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第24話 : 殺人鬼と吸血鬼

 一瞬で形勢は逆転した。

押さえ付けていたミルの手がドロリと『崩壊』して、侵入者の拘束が解ける。

(は?)

 ミルは僅かに動揺した。もちろん痛みにではない。

 長い間生き過ぎて痛覚がバカになっているので、痛みには鈍い。その上不死なので、嫌でも何回も死を経験している。その度に例えようのない激痛が彼を襲った。

 それに比べればこの痛みなど虫刺され程度だ。


(……念のために、無効化魔法使ってたっていうのになぁ)

 

 ミルは前もってギフトを打ち消す魔法を使っていた。

 その魔法は、その名前の通り確実にギフトの効果を消せるもので、ミル自身が秘密裏に作成したものだ。

 ギフト以外には全く通用しない。

 また、消費する魔力は膨大なものとなる。

 つまり保持魔力量が少ない吸血鬼にはメチャクチャ疲れる魔法だ。

 

 一週間に一発しか発動できない燃費の悪い魔法。

 だがそれは彼が吸血鬼であるための制約にすぎない。

 もしこの魔法が保持魔力量が桁違いに多いエルフや、ノーム等に知られると、大方人類は為す術もなく滅亡するだろう。


 また悪夢のようなあの大戦が起こり、何千万何億という生命が死滅する。

 人間側だけでなく、もちろん魔族も含めて。

 基本的に平和を望むミルにとっては、それだけは何としても避けたいことだった。

 それ故にミルは作成時から、ずっとこの魔法の存在を秘匿していた。

 特に魔族には知られないようにと。

 だから、ミルは無効化魔法を使うときは自分なりのルールを定めている。


 この突如腕が融解するという不可解な現象は明らかに、ギフトによるもの。

 魔法ではない。微弱な魔力反応さえが彼からしないからだ。

 第一、純粋な人間は魔法を使えない。

 これは絶対理論だ。

 だからこそ、物好きな誰かが彼ら人類に『贈り物』をした。


 今回は、侵入者が人間だと分かり、周囲に魔族の反応がしなかったため使用する決断にあたった。


 ミルはどんなに人のフリをして巫山戯ていても、伝説として語られる吸血鬼の一族だ。人には理解しえない程の生命力を持っている。

 崩壊した瞬間、即座に両腕がミルの意思に関わらず再生を始めた。それは吸血鬼としての本能だ。

 その間、たったの0.2秒。

 そして、手を伸ばしてもう一度侵入者を拘束しようとしたが、もうミルの下にはいなかった。

 

 侵入者はその一瞬の隙を見逃さなかった。

 体を捻り、ミルの視界から消える。

 そして、そのままの勢いでうつ伏せから仰向けに体勢を変えた。

 マウントポジションを崩したミル。

 侵入者は両手を伸ばして、ミルの喉元を狙う。

 同様に再生を始めたミルの腕が侵入者に迫るが、再生途中というだけあって思うように力が入らない。

 侵入者はそれを難なく払いのけ、目論み通り首すじをを掴んだ。

 

「くっ!」

 

 ミシリと嫌な音がして、首の骨が軋んだ。

 ミルの視界が一瞬ブラックアウトする。

 本来なら吸血鬼が、人間に首を締められても意識を失うことは、微塵もない。

 しかし、今のミルは魔力が枯渇していて体力が無いに等しい。

 また、侵入者の握力が不自然なほど強かったのが災いした。

 ミルの体が硬直する。


 侵入者はミルの顔ごと床に叩きつけた。

 

 首を床に押し付けながら、今度は逆に侵入者がミルの上で馬乗りになる。

 そのまま、皮膚に食い込み血が滲むほど強く首を締めながら、侵入者は躊躇することなく、ミルの肩骨を引き抜いた。


 そして、先の会話に至る。 


「はぁ、拍子抜けしたわ。吸血鬼っていうからもっと、こう、力ずくで抵抗してくるんだと思ってた。というか実際、お前油断してたんだろ?」


「────」


「あぁ、そっかこのままじゃ喋れないな」


 そう言ってミルの首を締める手の力を少しだけ弱めた。


「ゲホッ、ゲホッ……」


 気管に一気に空気が流れ込んできて、ミルはむせ返った。

 弱めたと言っても会話が最低限できる程度なので、依然侵入者優位の構造は変わっていない。


「多分、無効化魔法をつかったんだろ?」


「な、んで、君がその存在を知っている」


 絶対に外部に漏れないように隠していたのに、何故。

 

