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【書籍化】離婚するつもりだった。(連載版・WEB版)【コミカライズ】  作者: 有沢真尋
【本編 3】

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48/50

47 表情を読まれる

 夕食時にもバーナードは帰宅しなかった。


(さすがに遅い気がするけど、何かあったわけじゃないですよね……?)


 すっかり日が暮れる頃には、チェリーは誰と話しても上の空で落ち着かない気分になっていた。外の物音に耳を澄ませ、何か聞こえないか気にかけてはいたものの、こんなときに限って風が梢を揺らす音すらしない。

 考えが暗い方へと向かいそうになるが、胸に手を当ててみて虫の知らせや胸騒ぎのような「悪い予感」はひとまず無いと自分に言い聞かせる。


 バーナードとの関係は形式上の夫婦として始まり、本人と出会ってからはまだ日が浅く、自分と彼の間にどんな結びつきがあるかと他人から問われれば答え方が難しい。それこそ彼に何かあったとき、自分がそれを察知することができるかなんてチェリーにもわからない。

 それでも戦地から帰ってくる可能性が極めて低いという「夫」の名前を知り、どんなひとかと想像の中で思い描き、顔も知らぬまま手紙を交わしたときに心の底で種がやわらかい土に落ちたのだ。雪が積もり、春を迎えてようやく芽が出て育ち始めている。この先どんな花が咲くかもわからない。

 目には見えない、ただチェリーにとってそれはそこにあるとしか言いようのない想いだ。


 食後にチェリーはノエルに早く寝るように言い聞かせて、キャロライナにもお願いをして二階へと向かわせる。その横でニコラスが、枕と毛布を抱えて「おやすみ」と言いながら通り過ぎて行った。

 片手で杖をついているので、見ているだけで危うい。しかも灯りは持てないので、行く手の廊下は真っ暗だ。


「ニコラスさん? どこへ行くんですか?」


 立ち止まって肩越しに振り返り、ニコラスは眠そうな顔で答える。


「玄関で寝る。あの心配性の家主が帰ってきたときに僕を探さないで済むように。あとは防犯も兼ねて。この足だけど、いざというときは君が鉈を振り回すよりマシな動きができるんじゃないかな」


 邪気の無い顔で微笑まれて、チェリーもまた表情筋に気合を入れて笑顔で応じた。


「それでは玄関に寝床を作りますので少しお待ちください。わら布団を敷けば快適に寝られるはず」


 ニコラスはヒュウっと口笛を吹く。彼が音楽に精通していると知ってから聞くと、口笛まで響きが良く感じられた。


「いいね、ありがとう。自分の寝床のことだから、自分でやると言いたいところだけど」

「立ったりしゃがんだり物を運んだりしたら、きっと足のヒビが広がってしまいます。待っていてくれる方がいいですね」


 チェリーは笑いながら先に立って玄関ホールへと向かい、小さな台に燭台を置く。わら布団は片手で運べないので、火は置いていくしかない。明るいうちに寝床について考えて準備をしていれば良かったのに、ぼんやりしていたのだと反省する。

 前の晩に用意した椅子がそのままになっていたので、ニコラスは毛布と枕を抱えたままそこに座った。そしてごく自然な流れとばかりに言った。


「待つ間、僕はここで歌でも歌っていようか。リクエストはある?」


 ――君は『歌姫』だよね?


 先刻ピアノ室でニコラスよりつきつけられた問いかけに、チェリーは「違います」と答えた。ニコラスがあまり納得したようには見えなかったので「姉がそういった仕事をしていました。たまに姉を知っている方に間違われることはありますが、もしかしてニコラスさんも姉をご存知なのでしょうか?」と切り替えしたところ、ニコラスは「どうだったかな」と曖昧なことを言って引き下がってしまい、話はそこで終わっていたのだ。


(私は「歌姫」ではないんです……!)


