6.草原のエースと後悔するジャネット
この物語はあくまで並行世界ですので、カリフォルニア国の隣がテキサス国になります。
困った時だけ祈るジャネットの効果はやはりなかった。神様だって助ける事を迷うような人でなしを助けようとは思わない。
当たり前なのである。神は自らの努力にまず感応しる。エースたちを幹線道路で発見する事は出来なかった。
その頃、エースたちは幹線道路から離れた草原を馬で走っていた。
幹線道路はジャネットたちの協力者からの指示で監視されている危険があるので、エースたちは馬で草原を走ってカリフォルニア国の国境を越えようとしている。
結果的には、カインの指示がカリフォルニア国の国境警備隊にされていたのでシェーンの予想が正解だった。
シェーンがある小山を指して言う。
「あの山を越えれば、カリフォルニア国脱出だ。」
モーガンが感心して言う。
「それにしても、トラックを預かり馬を用意してくれる仲間がいるなんて凄いですね。」
シェーンが言う。
「たまたま、へリンガー先生の生徒が居たので助かった。居なければ、何処かに車を預け、馬を借りて国境を越えなければならなかった。」
へリンガーという知らない言葉が出てきたので、エースがシェーンに聞く。
「へリンガー先生って、どんな人ワン?」
「へリンガー先生は、メンフクロウ族の知者で、カルマの法則について『愛の法則』という本に書いた心理学者さ。」
モーガンが心理学者という言葉に反応する。
「心理学って、俺も大学で習ったけど役にたたなかった。」
これは仕方の無い事である。心理学にもいろいろあり、一般的な心理学では症状やストレスへの対処方法が主流であり、何故その症状やストレスが発生しているのかを探求しない。
そもそも症状が治れば患者は患者でなくなる。つまり、一般的な心理学では症状やストレスの対処方法を中心にした方が儲かるのである。
シェーンがモーガンを見て言う。
「そう言う金儲けの爲の心理学ではない心理学、言い換えれば、運命の心理学がへリンガー先生の心理学です。」
エースの顔が?マークでいっぱいになる。
「運命の心理学って何ワン?」
シェーンが笑いながら言う。
「簡単に言うと、親たちの間違い(もつれ)が子供たちに影響するという心理学さ。」
昔の表現で言えば、親の因果が子に報うと云う意味だ。
今度は親のモーガンがびくと反応する。
「親の間違いが、子供たちに影響するのですか?」
シェーンがモーガンに聞いので、馬を止め、シェーンがモーガンに説明する。
「ええ、より正確に言うと子供たちより前の世代、親、親の親、親の兄弟姉妹というように親たちの世代が、子供たちに間違いの影響を与える場合が大変多くあるという仮説です。」
モーガンがシェーンを見て聞く。
「本当にそんな事があるのですか?」
モーガンが疑わしそうな態度なのでシェーンが少し時間を置いて答える。
「本当です。難病、自殺、離婚、養子、近親相姦、同性愛などで多数の症例が親たちの間違いで引き起こされていたとへリンガー先生とその弟子たちが記述しています。」
暫し絶句するモーガンにエースが聞く。
「どうしたの?お父さん。」
モーガンが恐る恐る聞く。
「ひょっとして、俺たちのもつれの影響でエースの中に少女が出来た可能性があるのですか?」
シェーンが答える。
「それを確かめる爲に、テキサス国へ向かっているのです。さあ、急ぎますよ。」
モーガンがシェーンに聞く。
「どういう意味ですか?」
シェーンがモーガンとエースを見て言う。
「テキサス国に向かっている理由はカリフォルニア国からの緊急脱出だけでなく、へリンガー協会の訪問とそこでのエースのもつれの調査をするという目的もあるのです。さあ、急ぎますよ。エッホ、エッホ。」
そう言うとメンフクロウ族の体のクセであるエッホをわざと言いながらシェーンは再び馬をはしらせる。
モーガンもエースと共に馬を走らせる。
難しい事が分からないエースは、久しぶりに正気の父親との旅行に気分はハイである。
エースが言う。「テキサス国では何を見ようかワワン?パパ。」
モーガンがシェーンに聞く。
「テキサス国の何処へ行くのですか?」
シェーンが遥かな国境の山を見ながら言う。
「テキサス国のウェーコという町にベリンガー協会が有ります。その町の郊外にはパーク動物園があります。」
エースが歓声をあげる。
「ダディと動物園ワン!」
エースのしっぽがビュンビュン嬉しさで揺れる。
草原をエースたちが走って国境を脱出した頃、ジャネットは性転換手術を希望する書類にサインして帰宅していた。
今までは他人事だった。しかし、自分自身の身体を切り刻む事になって初めてジャネットはその恐怖を実感する。
心はもう、ここにあらずといった様子で車をジャネットは降りた。
その様子をジャネットの息子であるジャズは見てしまう。オンボロアパートの前に車が止まり、更にその車からジャネットが降ろされ、ヨロヨロと歩いているところをである。
