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6、スクラップ

 ここは、どこかの森の奥。地図にも載っていない、忘れ去られたような廃村。


 そこに、99人の少女と、たった1人の少年が集まっていた。


「王都陥落から早4日。よく生き延びられたもんだねぇ……」


「ここ……どこなのかしら?」


「さあね。地図にも記録にもない。廃村よ。入り口にはコロモ村とか書かれてたけど……ブービートラップすら見当たらなかったし、敵軍だってこんな場所の存在すら知らないはず」


「ありがたい……ようやく、屋根のある家で寝られる……」


 第666特別大隊――その名を持つ部隊は、大きく数を減らしつつも、まだ全滅していなかった。


 その中でも、工兵・整備兵部隊『コーモラント隊』の第1小隊に所属する3人の少女たち――アリス・アリゲーター、エレナ・ハインド、そしてマルタ・ロングボウは、逃亡生活の中、久しぶりにつけた焚き火を囲みながら肩を寄せ合っていた。


 全員が工兵であり、整備士である。いずれも技術の腕は一級品。ただし、全員、自他共に認める変人だった。


 何より特筆すべきは――彼女たち全員が、同じ人物に恋をしているということ。


 第666大隊を率いる少年指揮官、スカイ・キャリアベース。


 彼に向けた思いの重さと狂気ぶりから、彼女たちは『ヤンデレ四天王』と呼ばれていた。


 ***


 3人の筆頭が、中隊長にして天才発明家のアリス・アリゲーター。15歳。


 4日前の王都脱出戦では、鹵獲した敵兵器をベースにした即席の珍兵器群で、敵の追撃を食い止めてみせた。ヤンデレ四天王筆頭。貧乏男爵家の出身ながらスカイの信頼厚く、整備兵筆頭として実質的な大隊の心臓を握っているといっても過言ではない。


 トレードマークのピンクのツインテールが自慢だが、4日も風呂に入っていない今はさすがにくすみが気になる。匂いは……皆、似たようなものだった。


 次に、スカイの『忠犬』を自称する整備士、エレナ・ハインド。15歳。


 スカイを裏切る者は誰であろうと容赦しない過激派。実際、この4日の逃走劇の際、脱走しようとした隊員を何人か仕留めている。


 実家の子爵家が狂信的な王党派で本人も思想が強く、『推し』の王族であるスカイへの愛が重い。彼に対する思いが忠誠心からなのか、純粋な恋心故か、はたまたその両方なのか、本人でも分かっていない。


 そしてマルタ・ロングボウ。17歳。伯爵令嬢にして、元は100人以上の敵兵を仕留めた優秀な狙撃兵だったが、戦場でのPTSDによりスコープを覗けなくなり、整備士に転向した異色の経歴の持ち主。 


 自分だけ比較的安全な支援部隊所属になって、部隊に残した戦友達への罪悪感と、戦線で活躍を続けるその戦友達への嫉妬心――その矛盾に押し潰されぬよう、スカイへの依存という逃げ道を選んだ、情緒不安定な女。


 そんな工学系貴族令嬢なんて面白い属性のヤンデレ三人組だが、妙にウマが合い、一つのチームとしてここまでやってきた。


 少し離れた場所に、もう1人。


 フローラ・ウィスキーコブラ。16歳。


 彼女は平民出身で、政府のプロパガンダ新聞に載ったスカイの写真に心を奪われ、頼まれもしないのにこの地獄のような戦場に自ら飛び込んだ変わり者。


 曽祖父は市民革命を訴えた革命家だったが、子孫である彼女が、こうして体制側である政府軍にいるのは皮肉な話である。


 彼女もまた、重い愛を抱える一人だ。


 今、彼女は焚き火の傍で、自身のスクラップブックを膝に広げていた。


 かつての新聞記事や作戦記録が、びっしりと貼られた分厚いノート。


「フローラ、何見てるの?」


 エレナが声をかける。


「私たちの……戦争の記録よ。なんでこんなことになっちゃったのかなぁって、思って」


 ページには、センセーショナルな見出しが並ぶ。


 ――王都でクーデター未遂! 各地で反乱軍蜂起す!


 ――政府軍、鎮圧に出動!


 戦争の始まりは、見慣れたものだ。


 腐敗した王族と貴族に不満を爆発させた共和主義者や共産主義者が、クーデターを起こそうとして幸運と勢いに頼った、それはもう杜撰な計画が漏れて失敗。


 だが、それをきっかけに中央に不満を抱えていた地方を中心に反乱が広まり、あっという間に鎮火不能の大火事になった。


 当初は理想を掲げていた反政府軍も、あっという間に統制を失って、各地で略奪を繰り返すイナゴの群れと化し、腐敗した政府軍VS傍若無人な反政府軍という構図になるのに約一ヶ月。


 この第666特別大隊は政府軍側でこの地獄みたいな内戦を戦い抜いてきた。


 最初は政府軍と反政府軍が交互にダラダラと勝ったり負けたりを繰り返す戦況報告が続く事、約2年。やがて記事の主役は、第666大隊とその指揮官スカイ・キャリアベースへと集中していく。


「私さぁ……この記事のスカイ様に惚れたんだよね」


 フローラが指さしたページには、微笑を浮かべるスカイの写真。大隊が初勝利を飾った『クラッカー作戦』のときのものだ。


 記事の見出しには「『シマエナガの君』、大金星! 初陣にて敵大隊を撃破!」と書かれていた。『シマエナガの君』とは白髪の美形王子を讃えて政府系の新聞がスカイにつけた二つ名だ。スカイ本人はそれをいたく気に入っている。


「ふーん、よく撮れてるじゃん。……シマエナガ、ねぇ。ま、本物の方が鳥よりももっと可愛くて、良い顔してるけどね」


 記事をのぞき込んだアリスは、そのまま視線をずらしてスカイの方を見た。


 焚火の前に座って暖を取る小柄な姿は確かに小鳥に見える。


 齢15でそろそろ男臭くなる年頃であるが、そんな事どこ吹く風と一見、女の子に見える程美しい。アリスは、それをうっとりと眺めた。


「クラッカー作戦か。まだ一年前なのに、なんか懐かしいねぇ」


「…………あの頃、私はまだ狙撃銃を握って、ヴァルチャー隊にいたんだ。……あそこで初めて人を殺した。私と同じくらいの歳の少年兵だったな」


 ふっと表情を曇らせるマルタ。気を遣って、フローラは話題を変える。


「さ、3人は、最初期からのメンバーだったんだっけ?」


「そう。最初は私とエレナの『ヤンデレ工学コンビ』。で、マルタが加わって『ヤンデレ三姉妹』に昇格。フローラが加わって今の『ヤンデレ四天王』に」


「……今更ながら、これ、誇っていいあだ名なの?」


「誇れ誇れ。666じゃキャラが濃いほど生き残れるって相場が決まってる」


 と、アリスが涼しい顔で言う。……現在まで残って、ここまでいるメンツを見ると妙な説得力があった。見事に変な奴か、どこか壊れた奴しかいなかった。


 ページをめくると、次の記事が現れる。


 ――フーイ村の奇跡! 若き英雄たちの奮戦!


「あ、フーイ村の撤退戦……私、この頃に配属されたんだ。元々は実戦部隊志望だったんだけど、工学の知識があったせいで工兵部隊に回されて、アリスたちと出会って……」


「フーイ村か……懐かしいな……。あそこで私は砲撃に巻き込まれて、怪我して、狙撃銃が握れなくなったんだよ」


「マルタ……」


 気まずい空気に、フローラは何か言いかけてやめた。マルタの繊細すぎるメンタルは今に始まったことじゃない。


 ……よくそんな状態で狙撃兵やれてたな、と思わないでもないが。


「ひどい戦だったな……。味方もだいぶやられた。臆病風に吹かれた殿軍のファルコン隊が中隊長撃ち殺して逃げ出しやがって、総崩れになりかけたところを、イーグル隊が食い止めてさ……」


 エレナは、フローラの隣で記事をのぞき込みながら言う。肩を寄せ合うその姿は本当の姉妹の様だ。


「イーグル隊かぁ、あそこは平民組は皆逃げて、今じゃ、どこにも行き場の無い貴族令嬢のたまり場になっちまった……逃げても反政府軍の連中に捕まれば、腐った貴族制の象徴として嬲り者確定。家も権威も、王都と共に燃えたってなったら、そりゃ「最後にせめて貴族として死にたい」ってなるのかもね」


 アリスは、まさに、そのイーグル隊が休んでる方を見ながら言う。アサルトライフルやロケットランチャーを抱えながら焚火で暖を取る彼女達に、もはや元の令嬢たちの面影はなかった。


  隊員の一人が冗談でも言ったのか、彼女達の間で、軽い笑いが起きる。だが、いかにも貴族令嬢といった上品な笑みではなく、どこか場末の飲み屋で聞くような、品のかけらもない乾いた笑いだった。そして、さらにそれには、疲れと諦観が混じっていた。


「撃たれたファルコン隊の中隊長……良い奴だった」


 アリスは、懐かしむ様に呟く。中隊長同士、気の置けない会話をした仲だった。


「まじめな子でさぁ……あんな最期迎えて良いような子じゃなかった」


 アリスがそう言うと、それに反応する様に焚火の火が僅かに揺れる。


「なんだよ、ポーリン。まだ成仏出来ずにここにいるのかい? はは……」


 ファルコン隊の中隊長の名を懐かし気に呟くアリス。フローラはしっとりとしたまま、スクラップブックをめくる。


「147号線の奪還に、ラバート山、カンディル作戦……」


 フローラはさらにページをめくる。


 途中、ある見出しの前で手が止まる。


 ――ハマン殲滅戦――通称「ブラッディ・ダラ」


「……ブラッディ・ダラか。あれは、ひどい戦いだった」


 エレナは少し顔をしかめた。


「……ああ、ブラッディ・ダラの記事。まあ、あそこで大量に鹵獲した武器……あまりにも血まみれだったもんだから、誰も使いたがらず倉庫の肥やしになってたのを魔改造して、王都脱出に使ったのは私らだけどね」 


 どこか居心地悪そうに、アリスも苦笑を浮かべる。


 ブラッディ・ダラ。工業都市ハマンで第666特別大隊が反政府軍第13歩兵旅団を壊滅させた戦い。


 反政府軍に半ば無理矢理徴兵された、新兵と少年少女兵だらけの練度も戦意も低い連中を、狭いダラ通りへ誘い込み、待ち伏せて機銃掃射を浴びせた。


 第13旅団は数分で2000人が死に、道路は血と肉の山と化した。


 掃射からの生き残りもその後の追撃戦でことごとく皆殺し。第13歩兵旅団の指揮官クラスは文字通り全滅し、部隊の最終的な戦死者は約3800名。再編不可能。反政府軍の士気には大ダメージ。


 当の引き金を引いた第666特別大隊員からも、撃ったのが大半は自分達と同年代の少年少女兵、しかもあまりにも一方的な虐殺への罪悪感から、PTSDを発症する兵が続出したという、地獄そのものの戦い。


「思うに――」


 アリスが静かに言葉を継いだ。


「第666大隊から、本格的に人の皮が剥がれはじめたのって……たぶん、あの戦いからだと思うんだよね」

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