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12、余熱

 戦闘が終わった後の森には、火薬と血の匂いがまだ残っていた。


 吹き飛ばされた装甲車の残骸を前に、マルタ・ロングボウは無言でしゃがみ込み、そこに倒れていた敵兵の死体を起こす。爆風で装甲車ごと吹き飛ばされたのか、ほぼ即死だった。


  手際よく、ピンを抜いた手榴弾を死体の下に押し込み、死体自体の自重で安全レバーを固定する。


  それを見て、隣のメリンダ・ヴァレンティア・リンクスが感心したように口笛を鳴らした。


「相変わらず手際がいいな。まるで芸術作品だ」


「お互い様。そっちももう完成か」


「職業柄だねぇ。工兵の。もうお互いお嬢様には戻れんな」


「なーに、私はスカイに娶ってもらう予定だから問題ない」


 そんな軽口を言い合う。が、仕掛けているトラップ話えげつない。


 不用意に死体を回収しようとすると、安全レバーが外れて下の手榴弾が、ズドン! 


 スカイ直伝の死体ブービートラップ。学徒兵として志願して早一年。まさか自分がこんなにも躊躇なく、死者の尊厳を喜々として冒涜するような人間になるとは思わなかった。


 マルタはふと、王都の夜会の光景を思い出した。一応、これでも伯爵令嬢だったが、もう随分遠くにきてしまった気がする。


 何気なく言葉をこぼした。


「……あの子、これからどうするんだろうな」


「あの子?」


「こいつらに犯されてたあの子さ。貴族令嬢だ。どうも、一緒に逃げてた婚約者が目の前で殺された挙句……ああなったらしい。ミア曰く、身体は無事だが、心はもう治らんってさ」


 メリンダは、ふっと短く息を吐いた。

   

 夜の空気が冷たく、風が灰をさらっていく。


「……気の毒なこった。…………だが、可哀想だが捨てていくしかないだろ。そんな壊れたお嬢様を連れていく余裕はない。カークまではあと一日。一気に駆け抜けたいところだ」


「ひっでぇ時代だ」


 マルタは小さく笑って、「完成」と言わんばかりに、誤爆防止の目印として、死体のそばに小石を並べる。666のメンツなら、こんな意味深な配置で置かれた小石があったら近づきもしない。


 死体の背中には、新しいブービートラップが組み込まれ、夜風に晒されている。マルタはそれを見ながら、少し声を落とす。


「……メリンダも、婚約者のことは残念だった」


「……ん、ま、今ごろ銃殺されて冷たい土の中と思うと、ショックを受けてないと言えば嘘になるけどな。私の婚約者は、あの令嬢みたいな愛情なんて持ってなかった。冷めきってたよ。『不幸中の幸い』ってやつだ」


 そう言って、メリンダは軽く笑みを浮かべる。本気でそう思っているのか、単なる強がりか、マルタには分からなかった。


「……お前らしくて安心したよ。流石、自分の取り巻きを3人ともどこに出しても恥ずかしくない爆破工兵に教育しただけはある」


「お前は? マルタ。伯爵令嬢だろ。そういう相手、いたんじゃないのか? ……それとも、スカイに抱かれてからは切ったか?」


 マルタの手が一瞬止まった。


  だがすぐに、無表情に言う。


「……ああ。一応はいた。でも、私が負傷してPTSDになったって手紙を送ったら、すぐに破談の返事がきた。大方めんどくさくなったんだろう。『病んだ女なんていらない』ってさ」


 メリンダはわずかに眉を寄せて、それでも口元に笑みを浮かべる。


「……おめぇもつくづく運のない女だな」


「むしろ運が良いさ。かえって後腐れなくスカイに抱かれたから。イケメンではあったが……それだけの相手さ」


 乾いた笑いが、森に吸い込まれていく。


  二人の会話に、罪悪感も、後悔もなかった。


 マルタが最後に死体の口にトランプを噛ませて、立ち上がる。挑発だ。怒りというのはそれだけ思考を単純にしてくれる。……冷静にいこうじゃないか。戦争も恋愛も。


  足元の死体はもはや爆弾になっていた。


「……よし、完了。あとは誰か間抜けが引っかかって爆ぜるだけだ」


「ナムアミダブツ、ってやつだな」


「クリスティンが言ってたやつか。ブラックバニア人に祈られるなんて天照の神様もびっくりだよ。せっかくの死体だ。有効に使ってやんなきゃバチが当たる」


 二人は互いに顔を見合わせる。トランプを咥えた死体の不格好さが滑稽で、皮肉っぽく、くすりと笑った。


 その笑いは、哀しみでも優しさでもなく――ただ、生き残るために壊れてしまった女たちの、乾いた呼吸音だった。  

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