ジャンはジャネットが酷い表情であり、疲れ切った歩き方だと理解する。
この光景はジャネットに酷い事が起きた時に起きるジャネットの姿だ。
この前、見たのはアルバイトを首になって途方にくれて戻ってきた時だった。
「めちゃ、まずいジャン!」
すぐにジャズはジャネットに何か酷い事が起きたと思い、すぐに準備に取り掛かる。
ジャズは母一人、子一人の母子家庭で育ち、母親思いの子供だ。このアパートは元々祖母が一人で生活していた所へ、ジャネットたちが転がり込んで生活をしていた。
それでも去年までは祖母がいたので、祖母の清掃の稼ぎとジャネットのアルバイトで何とか生活費など間に合っていたが、去年祖母が亡くなると途端にクレジットの返済に追われる生活になってしまう。
とにかく母親のジャネットは感情の起伏が激くおちこむと何時もとんでもない事をする。
その事を分かっているジャズは、兎に角ジャネットの気持ちを落ち着かせる必要があると思う。
「頑張ろうジャン!」
ジャズが自分自身に気合を入れる。
エレベーターが故障したアパートの3階の部屋にジャネットがやっと着く。
ジャネットがドアを開けると息子のジャズが髪を二つに分け、両方に紫のリボンを付け待っていた。
ジャズがジャネットに言う。
「ちゃんとリボンを付けて、あそこの穴にもペニス棒を入れたよジャン。」
ジャズは昨日まで、女性の性器モドキの穴にペニス棒を入れたくないとぐすっていた。
そのジャズに昨日まではジャネットが怒り、無理やりペニス棒を性器モドキの穴に入れさせていた。
性器モドキは、本来的には体に出来たキズである。
性器モドキはキズであるので塞がるのが自然であり、性器モドキにペニス棒を入れたくないのが当たり前なのだ。
しかし、自分の息子を女性モドキにしても全くわからなかったジャネットも、自分が性転換手術と言われる整形手術を受ける段階になってやっと、その異常性に気づく。
ジャネットがジャズを抱き涙を流して言う。
「ごめんね。お母さんが間違ってたわ。」
ジャネットの昨日までと違う言葉に戸惑うジャズは、ジャネットを抱きついて言う。
「大丈夫だよ。お母さん、僕はちゃんと女の子になるから泣かないでジャン。」
その言葉で更に涙が出るジャネットだった。
ひとしきり泣いたジャネットは、これからどうすればいいか考える。
今迄、リベラル・トランスジェンダー・ヘルス専門協会での仕事しか考えていなかったジャネットに、新しい仕事を見つけるあてがない。
もちろん大学を出たわけでもないジャネットには事務仕事も難しい。
暫く呆然としていると突然、ジャネットにある言葉が悪魔のようなカインの表情と共に蘇る。
「へリンガー協会は、悪魔の協会だから決して近づいてはなりません。話題にしてもいけません。」
これはカインから以前に聞いた言葉だ。
悪魔のようなカインが悪魔と言うのだから、ヘリンガー協会は、天使のような存在では?
ジャネットは呟く。
「きっとそうなのよ。だって凶産主義者たちは何時だって嘘ツキなのだから。」
カインのような凶産主義者とその仲間たちは、いつも嘘ツキである。つまり、本当の悪魔の手先はカインたちであり、カインたちが嫌う以上、天使たちに導かれた人々がヘリンガー協会の人々と言う事になる。
何時もたいして調べもしないジャネットが一方的に思いこむ。
そのように考えたジャネットは、それからカリフォルニア国からの脱出準備をする為、レンタカー屋を探す。兎に角、レンタカーを借りカリフォルニア国から脱出する。
そしてそばでジャネットを見ているジャズに宣言する。
「悪魔たちから逃げるわ!夜逃げの準備よ!」
なんとかレンタカー屋は見つかった。
しかし、ジャネットの残クレジットでは足りなかった。
「ああ、こんな事、、、」
思わず座り込むジャネット。
クレジット屋は、両手を広げてお手上げと態度で示し、言う。
「俺も、商売でやっているんだ。これ以上は安くできない。」
ジャネットが絶望している中、ジャンがブタの貯金箱をポーチから出す。そしてブタの貯金箱を開く。
ジャン「これを使ってジャン。」
思わずジャンを見るジャネット。
「これはお前がずっと貯めてきたものじゃないのかい?」
クレジット屋がジャンに確認し、貯金箱の中から紙幣を選び計算する。
クレジット屋が金額を確認して車のキーをジャネットに渡す。
まだ、真夜中、ジャネットはジャズをオンボロ車に乗せ、ヘリンガー協会へと車で向う。
薄暗い中、ジャネットは中古車をヘリンガー協会の建物の門の前に止める。
そこはまるで要塞のようであり、四方を厚いコンクリートの壁で覆われており、その上に監視所までもある。
ジャネットたちはヘリンガー協会の門の前まで歩き、扉を叩く。
「どうか助けてください。私は性転換手術がイヤで逃げてきました。」