「いや、何となくだよ。ギフトに関してお前は全く注意してなかったからな。ギフトが効かなくなる細工をしてんじゃないかなって」


「なるほど、ね。じゃあ君のギフトは、どうして無効化されなかったんだ?」


「あ”?質問が多いな。一個にしろ、一個に。一個だけなら何でも答えてやるよ。で、何故無効化されなかったかって?んなもん簡単だろ、考える必要もない」


「?」


「皆目検討もつかないって感じか?分かりやすいな。アレだよ。俺のギフトが、『無効貫通』持ちだからだよ」


 つまり侵入者の彼は『無効貫通』と、何らかの形で『崩壊』させるギフトの2つ持ちだということになる。

 ギフトを2つ持つ人間などありえない。

 何処かの文献にあったが、2つ目を手に入れようとした人間は皆化け物になって死んだらしい。

 

 いや、考え方を変えよう。

 『崩壊』の能力が『無効貫通』の能力を兼ねている、こう考えれば一応辻褄はあう。

 まぁ結論を出すには情報が全然足りないが。


「一ついいかい?」


「何だよ」


 ナイフを振り上げながら侵入者は、嫌そうに答えた。


「君の能力が仮にもし『無効貫通』の攻撃能力だとして、じゃあ一体、僕が折った筈の手首がすでに完治してるんだい?」


 数秒の沈黙があった。


「あー、流石にそれはノーコメントで。自然治癒力だよ」


「ははっ。何だよそれ、君が何でも答えるって言ったじゃないか」


「お前さぁ、自分をコロソウトとしているやつの言葉を信じたのか?あきれた」


「まさか!こ、っちも、君が本当に教えてくれるとは思ってないよ。諸々を加味して都合の良いように考えただけさ。死に際の戯言だとでも思ってくれて構わない」


「あっそ、何か悪いな。その代わりと言っちゃなんだが、もう一個だけ真実を答えてやるよ」


 全く悪いと思ってないのが如実に伝わってくる。

 手のひらの上でナイフを回しながら、侵入者はそう口にした。

 額面通り真実を答えるとはミルも思ってない。

 だから冗談半分で、


「君は一体何者なんだ?」


「へ?何だそんなので良いのか?教師だよ」


 拍子抜けしたというように、間髪入れずに侵入者はそう答えた。


「……嘘だよね?」


「いや、田中太郎って誰かって東雲に聞いてみろよ。俺はあいつらの担任だ」


 嘘の気配がしない。

 抑揚も、呼吸数もさっきと全く変わりがない。


(嘘はついてない、か)


 しかし、嘘はついていないが何かを大事な部分を隠しているのは分かる。


 気になったことがあったので一応突っ込んでおく。


「田中太郎って、圧倒的に偽名臭がするんだけど……」


「まぁ、一応偽名だしな。てか、もう殺していいか?どうせお前ら吸血鬼は銀のナイフ以外では死なねぇんだからよ。俺には東雲に会って早目に回収しときたいものがあるんだよ」


 そう言って、ナイフが高く掲げられたのが分かった。


「痛くしないで欲しいなぁ」


「それは無理だな。知らないから」


「はぁ……。復活するの時間かかるしお腹空くんだよねぇ」








「──ごめんな、これも世界救うために必要なことなんだよ」







 今にも消え入りそうな、掠れた声音。

 ミルからは、田中太郎の顔が分からない。

 けれど首筋に何か冷たい水のようなものが、落ちて来た感触があった。


「──君は、本当は……」


 そんな問いかけも虚しく、鈍色に光るナイフがミルの背中に突き刺さり、もう何度目かも忘れた死がやってきた。


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