表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/72

5、エスケープキラー

「…………なんとか生き残れたけど。悔しいな」


 私、オードリー・フェロンは拳を強く握りしめ、低く唸った。赤い瞳には炎が映り、涙が静かに溢れてくる。血のような赤色のロングヘアはいい加減痛みが気になってくる。しかし、それ以上に心を占めているのは……。


「……あんな……あんなのって……」


 イヴリン・フォックスハウンドも唇を噛みしめ、視線を落とした。その肩が小刻みに震えている。


「……私たちは……ただ見ているだけで……」


 ルーシー・フォックスバットは、声を絞り出すように呟いた。


 私たちはウッドペッカー隊第二小隊。通称「エスケープキラー」。


 誰であろうと戦場で背を向ければ警告射撃。さらに逃げようとすれば銃弾を容赦なく浴びせる。


 戦場で第666特別大隊の仲間……『家族』を裏切る者は絶対に許さない――それが私たちの誇りであり、存在理由だった。


 だが――


「……あの時……」


 私の声は震え、過去の記憶が脳裏に鮮明に蘇る。


 王都陥落。


 混乱の中で部隊は壊走を始めた。崩れ落ちる城壁、燃え盛る街並み、逃げ惑う市民――そしてその中に紛れて逃げ出す仲間たち。


「やだ……やだ……死にたくない……!」


「こんな地獄、無理よ……!」


 顔なじみの戦友たちが次々と背を向ける。


 戦場であれほど勇敢だった彼女たちが、涙を流し武器を捨て、必死に逃げ去っていく。


 なんとかあの後、イヴリンやルーシーと合流して、敗走する第666特別大隊の本隊まで追いついた。あまりの乱射に銃身の熱くなったS100 サブマシンガンの感覚は今でも手に残っている。


 …………が、それ以上にショックだったのはあの光景。


 ……まったく、どいつもこいつも薄情者だ……。


「撃つべきだった……私たちの……私たちの大隊を……家族を裏切る奴らを……!」


 私は拳を叩きつけた。


 だが、その時、私たちは撃つことができなかった。


「私……指が……動かなかった……」


 ルーシーが震える手を見つめ、小さく呟く。


 王都が崩れ落ちる光景が、彼女の指を凍りつかせていたのだ。……元々、ルーシーはこの汚れ仕事には嫌悪感を示していた。


「……私だって……逃げたくなった」


 イヴリンは自嘲の笑みを浮かべた。「必要悪」。そう言って、淡々と任務をこなしていた冷徹な彼女だったが、今回はそうもいかなかった。胸の奥に湧き上がった恐怖。瓦礫の山を逃げ惑う自分達の姿が脳裏にちらつく。


「みんな……みんなあんなに笑ってたのに……みんなで絶対、生きて帰ろうって誓ったのに……」


 私は涙を堪えきれず、顔を両手で覆った。


「……嘘つきだよ……家族だって言ったくせに……!」


「……逃げた奴ら……許せない……!」


 イヴリンの顔は淡々としつつも、声には怒りが浮かんでいる。仲間を見捨てて自分達だけ助かろうとした連中に、私も今更ながら怒りがわいてきた。


「でも……でも……撃てなかった……」


 ルーシーの声はか細く震えている。


「……私たち……『督戦隊』のはずなのに……」


 焚き火の明かりが、私達三人の顔を明暗に分ける。


 悔しさ、恐怖、怒り――そして敗北感。複雑に絡み合う感情が、まだ幼い心をぎゅっと締めつけていた。『督戦隊』の文字が入った赤い腕章も、4日間の逃避行で、もうボロボロだった。


「……あんな……あんな連中……家族じゃない……!!」


 イヴリンが立ち上がり、拳を強く握りしめる。


「……私たちだけは……裏切らない……逃げない……! 逃げた奴らは……私たちの家族じゃない……!」


 普段は、この特殊任務にあまり乗り気でないルーシーも、今回ばかりは怒りの色を浮かべている。


 私も立ち上がり、拳をもう片手に叩きつけた。


「私たちの家族は……ここにいる、この子たちだけ……」


 私達は互いに見つめ合う。揺らめく炎が私たちの表情を照らし、影は深い闇の中に取り残された小さな灯火のようだった。


「次は……次こそ絶対に逃がさない……大隊を……大隊長殿を裏切る奴は」


 私のその言葉は、呪いのように重く響いた。


 誰も逃がさない。誰も裏切らせない。

 

 たとえ恐怖に震えても、もう銃口を決して躊躇しない。


「次に逃げようとする奴がいたら……」


「警告射撃で止める……それでも逃げたら……」


「……撃つ」


 私達三人は固く手を握りしめ、その誓いを胸に刻んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