ジャネットは何回も何回も扉を叩き、何回も何回も同じ言葉を繰り返す。
何度目かの扉を叩いた後、扉が開く。
ヘリンガー協会の住み込みの事務員である白ウサギ族のチェトナ・マミが眠そうな表情で現れる。
「まだ、セミナーの時間ではありませんよ。出直してもらえませんか?」
ここで協会に匿って貰えなければ、拘束されて手術されてしまう。ジャネットは必死にチェトナに訴える。
「性転換手術のサインをしてしまったのです。このままでは、拘束されて手術されてしまいます。どうか助けてください。お願いします。」
ジャネットの必死の表情に、チェトナはその顔が、息子の性転換手術をあそこモドキを上にのせたケーキを切ってお祝いしていた母親である事を思い出す。
チェトナが厳しい口調で指摘する。
「自分の息子のあそこを切る時はケーキを作ってお祝いしていた母親が、どうしてここに助けを求めてくるのですか?」
チェトナの後ろから、シェパード犬族のジェイソン・モルガンが現れる。
「朝早くから、どうしたのですか?」
ジェイソンにチェトナが説明する。
「金を得る爲に、自分の息子の性器を切ってお祝いする女が、いざ自分が性転換手術をする事になって、手術が怖くなり、ここへ助けを求めに来たのです。」
ジェイソンがチェトナに聞く。
「つまり、セミナーのクライアントではなく、予約もない人ですか?」
ジャネットが必死に訴える。
「確かに、私は間違いをした罪人です。でも、今は自分が罪人である事が分かったのです。だからどうか助けてください。私は自分が切り刻まれるのが怖いのです。」
チェトナがそのジャネットに聞く。
「ここは、有料セミナーをしているのだけど、セミナー料は払えるのかしら?」
ヘリンガー協会は、有料セミナーを行い、そのセミナー料で会場の維持とチェトナや同僚のジェイソンたちの給与を払っている。
その週の支払いさえ、やっとのジャネットは、ヘリンガー協会をボランティアの慈善団体のように勘違いしていた。
ジャネットがしどろもどろに言う。
「大変すみません。今は手持ちのお金が無いのです。でも、きっと後で支払いますからお願いです。助けてください。」
チェトナが呆れた顔で言う。
「つまり、金も持たずに敵方にやって来たのね!」
ジェイソンがジャネットに聞く。
「手術した人の方が、手術しない人より自殺率が高いって知ってましたか?」
ジャネットの全身から油汗が出る。
ジャネットは性転換手術をした人の方が、性転換手術をしない人より自殺率が高いなんて知らなかった。
「いいえ。知りませんでした。」
その時、初めてジャネットは性転換手術の負の側面を知った。
そして、その意味が分かると自分がまるで人殺しに加担してしまった可能性がある事でよけいに顔色が悪くなる。
そこへ、ヘリンガー協会の代表、ハート・ヘリンガーが現れる。
ハートが質問する。
「朝早くから、何事ですか?」
チェトナが説明する。
「リベラル・トランスジェンダー・ヘルス専門協会に協力して、自分の息子のあそこを切る時にお祝いをした動画をSNSにアップしていたのに、いざ自分が性転換手術をするとなったら、切られる事が怖くなり、ここ(ヘリンガー協会)に金も予約もないのに、助けを求めてきたのです。」
ジョンソンが吐き捨てるように言う。
「自業自得だな。」
ジャネットがハートに再び訴える。
「確かに私は間違いをした罪人です。お金も有りません。でも、やはり怖いのです。お金は後で必ず払います。だから、助けてください。」
母親が必死な事が分かり、ジャズも言う。
「お母さんだけじゃなく、僕も働いて必ずお金を払います。だから、助けてください。お願いします。」
ジャズは手を合わせ祈りのポーズだ。
ハートは、ジャネットとジャズを見て、それからチェトナとジョンソンを見てから次の話を語り始める。
その話は遥かに昔の話だが、皆がよく知っている話だった。
ナザレのイエスの前に男達に追われた一人の娼婦が現れる。娼婦の周囲にいる男達はイエスに問いかける。
「戒律に背いたその娼婦は石打ちの刑にするべきだろ!」
男達は、イエスがそうだと言えばイエスを非情な男と言い触らし、イエスが娼婦を助けるべきだと言えば戒律を守らない男と言い触らすつもりだ。
それに対して、イエスは周囲にいる男たちにこう言う。
「この中で、今迄一度も戒律を破らず嘘も言わない者がいたら、その者には娼婦に石打ちする資格がある。」
イエスが順番に男達を見る。
見られた男達はナザレのイエスに見られると、次々とその場を去っていく。
この話を聞いたジョンソンがはっとした表情で言う。
「この女性のカウンセリング料は俺が建て替える。」
ジャネットが叫ぶ。
「ありがとうございます。きっと後で払います。」
ジャズも叫ぶ。「ありがとうございます。」
ハートがジャネットに言う。
「さあ、貴方たちの歪みは何なのかはカウンセリングしましょう。」




