第25話 : いっけね!常識忘れちった
「死んだか……」
田中太郎は、完全に事切れたミルを見下ろした。
虚ろな目は黒く濁り、その顔の周囲にまで穴の空いた胸元から鮮血がじわじわと広がっていた。
しかし、今もゆっくりと傷口が塞がれていっている。
(……やっぱり桁違いの生命力だな)
吸血鬼がどれぐらいの速度で復活するかは知らない。
太郎自身、吸血鬼と対峙したのは初めてのことだった。
と、いうか吸血鬼と対峙なんて普通はできない。
対峙した瞬間殺されるから実質対峙してないみたいな、屁理屈的な意味じゃなく、吸血鬼という種族は大戦後に処分されたからだ。
つまり皆殺しにされた。
理由は簡単で、強すぎるからだ。
ズバ抜けた身体能力。
闇に溶け込み、闇を支配する特質。
銀以外では死なない体。
血を吸えば吸うほど強化される屈強な肉体。
更に血を吸われたモノは眷族となって吸血鬼の手先となるオマケつき。
その他諸々……。
贔屓目なしでも強すぎる生物。
人間はもちろん、同じ魔族でさえも恐怖する存在、それが吸血鬼。
大戦後に、すぐさま人類と魔族、特にエルフと協力して、吸血鬼掃討戦が開始された。
結果的にそれが、魔族(吸血鬼以外)と人類の間で結ばれた平和条約をより強固なものにしたのだが。
そんな化け物の中の化け物でも、核たる心臓を抉ったのでどんなに生命力が強くても最低でも復活までには2~3時間はかかるだろう。かかってほしいなぁ、てかかかれ、と、太郎は淡い願望を抱いた。
太郎があんなにも呆気なくミルを一時的にとはいえ、殺せたのは、どうにもおかしい、いや絶対にありえないことだった。
(本調子だったら殺されてたかもな)
修復されつつある死体を一瞥して、そう確信した。
「──いつまで経っても慣れないもんだ」
太郎はドサリと、血に濡れるのも構わずに息のしないミルの隣に座った。
太郎の表情は僅かに影が射しているようにみえる。
どんなに非情に徹しようとしても、彼の内に眠る最後の人情が顔を暗くさせる。
そして、一度大きく深呼吸した。
やっぱり生臭い匂いは苦手だ。吐き気がする。
その時、太郎の脳内に声が響いた。
『何をしてるの、ヒロ』
鈴を鳴らしたような、綺麗な声。
太郎にとっては聞き慣れた声で、聞きたくなかった声だ。
声の主は共和国のロシェ・ブラウン小佐。
テレパシーのギフトを持つ、太郎の上司。
女。
そして、太郎よりも3つほど年下。
頭も顔も良く、将来が期待されている。
だが、彼女のギフトの『テレパシー』は脳内に直接響くので、たとえどんなに綺麗でも太郎は彼女の声が嫌いだ。
「なぁ、今は田中太郎って名のってんだよ。前の名前で呼ばないでくれるか?」
少し不機嫌になって、太郎、いや、『ヒロ』は答えた。
だが、毅然としてロシェは、
『質問に答えなさい。予定より1日も遅れているわ、どこで油売ってたの?』
「あのさぁ、俺、任務で隣界行って今帰ってきたとこなんだよ。少し位ゆっくりさせて……」
『国に帰ってきてからすればいいじゃない』
「何言ってんの?どーせ帰ったら査問に、報告書、新たなる仕事が待ってんだ。ゆっくり出来るわけねーだろ?」
『あっそ』
「あっそ、て、お前なぁ……」
どんだけ疲れたか分かってんのかこいつ?
『で、本当に何してたのよ』
「吸血鬼殺してた」
ヒロは何も考えずにありのまま起こったことを伝えた。
若干の沈黙があり、
『え?嘘でしょう?え?』
(……あ、やっちまった)
吸血鬼は大戦後に一人残らず皆殺しにされた。
なのに、吸血鬼を殺せるのは土台無理なことで、明らかに事実と矛盾している。
それに吸血鬼が生きていると分かったら世界中がパニックに陥る可能性がある。
それぐらい未だに、吸血鬼という存在は大きいものだ。
いっけね、常識忘れちった!
と、冗談めかしても状況は変わらない。
向こう側に少し長く居すぎたのが原因だ。
(えっ、今俺何か言いましたっけ?って言っても無駄だろうな……)
聞かなかったことにしてもらおうと無理にでも話を変える。
「あの、うん。お土産もあるし、もうそっちに戻るからさ、とりあえずテレパシーやめてもらっていいか?」
お土産なんて持って帰ってきてないけど。
『ちょっと待ちなさいよ!ちゃんと説明して!!それに殺したってどういうこと!?』
キンキンと甲高いロシェの声が、ヒロの頭の中で反響する。
「あ”ぁホントにうるせぇ、叫ぶなッ!お前の声は無駄に響くんだよ!」
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田中太郎こと、本名『ヒロ』。
レヴァレンシア共和国、防衛機関『執行騎士』の一員。
執行騎士序列、一位。
ギフトは『崩壊』




