2、損失
敵軍がこちらを本格的に包囲しにかかっているのか、銃声と爆発音が一気に増えた。
そんな中、血と泥にまみれた少女兵が駆け寄ってきた。彼女が開口一番に告げた報告に、隊員たちは動揺した。
戦死――ミカエラ・ダークシャーク。リーナ・ブラックバード。
突撃隊にしてエース部隊――クロウ隊の中核だった二人の名に、胸の奥が冷たく沈む。今朝まで普通に話していた顔がふっ、と消える。この喪失感は何度経験しても慣れる事はない。
ミカエラはクロウ隊の中隊長。戦闘開始前に生き残った数少ない部下達相手に、子爵令嬢にあるまじき下ネタで、周囲の笑いを取っていた。
単なる趣味か。はたまた隊長として、キャサリンをはじめとする、残った数少ない部下たちの緊張を解きほぐすつもりだったのか……。
リーナは決戦前だからか、霊魂の有無について大真面目に議論していた。
「馬鹿。本当に霊魂になってどうする……」
思わず、そんな言葉が心に浮かんだ。
「二人とも……天晴れな最期でした」
少女が、かすれた声でそう言った。キャサリン・トマホーク。今や、クロウ隊で唯一の生き残りだった。
「マイも、アリーナも、アシュリーも、トリエステも皆死んだ……。私一人だけが生き残って……私は、味方の命を吸う死神なのかもしれません」
灰色のツーサイドアップを揺らしながら、もはや泣く気力すら無く俯いた彼女に、スカイはそっと声をかける。
「……キャサリン。お前のせいじゃない」
肩に手を置き、正面から見つめる。
「俺たちは皆、誰かを失っている。だが、それでも――生き残るんだ。ミカエラ達の分も生きろ。今度は、お前が守る番だ」
キャサリンの空色の瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。
「……分かりました。もう一度、頑張ってみます」
その時、陣地の入口がざわめいた。別の少女兵が駆け寄ってくる。
「スカイッ! 敵接近中!」
駆け込んできたのは、レベッカ・シューティングスター。
彼女はスカイの貧民街時代からの幼馴染。そして彼の護衛役も務めている。だが、今は紫のサイドテールに返り血を浴び、異様な迫力を纏っていた。
「レベッカ!? どうした、その格好っ?!」
「もうすぐそこまで敵が来てる! イーグル第3小隊の援護に向かったら、敵と鉢合わせた! アサルトライフルに装着した銃剣で二人斬り倒したけど、数が多すぎる! やばいよ!」
「……そうか。時間がないな」
「途中で第8小隊のローズとベアトリスにも合流した。…………でも、二人ともやられた。良い奴らだった」
「……クソッタレが」
新しい戦死報告に思わず毒づく。2人とも漫画好きで、物静かだが愉快な奴らだったのに……。
「……第8小隊はこれで全滅です」
脇ではエリザベスが淡々と言葉を紡ぐ。感情がないのではない。相次ぐ戦死報告に、声から抑揚が消えていた。
スカイは、即座に立ち上がり、声を張る。
「全員、撤退準備! イーグル歩兵隊とキャサリンは進路確保! ヴァルチャー狙撃隊は後方支援! コーモラント工兵隊第2小隊は爆破準備!」
「了解!」
エリザベスが地図に手を走らせ、進路を指示する。
「右側の廃工場を抜けます。遮蔽物が多く、敵の視線も届きにくい。そこから合流地点へ出られます」
「よし、移動開始だ!」
少女たちが次々に立ち上がる。血まみれの服を着たまま、歯を食いしばり、武器を握りしめる。
「爆破工兵隊、出るよ! 虎の子の爆薬で追跡妨害してやる!」
第2小隊長のメリンダが叫ぶ。
「こんなこともあろうかと地雷撒いておいた!」
「ヒィィィハァァァ! 爆裂カーニバルの始まりだぁぁっ!」
コーモラント第2小隊の隊員達が得意げに笑う。 キャサリンも続いた。
「私が……みんなの死を、無駄にしない」
その声には、もう震えはなかった。UZIの弾倉を交換している。完全に目がすわっていた。立ち直ったわけではない。ただ、今は泣いている暇がないと理解しただけだった。
スカイもAKS-74Uを小脇に抱える。グリップを握る手は硬い。腹の中は敵軍に対して煮えくり返っていたが、あくまで表向きには冷静だった。
「レベッカはいつも通り、俺の直掩を」
「はいよ! ここまで来たからには、スカイに死ぬまで付き合うよ!」
「全員、撤退開始!」
鬨の声をあげる少女兵達。撤退を邪魔しようと次々敵兵が現れては道を塞ぐが、弾丸で、銃剣で、爆薬で、そこに無理やり道を切り開いていく。
敵弾に当たり、誰かが倒れたのが見えた。だが足を止めず、工場の残骸へと一団は流れ込む。
「畜生! パールがやられた! 反乱軍のクソ共め!」
「足を止めちゃいかん! 走り続けろ!」
振り返らない。崩れかけた市街地を、彼らは駆け抜ける。赤く染まった空。崩れゆく王都。
けれど、彼女達はまだ――終わらない。
戦場でしか生きられない少女たちと、捨てきれない信念を胸に。第666特別大隊は、地獄の中で一つの家族として、生き延びようとしていた。




