5、エスケープキラー
「…………なんとか生き残れたけど。悔しいな」
私、オードリー・フェロンは拳を強く握りしめ、低く唸った。赤い瞳には炎が映り、涙が静かに溢れてくる。血のような赤色のロングヘアはいい加減痛みが気になってくる。しかし、それ以上に心を占めているのは……。
「……あんな……あんなのって……」
イヴリン・フォックスハウンドも唇を噛みしめ、視線を落とした。その肩が小刻みに震えている。
「……私たちは……ただ見ているだけで……」
ルーシー・フォックスバットは、声を絞り出すように呟いた。
私たちはウッドペッカー隊第二小隊。通称「エスケープキラー」。
誰であろうと戦場で背を向ければ警告射撃。さらに逃げようとすれば銃弾を容赦なく浴びせる。
戦場で第666特別大隊の仲間……『家族』を裏切る者は絶対に許さない――それが私たちの誇りであり、存在理由だった。
だが――
「……あの時……」
私の声は震え、過去の記憶が脳裏に鮮明に蘇る。
王都陥落。
混乱の中で部隊は壊走を始めた。崩れ落ちる城壁、燃え盛る街並み、逃げ惑う市民――そしてその中に紛れて逃げ出す仲間たち。
「やだ……やだ……死にたくない……!」
「こんな地獄、無理よ……!」
顔なじみの戦友たちが次々と背を向ける。
戦場であれほど勇敢だった彼女たちが、涙を流し武器を捨て、必死に逃げ去っていく。
なんとかあの後、イヴリンやルーシーと合流して、敗走する第666特別大隊の本隊まで追いついた。あまりの乱射に銃身の熱くなったS100 サブマシンガンの感覚は今でも手に残っている。
…………が、それ以上にショックだったのはあの光景。
……まったく、どいつもこいつも薄情者だ……。
「撃つべきだった……私たちの……私たちの大隊を……家族を裏切る奴らを……!」
私は拳を叩きつけた。
だが、その時、私たちは撃つことができなかった。
「私……指が……動かなかった……」
ルーシーが震える手を見つめ、小さく呟く。
王都が崩れ落ちる光景が、彼女の指を凍りつかせていたのだ。……元々、ルーシーはこの汚れ仕事には嫌悪感を示していた。
「……私だって……逃げたくなった」
イヴリンは自嘲の笑みを浮かべた。「必要悪」。そう言って、淡々と任務をこなしていた冷徹な彼女だったが、今回はそうもいかなかった。胸の奥に湧き上がった恐怖。瓦礫の山を逃げ惑う自分達の姿が脳裏にちらつく。
「みんな……みんなあんなに笑ってたのに……みんなで絶対、生きて帰ろうって誓ったのに……」
私は涙を堪えきれず、顔を両手で覆った。
「……嘘つきだよ……家族だって言ったくせに……!」
「……逃げた奴ら……許せない……!」
イヴリンの顔は淡々としつつも、声には怒りが浮かんでいる。仲間を見捨てて自分達だけ助かろうとした連中に、私も今更ながら怒りがわいてきた。
「でも……でも……撃てなかった……」
ルーシーの声はか細く震えている。
「……私たち……『督戦隊』のはずなのに……」
焚き火の明かりが、私達三人の顔を明暗に分ける。
悔しさ、恐怖、怒り――そして敗北感。複雑に絡み合う感情が、まだ幼い心をぎゅっと締めつけていた。『督戦隊』の文字が入った赤い腕章も、4日間の逃避行で、もうボロボロだった。
「……あんな……あんな連中……家族じゃない……!!」
イヴリンが立ち上がり、拳を強く握りしめる。
「……私たちだけは……裏切らない……逃げない……! 逃げた奴らは……私たちの家族じゃない……!」
普段は、この特殊任務にあまり乗り気でないルーシーも、今回ばかりは怒りの色を浮かべている。
私も立ち上がり、拳をもう片手に叩きつけた。
「私たちの家族は……ここにいる、この子たちだけ……」
私達は互いに見つめ合う。揺らめく炎が私たちの表情を照らし、影は深い闇の中に取り残された小さな灯火のようだった。
「次は……次こそ絶対に逃がさない……大隊を……大隊長殿を裏切る奴は」
私のその言葉は、呪いのように重く響いた。
誰も逃がさない。誰も裏切らせない。
たとえ恐怖に震えても、もう銃口を決して躊躇しない。
「次に逃げようとする奴がいたら……」
「警告射撃で止める……それでも逃げたら……」
「……撃つ」
私達三人は固く手を握りしめ、その誓いを胸に刻んだ。