3、スクラップブック
ここは、どこかの森の奥。地図にも載っていない、忘れ去られたような廃村。
そこに、百人の少女と、たった一人の少年が集まっていた。
「王都陥落から早4日。よく生き延びられたもんだねぇ……」
「ここ……どこなのかしら?」
「さあね。地図にも記録にもない。廃村よ。ブービートラップすら見当たらなかったし、敵軍だってこんな場所の存在すら知らないはず」
「ありがたい……ようやく、屋根のある家で寝られる……」
第666特別大隊――その名を持つ部隊は、まだ全滅していなかった。
その中でも、工兵・整備兵部隊『コーモラント隊』の第一小隊に所属する三人の少女たち――アリス・アリゲーター、エレナ・ハインド、そしてマルタ・ロングボウは、焚き火を囲みながら肩を寄せ合っていた。
全員が工兵であり、整備士であり、発明家でもある。いずれも技術の腕は一級品。ただし、全員、自他ともに認める『変人』だった。
何より特筆すべきは――彼女たち全員が、同じ人物に恋をしているということ。
第666大隊を率いる少年指揮官、スカイ・キャリアベース。
彼に向けた思いの重さと狂気ぶりから、彼女たちは『ヤンデレ四天王』と呼ばれていた。
***
三人の筆頭が、隊長にして天才発明家のアリス・アリゲーター。15歳。
4日前の王都脱出戦では、鹵獲した敵兵器をベースにした即席の珍兵器群で、敵の追撃を食い止めてみせた。ヤンデレ属性持ち。
トレードマークのピンクのツインテールが自慢だが、4日も風呂に入っていない今はさすがにくすみが気になる。匂いは……まあ、皆似たようなものだ。
次に、スカイの「忠犬」を自称する整備士、エレナ・ハインド。15歳。
かつて脱走兵を射殺した過去があり、スカイを裏切る者は誰であろうと容赦しない過激派。実家がガチガチの王党派で本人も思想が強い。スカイに対する思いが忠誠心からなのか、純粋な恋心故か、本人でも分かっていない。
そしてマルタ・ロングボウ。17歳。元は優秀な狙撃兵だったが、戦場でのPTSDによりスコープを覗けなくなり、整備士に転向した異色の経歴の持ち主。
自分だけ比較的安全な支援部隊所属になって、部隊に残した戦友達への罪悪感と、戦線で活躍を続けるその戦友達への嫉妬心――その矛盾に押し潰されぬよう、スカイへの依存という逃げ道を選んだ、情緒不安定な女。
そんなヤンデレ三人組だが、妙にウマが合い、一つのチームとしてここまでやってきた。
少し離れた場所に、もう一人。
フローラ・ウィスキーコブラ。16歳。
政府のプロパガンダ新聞に載ったスカイの写真に心を奪われ、この地獄のような戦場に自ら飛び込んだ変わり者。
彼女もまた、重い愛を抱える一人だ。
今、彼女は焚き火の傍でスクラップブックを膝に広げていた。
かつての新聞記事や作戦記録が、びっしりと貼られた分厚いノート。
「フローラ、何見てるの?」
「私たちの……戦争の記録よ。なんでこんなことになっちゃったのかなぁって、思って」
ページには、センセーショナルな見出しが並ぶ。
――王都でクーデター未遂! 各地で反乱軍蜂起す!
――政府軍、鎮圧に出動!
最初は交互に勝ったり負けたりを繰り返す戦況報告が続き、やがて記事の主役は第666大隊とその指揮官スカイ・キャリアベースへと集中していく。
「私さぁ……この記事のスカイ様に惚れたんだよね」
フローラが指さしたページには、微笑を浮かべるスカイの写真。大隊が初勝利を飾った『クラッカー作戦』のときのものだ。
「ふーん、よく撮れてるじゃん。……ま、本物の方がもっと可愛くて、良い顔してるけどね」
ちらり、とアリスがスカイの方を見た。
彼はスカイの名前通り、白い髪と青い瞳の美少年である。齢15でそろそろ男臭くなる年頃であるが、そんな事どこ吹く風と一見、女の子に見える程美しい。アリスは、それをうっとりと眺めた。
「クラッカー作戦か。まだ一年前なのに、なんか懐かしいねぇ」
「…………あの頃、私はまだ狙撃銃を握って、ヴァルチャー隊にいたんだ」
ふっと表情を曇らせるマルタ。気を遣って、フローラは話題を変える。
「さ、三人は、最初期からのメンバーだったんだっけ?」
「そう。最初は私とエレナの『ヤンデレ2人娘』。で、マルタが加わって『ヤンデレ三姉妹』に昇格。フローラが加わって今の『ヤンデレ四天王』に」
「……今更ながら、これ、誇っていいあだ名なの?」
「誇れ誇れ。666じゃキャラが濃いほど生き残るって相場が決まってる」
と、アリスが涼しい顔で言う。……現在まで生き残って、ここまでいるメンツを見ると妙な説得力があった。
ページをめくると、次の記事が現れる。
――フーイ村の奇跡! 貴族令嬢たちの奮戦!
「あ、フーイ村の撤退戦……私、この頃に配属されたんだ。元々は実戦部隊志望だったんだけど、工学の知識があったせいで工兵部隊に回されて、アリスたちと出会って……」
「フーイ村か……懐かしいな……。あそこで私は怪我して、狙撃銃が握れなくなったんだよ」
「マルタ……」
気まずい空気に、フローラは何か言いかけてやめた。マルタの繊細すぎるメンタルは今に始まったことじゃない。
……よくそんな状態で狙撃兵やれてたな、と思わないでもないが。
「ひどい戦だったな……。後続の味方のファルコン隊が逃げ出して、総崩れになりかけたところを、イーグル隊の貴族令嬢たちが食い止めてさ。あいつらも今じゃ立派な戦士の顔だ」
「たまに怖いけどね。147号線の奪還に、ラーバルト山、カンディル作戦……」
フローラはさらにページをめくる。
だが、ある見出しの前で手が止まる。
――ヅール砂漠の戦い
――ハマン殲滅戦――通称「ブラッディ・ダラ」
「……ヅールと、ブラッディ・ダラか。あれは、ひどい戦いだった」
「……ああ、特にブラッディ・ダラ。まあ、あそこで大量に鹵獲した武器……あまりにも血まみれだったもんだから、誰も使いたがらず倉庫の肥やしになってたのを魔改造して、王都脱出に使ったのは私らだけどね」
だが、どこか居心地悪そうに、アリスが苦笑を浮かべる。
ブラッディ・ダラ。工業都市ハマンで第666特別大隊が反政府軍第13歩兵旅団を壊滅させた戦い。
狭い路地に誘い込んだ上での待ち伏せで機銃掃射を浴びせた。
反政府軍は2000人が死に、道路は血と肉の山と化した。
第13歩兵旅団の指揮官クラスは文字通り全滅し、部隊は再編不可能。反政府軍の士気には大ダメージ。
当の引き金を引いた第666特別大隊員からも、あまりにも一方的な虐殺への罪悪感から、PTSDを発症する兵が続出したという、地獄そのものの戦い。
「思うに――」
アリスが静かに言葉を継いだ。
「第666大隊から、人間の皮が剥がれはじめたのって……たぶん、あの戦いからだと思うんだ」