合い。
「おい、貴様ら、何を揉めて……」
「お、ちょうどいいところに。おい、こいつらを何とかしてくれ! 職務熱心なのは良いが、まじめすぎる」
「――げぇっ!? 弟君!?」
ジョオンはスカイを見ると、驚愕した顔で目を丸くし、吐き捨てるような声音で言った。
「……なんだその顔。露骨に嫌そうじゃん」
スカイが肩をすくめると、ジョオンは眉間に皺を寄せて睨んだ。
「いや普通に嫌だよ、私は。あんたみたいな愚連隊を率いる女たらしのクズは大嫌いなんだ。それに私より年下の癖に偉そうにしやがって」
「ひでぇな。わざわざこんな地獄みたいな道通って来てやったのに、歓迎の言葉がそれかよ」
「来いとは頼んで無いがな。……いつの間にかエレナにまで手ぇ出しおって……お前の様な奴は我が栄光の軍に相応しくない」
「ははっ、相変わらず獅子身中の虫扱いかい。ある意味安心したぜ」
一応、姓で分かる通り、彼女はエレナと親戚同士である。はとこ同士……。つまり、代々王家に心酔する一族という事でもあるわけで、スカイの様なめんどくさい出自の王族は、彼女も扱いが困るのだろう。
刺々しい空気に、見ていた検問所の兵士たちがそっと後退する。ここまで殺気を帯びた『再会劇』も珍しい。
そんな中、口を挟んだのは件の『手を出された女』であるエレナ・ハインドだった。
「……二人とも相変わらず仲が悪いですね。でも今は喧嘩よりも大事なことがあります。ジョオン姉。私の顔に免じて、クラリーチェ様に取り次いでくれませんか?」
その言葉にジョオンは眉をひそめる。
「……エレナもさ、もうちょっと男は選べよ」
「本気で愛していますよ。殿下の事は。…………人の恋人をあまり悪し様にいうのなら、私も怒ります。ジョオン姉もクラリーチェ様をバカにされたら怒るでしょ」
さらりとした一言に、ジョオンは目を剥いたが、しばしの沈黙のあと、重い溜息を吐いた。
「……ったく。まあ、いい。今は猫の手も借りたいぐらいだ。取り次いでやるよ」
「やったぜ」
スカイは肩の力を抜いて、ようやく張り詰めた空気を解いた。
「けど、言っておくぞ弟君。あんたの指揮するこの美少女兵団、姫様のお膝元で勝手は許されないからな」
「了解了解。しばらくは大人しくしてるさ」
「しばらくはってところが不安なんだけどな……」
ぶつかり合う刃のような空気は消えないまま、しかし、道は開かれた。
こうして第666特別大隊は、ようやくカーク市へと入城を果たす――
それは、休息か、それとも……新たな戦火の始まりか。まだ、誰にも分からなかった。