 ニコラスが「歌姫」を探しているのだとしたら、その相手とは永遠に出会えない。付け加えるならば、もしニコラスが歌姫に並々ならぬ想いを抱いていたとしても、生前の歌姫ラモーナには心に決めた相手がいて子どもも授かっていたので、他の男性は聴衆に向ける完璧な笑み以上は望めなかっただろう。その事実をどう伝えるかチェリーの中に緊張が走ったが、長引くこと無く話題が終わったことにほっとしていた。


 しかし、終わってなどいなかった。彼は依然としてチェリーと「歌」について話し合いたい空気を醸し出している。

 鈍感なふりをしてやり過ごすか、本当の「歌姫」である姉の長い話を始めるべきか難しい選択を迫られていた。


「リクエストするほど曲に詳しくないんです。姉は歌を歌う仕事をしていましたが、私は仕事場までついて行っていたわけでもなく……ときどき聞くくらいで……」


 この国の王子であるヒューゴーと、いずれ歌うという約束はある。本当なら歌曲は一曲でも多く覚えたほうが良い。頭ではわかっていたが、素直にそれをニコラスに言えないのは彼が探しているのが「歌姫」だからだ。歌姫レベルの要求をされても、チェリーは応えることができない。


(言い訳だわ。ラモーナ姉さまのように人前で歌う必要はないとバーナードさんが約束を取り付けてくれたから、どこかで安心していた。録音機器に向かって歌えば良いから、その場で失敗してもやり直しもできると言ってくれて)


 バーナードはチェリーが無理をしない方法を考えて、たとえ王家が相手であっても自分が盾になって守ろうとしてくれる。歌姫の件だけではなく、バーナードがそばにいるとチェリーはびっくりするくらい丁寧に扱ってもらえるのだ。侵入者がいれば自分が見てくれると言ってくれるし、重いものも屋外での作業も「自分が」と言ってチェリーに手出しさせないで率先してこなしてくれる。

 もしかしてすごく甘やかされているのでは? と薄々感じていたが、バーナードのいない一日で確信に変わった。

 このまま甘やかされるのに慣れてしまっては危険だと。


 黙ってチェリーの顔を見ていたニコラスが、不意にくすっと笑った。


「お姉さんの話をするときの君は、とても申し訳なさそうな顔をする。僕が話しかけているのは君だよ。お姉さんの話をしてほしいとお願いした覚えはない」


 まるでチェリーの気まずさが手にとって見えているかのような一言に、チェリーは思わず自分の両頬に両手をあてた。


「申し訳なさそうな顔って、どんな顔ですか?」

「え?」

「顔に全部出ているとかそういう……! たしかにいろいろ考えてはいましたが、そんな簡単に見透かさないでください! 私は言うべきことは言葉にして伝えているつもりなんです」


 姉のことも隠そうと思ったわけではないのだ。どう言えば伝わるか考えているうちにうまく説明できなくなっていただけだ。それを「申し訳なさそう」などと言われてしまうと後ろめたいことがあると言われているようで胸がもやもやする。

 もっとも、それをそのままニコラスに言ってしまっては八つ当たりしているのと変わらない。そんな自分に焦り、怒っているわけではないと言い訳をするべきかと逡巡したところで、ニコラスが腹を抱えて笑い出した。


「あっはっはっは、君は面白いね。ただでさえ考えていること顔に出ているのに、頭の中ではそれ以上にぐるぐる考えているんだろうな。もっと話せばいいのに。きっと君は自分で思っているより話すのが下手だよ」

「べ、べつに話し上手だと自認したことはありませんが」

「へぇ?」


 ものすごく簡単に流された。


(いきなり、上手いとか下手とか値踏みする側みたいなこと言うのはどういうつもりですかって、言えるものなら言いたい……あっ)


 あっ、と考えた瞬間その通りの顔をした自覚があった。ニコラスはそれをしっかり見ていたようで、さらに追加でゲラゲラと笑い飛ばしてくれた。


「いま絶対、いきなり自分の言動の揚げ足をとるように上手いとか下手とか言うのは何様だって思った。そういう顔だった」

「はい……思いました」

「あははははは、はいって認めるんだ!? それもう、最初から言っちゃえばいいと思うよ。なんだこいつって思ったときには、なんだこいつって口に出しちゃえ。君の場合はどうせ顔に出るんだから」

「たとえ顔に出ていても、言うのと言わないのでは天と地の差ですよ。伝える方法って必ずしも表情が伴うわけではないですよね。たとえば手紙とか、顔もわからないじゃないですか」

「なにそれどういう意味? 手紙なら自分を取り繕えるってこと? まあそうだよね、綺麗な字で形式に則った綺麗な文章で書けば君が何を考えているどんな人間かなんて相手には簡単にわかりっこない……あれ?」


 笑いながらしゃべっていたニコラスが、そこで困惑した様子で口をつぐんだ。自分の表情のせいだとチェリーはわかったが、フォローも思い浮かばないまま正直に頭に浮かんだことを告げた。


