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6、家族

「あ、あのー……盛り上がってるところ、悪いんだけどさ」


 おそろしげな決意を語り合う私たちのもとに、恐る恐る声がかけられた。私は訝しげに振り返る。


 私達、ウッドペッカー隊第二小隊が、味方から恐れられていることなど、私たち自身が一番よく知っている。同じウッドペッカー隊内でも、畏怖の眼差しを向けられるのを、何度も感じてきた。


 その私たちに声をかけてきたのは――一応、顔見知りの少女だった。


「補給の人がね、夕食だって。食べられるうちに食っとけってさ」


 そう言って、戦闘糧食の入った布袋を差し出したのは、砲兵隊グース隊第三小隊の砲手、サマンサ・シーガルだった。確か……歳は私と同い年で16だったか。


「……あんたか。真っ先に逃げたと思ってたよ」


「えへへ……逃げそびれちゃってさ」


 あくまで軽く笑い飛ばそうとするサマンサだが、私の視線は冷たいままだ。それに怯えた様な顔を一瞬したのは見逃さない。


 グース第三小隊――かつて没落した貴族の令嬢たち三人で結成された部隊。家名の再興を夢見て戦場に立ったものの、現実の地獄を前に何度も心が折れた。逃亡を試みては、私達督戦隊の警告射撃に阻まれ、結局は戦い続ける羽目になった――その回数、実に八度。


 ある意味、顔馴染みと言ってよい。


「タイミングを逃したねぇ……」


 私は冷ややかに言い放ち、手渡された袋を受け取る。中には干からびたビスケットに、湿ったチーズ、そして謎の缶詰肉。見慣れた食事だが、味気なさは相変わらずだ。


「でも……ありがと」


 イヴリンが言葉を添えると、サマンサはホッとしたように肩の力を抜いた。


「じゃ、私はこれで」


「まあ、座ってけば?」


 ぽつりと声をかけたのはルーシーだった。


「え? でも……」


「せっかくだし、せめて一緒に食べようよ」


 一瞬戸惑ったサマンサだったが、地面に腰掛けた私が無言で隣をポンポンと叩く。


「……お邪魔します」


 腰を下ろすと、焚き火を囲む四人の影が揺れた。火の温もりが、わずかに張り詰めた空気を和らげる。


「しかしさ……悪い言い方かもだけど。あんたらグース第三小隊、よく逃げなかったね。今ここに残ってる連中なんて、大抵は戦争が好きで好きでたまらない、戦争ジャンキーくらいだと思ってたよ」


 私はビスケットをかじりながら言った。


「……私たち? まあ、逃げられなかったって言ったほうが正しいかな。逃げようとすると、あんたらの銃声が響いてきてさ……『裏切り者は家族じゃない!』って、あれ、今も夢に出てくるんだよね。フラッシュバックってやつ? ……もう、逆に逃げようとしても、足がすくんで逃げようとしても逃げられないんだ」


「……そいつは、悪いことをしたね」


 泣きそうになっているサマンサに、イヴリンが少し同情気味に乾いた笑いを漏らした。


「……私たちは、そもそも逃げ場なんて無かったから」


 私はぽつりと呟く。忌々しい記憶が蘇った。


「逃げ場が……無かった?」


 サマンサが眉をひそめると、私は無造作にビスケットを砕いて、口に放り込んだ。


「うん。だって……帰る場所なんて、元からないんだもん。特に私らエスケープキラー三姉妹は」


 その言葉に、サマンサは息を飲んだ。私は、心の傷を掘り返さない様にゆっくりと口を開く。


「…………私の家は…… 母親は男作って出てったよ。……父親は酔うたびに私を殴った。だから……夜は外で過ごしてたよ。裏路地で、猫みたいに丸まってさ」


 淡々と語ったが言葉の裏に、深い影が滲む。……どうも昔の話をすると湿っぽくなる。


「私も似たようなもんだね」


 イヴリンが言葉を継ぐ。


「両親はいたけど、何かあればすぐに殴られた。今でも身体に傷が残ってる」


「……じゃあ、ルーシーは?」


 サマンサが震える声で尋ねると、ルーシーは微笑むように、どこか遠い目で言った。


「王都の貴族の家の娘だったよ、一応ね。でもなまじお金があったせいで、両親とも薬に溺れて……妹を家に置いてきたけど、あの混乱じゃ……もう……」


 言葉の続きを、誰も求めなかった。


 サマンサは、自分たちが苦労したと信じていた過去が、私たちのそれと比べものにならないことを、痛感している様だった。


「そんな私たちが『家族』なんて言ってるの、滑稽だよね」


 私は自嘲気味に笑う。


「でもさ、ここにいる子たちは……家族なんだよ。どこにも居場所のなかった私たちが、せめて裏切られない場所を作りたくて――」


 再び拳を握る。


「だから……逃げた奴らは許せない。大隊を……家族を……見捨てたんだから!」


「……ごめん」


 サマンサはうつむき、小さな声で謝った。逃げようとして、それでも結果的に逃げられなかっただけの自分が、恥ずかしく思えたのかもしれない。


「謝ることじゃないよ」


 ルーシーが優しく言った。


「逃げたくなるのは当たり前だし。…………私たちだって、怖かった」


「それでも、逃げなかった」


 イヴリンの言葉は静かだが、力強かった。


「家族を……捨てたくなかったから」


 私達三人の視線が交わる。その目には、迷いのない意志が宿っていた。


「……馬鹿みたいでしょ?」


 私は思わず、自身が滑稽になって苦笑した。


「でもさ、馬鹿でいいんだよ。変な話、ここに残ってるのって、きっと皆どこかで幸せになることを諦めた大馬鹿娘ばっかなんだから」


 焚き火の炎は、ゆらりと揺れる。四人の影を、優しくも寂しげに照らし出す。


 サマンサは、私たちの横顔をじっと見つめた。


「……ねえ、私も……少しだけ、ここにいてもいい? …………こんなご時世じゃ、私みたいな没落貴族も他に行き場無いしさ。」


「それは、あんた次第だけど」


 意外な言葉に、肩をすくめる。


「ただ――裏切ったら、容赦しないよ?」


「うん……分かってる」


 サマンサは小さく微笑んだ。


 誰も口を開かず、静かに糧食をかじり始めた。パチパチと焚き火がはぜる音だけが、夜の静寂を切り裂いていた。


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