4、第一夜
王都から少し離れた位置の森林地帯。時間は深夜。第666大隊はそこで部隊の再編成を行っている。
現在までの生存者は約300人。だが、多くは王都が落ちた敗北感、そして数多くの戦友達を失った喪失感で抜け殻の様だった。
敵の残党狩り部隊がどこにいるか分からないから、焚き火はたけない。彼女達はそんな環境に慣れてはいたが、現在の状況では嫌でも気が滅入る。
「…………なんとか生き残れたけど。悔しいな」
オードリー・フェロンは拳を強く握りしめ、低く唸った。赤い瞳には怒りの炎が映り、涙が静かに溢れてくる。血のような赤色のロングヘアは泥まみれの煤まみれ。しかし、それ以上に心を占めているのは……。
「……あんな……あんなのって……」
イヴリン・フォックスハウンドも唇を噛みしめ、視線を落とした。その肩が小刻みに震えている。
「……私たちは……ただ見ているだけで……」
ルーシー・フォックスバットは、声を絞り出すように呟いた。
ウッドペッカー隊第2小隊。『裏切り者抹殺部隊』。それが彼女達の二つ名。
彼女達の役職は督戦隊だった。
後方で睨みを利かせ、誰であろうと戦場で敵前逃亡を図れば警告射撃。さらに逃げようとすれば、銃弾を容赦なく浴びせる。
戦場で第666特別大隊の仲間……『家族』を裏切る者は絶対に許さない――それが彼女たちの誇りであり、存在理由だった。
だが――
「……あの時……」
オードリーの声は震え、数時間前の記憶が脳裏に鮮明に蘇る。
王都から撤退して現在は大休止中。だが、まだ戦闘後の興奮は冷めていない。
混乱の中で部隊は壊走を始めた。崩れ落ちる城壁、燃え盛る街並み、逃げ惑う市民。正規軍の中には内ゲバを起こして、同士討ちをする連中すらいた。――そして666の隊員でさえ、そのどさくさに紛れて逃げ出した。
「やだ……やだ……死にたくない……!」
「こんな地獄、無理よ……!」
顔なじみの戦友たちが次々と背を向ける。
戦場であれほど勇敢だった彼女たちが、涙を流し武器を捨て、必死に逃げ去っていく。
オードリーは、なんとかその後、イヴリンやルーシーと合流して、敗走する第666特別大隊の本隊まで追いついた。乱射で銃身の熱くなったUZIサブマシンガンの感覚は今でも手に残っている。
…………が、それ以上にショックだったのはあの光景。
「……まったく、どいつもこいつも薄情者だ……。撃つべきだった……私たちの……私たちの大隊を……家族を裏切る奴らを……!」
オードリーは拳を叩きつけた。
だが、その時、彼女たちは撃つことができなかった。
「私……指が……動かなかった……私、督戦隊なのに。あんなチキン共、何人も殺してきたはずなのに……」
ルーシーが震える手を見つめ、呆然としながら小さく呟く。
王都が崩れ落ちる光景が、彼女の指を凍りつかせた。……元々、ルーシーはこの汚れ仕事には心の底では嫌悪感を示していたのだ。あの時、それが限界になった。
「……私だって……逃げたくなったよ」
イヴリンは自嘲の笑みを浮かべた。『必要悪』。そう言って、淡々と任務をこなしていた冷徹な彼女だったが、今回はそうもいかなかった。胸の奥に湧き上がった恐怖。瓦礫の山を逃げ回った記憶が脳裏にフラッシュバックした。
「みんな……みんなあんなに笑ってたのに……みんなで絶対、生きて帰ろうって誓ったのに……」
オードリーは涙を堪えきれず、思わず顔を両手で覆った。
「……嘘つきだよ……家族だって言ったくせに……! 裏切り者共が!」
思い出すのは一緒にレーションを食べて他愛のない会話をした顔や、戦場で背中を預け合った顔。思い出が憎悪に変換されていくのが、自分でも分かった。
「……逃げた奴ら……許せない……!」
イヴリンの顔はルーシーに比べて冷静だったが、声には怒りが浮かんでいた。仲間を見捨てて自分達だけ助かろうとした連中に、今更ながら怒りがわいてきたのだ。
「でも……でも……撃てなかった……」
ルーシーの声はか細く震えている。
「……私たち……督戦隊のはずなのに……」
悔しさ、恐怖、怒り――そして敗北感。複雑に絡み合う感情が、まだ幼い心をぎゅっと締めつけていた。『督戦隊』の文字が入った赤い腕章も、逃げ回る中でボロボロになっていた。
逃げた連中の中にはエース格や、気の置けない会話をした信頼していた者達もいた。
「……あんな……あんな連中……家族じゃない……!!」
イヴリンが立ち上がり、拳を強く握りしめる。
「……私たちだけは……裏切らない……逃げない……! 逃げた奴らは……私たちの家族じゃない……!」
普段は、この特殊任務にあまり乗り気でないルーシーも、今回ばかりは怒りの色を浮かべている。
オードリーも立ち上がり、拳をもう片手に叩きつけた。
「私たちの家族は……ここにいる、この子たちだけ……」
彼女らは互いに見つめ合う。再編成に際し灯された、遮光したランタンの最低限の淡い明かりが、三人の顔を明暗に分ける。
「次は……絶対に逃がさない……今後、大隊を……大隊長殿を裏切る奴は」
オードリーのその言葉は、呪いのように重く響いた。
誰も逃がさない。誰も裏切らせない。
たとえ恐怖に震えても、もう銃口を決して躊躇しない。
「残存兵力、300人。次に逃げようとする奴がいたら……」
「警告射撃で止める……それでも逃げたら……」
「……撃つ」
三人は固く手を握りしめ、その誓いを胸に刻んだ。