「私はびっくりするくらい字が下手で、手紙の形式も何も知らないんです」

「まあ、手紙を書く生活をしていなければそういうものじゃない?」


 声が暗くなったせいか、ニコラスがなぐさめめいたことを口にしてくれたが、チェリーとしてはなおさら居た堪れないものがある。


「旦那様との最初のコンタクトは手紙でした。お互いに相手を知らず、どんな顔してこれを書いたんだろうって想像もできない状況で、私は手紙を書いたんです。言いたいことはたくさんあったんですけど、書けたのは一文だけで」

「逆にすごいな!? なんて書いたの!? めちゃくちゃ知りたい!」


 わくわくした顔で尋ねられたが、チェリーは「言えません」と断った。


「けち」

「ドストレートな罵りですよそれ。秘密にしてもいいじゃないですか! 手紙の受取人だけが知っていればいいことなのですから」

「なんでだよ。いまの流れは言うところだろ。まあいいや、旦那のほうから聞こう」

「聞かなくていいですから!」


 いつの間にか話に夢中になっていたのだろう。外で何か物音がした、と思ったときにはドアの鍵がガチャガチャと鳴っていた。チェリーはハッとそちらへと顔を向ける。

 同時に、ニコラスが立ち上がった。


「あの、たぶんバーナードさんです」

「そうだと思うけど、そうじゃなかったら大変だ。慌てて走って行って、泥棒にドアを開けることになったらどうする?」

「えっ」


 思いがけない一言に、出迎えようと思っていた足が止まる。ニコラスは戸惑っているチェリーに、優しく微笑みかけてきた。


「旦那がいない間は、奥さんを守るのは僕の役目じゃない? そのくらい役に立たないと」

「あの、でもニコラスさんは怪我人なので、総合的に見ると私が対応したほうが」

「君は理屈だけで生きているような女性だよね。あの旦那にとってはそれが可愛いのかな」


 楽しげに言いながら、ニコラスは足を引きずってチェリーの前に立つ。

 ちょうどドアが開いたところだった。鍵を持っている以上、相手はバーナードだとチェリーがほっとしたところで、先に入ってきたのはまったく見覚えのない相手であった。


 ほとんど光がないはずなのに、明るい髪の色が輝いて見える。

 ごめんくださいと言うこともなく玄関ホールをすたすたと歩いて近づいてきて、ニコラスとチェリーを視界に収めたらしい様子で足を止めた。

 スーツ姿の、貴族的な容貌の美青年であった。ニコラスが「誰?」と聞いてきてチェリーは「わかりません」と早口に答える。

 青年は面白そうに目を輝かせており、チェリーと目が合うと愛想よく笑いかけてきた。


「こんばんは、お邪魔します。奥様でいらっしゃいますか?」


 想定していたより高く細い響きのある声であった。一瞬、目の前の相手が男性か女性かわからなくなりつつ、チェリーは背筋を伸ばして答える。


「は、はい!」


 相手は続けてニコラスへと視線を流してから口を開く。


「これは? ご当主ではないですよね。この夜更けにこんな場所で、もしかして奥様は間男と密会をしていたのですか?」

★伊南ミナト先生:コミカライズ(土曜日11時更新)


カドコミ

https://comic-walker.com/detail/KC_008519_S

ニコニコ

https://manga.nicovideo.jp/comic/76987


いつも応援ありがとうございます!!

話数が進んできて公開期限が出てきていますので、何卒読み逃しのないタイミングでご覧いただけますと嬉しいです!

私はだいたいどの話でもヒーローとヒロインが一緒にいる時間が少なく別行動が多いんですが、まさに「離婚」もそのタイプの話で、リアタイ組の皆様におきましてはお気づきでしょうかコミカライズは現在貴重なメンズのターンに入ってきています!必見(*´∀`*)

イケメン~(๑•̀ㅂ•́)و✧

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✼2024.9.13発売✼
i879191
✼2026.4.4配信開始✼
i1126397
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誰????
出来心返信ありがとうございます!笑 すみません!私もうっかりコメント書きましたぁ! 心の声が漏れてしまって有沢様、色々気を遣ってらっしゃるのでコメント返信無しは分かりまーす! 心の声が漏れたらすみませ…
はう。バーナード様はいつ帰ってくるんですかぁ(T ^ T) チェリー休まらない(T ⬜︎ T)
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