5、家族
「あ、あのー……盛り上がってるところ、悪いんだけどさ」
おそろしげな決意を語り合うオードリー達のもとに、恐る恐る声がかけられた。オードリーは訝しげに振り返る。
彼女たちに声をかけてきたのは――一応、顔見知りの少女だった。
「補給隊の人がね、夜食だって。食べられるうちに食べとけってさ……多分、再編成が終わったら、また逃避行だろうし」
そう言って、戦闘糧食の入った布袋を差し出したのは、砲兵隊グース隊第3小隊の砲手、サマンサ・シーガルだった。歳は奇しくもオードリーと同い年で16。
「……あんたか。真っ先に逃げたと思ってたよ」
「えへへ……逃げそびれちゃってさ」
あくまで軽く笑い飛ばそうとするサマンサだが、オードリーの視線は冷たいままだ。それに怯えた様な顔を一瞬したのは見逃さない。
グース第3小隊――家が没落した貴族令嬢たち三人で結成された部隊。家名の再興を夢見て戦場に立ったものの、現実の地獄を前に即、心が折れた。逃亡を試みては、オードリー達督戦隊の警告射撃に阻まれ、結局は戦い続ける羽目になった――その回数、実に八度。
ある意味、顔馴染みと言ってよい。
「タイミングを逃したねぇ……」
オードリーは冷ややかに言い放ち、手渡された袋を受け取る。中には干からびたビスケットが数枚。本当にカロリーを取るだけの食事だ。
「でも……ありがと」
イヴリンが言葉を添えると、サマンサはホッとしたように肩の力を抜いた。
「じゃ、私はこれで」
「まあ、座ってけば?」
ぽつりと声をかけたのはルーシーだった。
「え? でも……」
「せっかくだし、一緒に食べようよ」
一瞬戸惑ったサマンサだったが、地面に腰掛けたオードリーが無言で隣をポンポンと叩く。
「……お邪魔します」
「うむ」
腰を下ろすと、ランタンを囲む四人の影が揺れた。わずかな明かりが、張り詰めた空気を少しだけ和らげた。
「しかしさ……こう言ったらなんだけど。あんたらグース第3小隊、よく逃げなかったね。王都で泣きべそかきながら、とっくに逃げてたかと思ってた」
オードリーは少し気まずそうにしつつも、ビスケットをかじりながら言った。誘ったは良いが、流石に何度も銃口向けた相手に何を話しかけて良いか分からない。つい、そんな感じのしめっぽい話題になる。
「……私たち? まあ、逃げられなかったって言ったほうが正しいかな。逃げようとすると、あんたらの銃声が響いてきてさ……『裏切り者は家族じゃない!』って、あれ、今も夢に出てくるんだよね。フラッシュバックってやつ? ……もう、逆に逃げようとしても足がすくんで、逃げられないんだ。」
「……そいつは、悪いことをしたね」
死んだ魚の様な目になっているサマンサに、イヴリンも少し気まずげに苦笑いを漏らした。
「……私たちは、そもそも逃げ場なんて無かったからさ」
オードリーはぽつりと呟く。彼女の中で忌々しい記憶が蘇った。
「逃げ場が……無かった?」
サマンサが眉をひそめると、オードリーは無造作にビスケットを砕いて、口に放り込んだ。
「うん。だって……帰る場所なんて、元からないんだもん。特に私ら督戦隊組は」
その言葉に、サマンサは息を飲んだ。オードリーは、心の傷を掘り返さない様にゆっくりと口を開く。
「…………私の家は…… 母親は男作って出てったよ。……父親は軍人だったが、アル中でさ。不名誉除隊。酔うたびに私や母親を殴った。ははっ、そりゃ愛想つかすよ」
あえて軽く笑ったが、サマンサは真顔のままだった。
「母親からしても、間男との新しい生活に邪魔だったんだろう。……置いていきやがった。だから……ほとんど外で過ごしてたよ。夜は裏路地で、猫みたいに丸まってさ」
「……」
「はっ、貧民街生まれだからさ。周りも似たような子ばっかだったけど。だから大隊長殿は私ら貧民街生まれにとってはヒーローさ! 貧民街生まれの王子様! 白き小鳥! シマエナガの君!」
半分笑いながらスカイの話で無理矢理誤魔化したが、言葉の裏に、深い影が滲む。
「……どうも昔の話をすると湿っぽくなるな」
「私も似たようなもんだね」
イヴリンが言葉を継ぐ。
「両親はいたけど、何かあればすぐに殴られた。今でも身体に傷が残ってる。それで逃げる様に学徒兵に志願して、今は何の因果か味方殺しの督戦隊やってる」
「……じゃ、じゃあ、ルーシーは?」
サマンサが震える声で尋ねると、ルーシーは微笑むように、どこか遠い目で言った。
「王都の貴族の家の娘だったよ、一応ね。でもなまじお金があったせいで、両親とも薬に溺れて……妹を家に置いてきたけど、あの混乱じゃ……もう……」
言葉の続きを、誰も求めなかった。
サマンサは、自分たちが苦労したと信じていた過去が、彼女たちのそれと比べものにならないことを、痛感していた。
「……そんな私たちが『家族』なんて言ってるの、滑稽だよね」
オードリーは自嘲気味に笑う。
「でもさ、ここにいる子たちは……家族なんだよ。どこにも居場所のなかった私たちが、せめて裏切られない場所を作りたくて――」
彼女は再び拳を握る。
「だから……逃げた奴らは許せない。大隊を……家族を……見捨てたんだから!」
「……ごめん」
サマンサはうつむき、小さな声で謝った。逃げようとして、それでも結果的に逃げられなかっただけの自分が、恥ずかしく思えたのだ。
「……謝ることじゃないよ」
ルーシーが優しく言った。
「あんな地獄から逃げたくなるのは当たり前だし。…………私たちだって、怖かった」
「それでも、逃げなかった。いや、逃げられなかった」
イヴリンの言葉は静かだが、力強かった。
「家族を……捨てたくなかったから」
オードリー達三人の視線が交わる。その目には、迷いのない意志が宿っていた。
「……馬鹿みたいでしょ?」
オードリーは思わず、自身が滑稽になって苦笑した。
「ああ……とんだ大馬鹿だ。今更幸せになろうとするには、ちょっと人を殺しすぎた。だから最期までこの大隊と大隊長殿に付き合うつもり。どんな結末を迎えようがね」
ランタンの光は、ゆらりと揺れる。四人の影を、優しくも寂しげに照らし出す。
サマンサは、彼女たちの横顔をじっと見つめた。
「……ねえ、私も……少しだけ、ここにいてもいい? …………こんなご時世じゃ、私みたいな没落貴族も他に行き場無いしさ。」
「それは、好きにすりゃ良いけど」
意外な言葉に、オードリーは肩をすくめる。
「ただ……私の前でまた逃げたら、容赦しないよ?」
「うん……分かってる」
サマンサは小さく微笑んだ。それから小声で言う。
「……ここから、また更に何人逃げるかな?」
「さあね。気のいい奴は多いけど……状況が状況だからね。大隊長殿にご執心のヤンデレ達と、戦争ジャンキー共と、私らみたいに行き場が無い連中。それと一部の物好き足して、三分の一残れば良い方だろう……」
「たったの?」
サマンサは、完全に冷めたオードリーの声に困惑した。
「私らが目を光らせてても、隙はあるからな。寝てる間や、集団で逃げられたらどうしようもない」
その時だった。少し離れた場所で隊員達が叫び声をあげた。
「脱走だ! 20人以上!」
その声に第2小隊の3人はため息をついた。
「こんな風に、油断してるとやられる」




