第23話 : 拷問するんだったら相手選べ
「……ぅわ」
本棚が倒れ、中から飛び出した本などが散乱し、その上に胡散臭い男がうつ伏せになっているという、希に見る惨状だった。
人間が本棚に収納できるはずもなく、人形と入れ替わったとたん弾き出され、今に至るようだ。
俺はうつ伏せのまま手を伸ばして、辺りをまさぐる。
「あ”?眼鏡どこいった───あった」
眼鏡のレンズを服の裾で拭いてから、顔に掛ける。
少しだけ傷がついていて見辛くなってしまった。
「くそ、伊達だったのにいつの間にやらホントに悪くなっちまった。どっかに視力回復の能力者いねえかなぁ」
愚痴りながら、何となく側にあった手帳らしき本を手に取り、ページを捲った。
「……へぇ、良く調べてんな、これ。白紙の数が国ごとにまとめられてる。その他にも色々とヤバい秘密が大量に書かれてあるな。自力で調べたんなら素直にスゲエ」
そう言ってニヤリと笑う。
そして、ポケットからスマホを取り出してその写真を撮ろうとすると、
「……っと、その前に」
よっ、と飛び起きて周囲を確認した。
「(今、ここに宗はいないっぽい。──取り敢えずアイツに渡してた物回収しないと。人形が有るってことは、近くにあるはず……。)」
スマホで1ページ目だけ撮ると、机周りを探したり、倒した本棚を立て直したりしつつ、俺は袋を探した。
数分後。
「袋は見つかったが、中身がない……」
右手にあったのは確かにアジダスの袋だったが、中身はすっからかんで、叩いても砂ぼこりがでるだけである。
思わずため息がこぼれた。
──てか今さらだけど、ここ何処だよ。さっきの情報からしてスパイのアジト的な?まぁ絶対ないって言い切れるけど。マジモンのスパイなら身知らずの宗を入れる訳ないし。いや、それとも袋だけ拾ったとか……。
考えれば考えるほど分からなくなっていく。
本来の目的である、宗に渡していた血石の回収方法から、ここが何処なのかという疑問の方に意識が向き始めた。
「はぁ……。また余計なこと考えてしまう……」
大きなため息をもう一度ついて、さっきとは逆に仰向けに寝転んだ。
木材のの心地良い香りがした。
比較的新しい建物か……って言った傍からまた考察しかけたし。やっぱ何時までたっても悪癖は治んねぇ。──てか、それよりもどうやって宗から回収するのかが最優先だ。
何もない天井にはクモの巣がひとつだけ張られている。
俺はそれをボーッと見詰めながら今自分に起こっている現象を取り敢えず整理し始めた。
六花ちゃん人形にあらかじめ仕込ませた『交換移動』の能力によって俺はここに、入れ替わり転移してきた。
しかし、それのせいで気分がめちゃくちゃ悪い。
こう、何て言うか、足首を掴まれてブンブンと二時間ぐらいシェイクされた感じ。
心中は動きたくない、面倒くさいって気持ちで満たされている。
「よし、待つか」
待てば果報の日和ありだ。
ただ限りある時間は無駄にしたくないし、それこそ宗が血石無くしたとかなれば大問題だけど。いや、それマジで冗談抜きで面倒くさいんだが?
まぁ、アイツに限ってそんなことは無いだろう。それに宗じゃなくとも、ここを使ってるやつ二、三時間位で帰ってくるはず。何処行ってるのか知らんけど。
それよりも何よりも動きたくない。頭が痛い。頭痛が痛いそんな感じ。
え、まさか死んでるとか無いよな、と若干心配した時、轟音と共に窓ガラスが粉々に砕け散って、宙に舞った。
たなびくカーテンから、僅かに射し込んだ光がガラスの破片を輝かせる。
そして、割れた窓から入って来たのは、真っ暗な、夜そのものに近い影。
表情も何もない、漆黒。
刹那、俺は拘束されていた。
うつ伏せにさせられて両手は後ろに組まされている。
圧倒的な力で両手首を握られているので、満足に動かすことができない。
また、もう一方の手で頭を床に押し付けられ、今自分を拘束している人物の顔を見ることができない。
加えて腰に乗られているので重心が取られている。
道具を使わない拘束では、最適な拘束方法だった。
何もできない。
ギフトを使う以外は。
てか二、三時間じゃなかったわ……。
文字通りの音速で帰ってきたし、ここの住人。
床の埃を味わいながら心のなかで文句を言っていたら、影はゆっくりと口を開いた。
「えっと、じゃあ所属、ギフト、それと目的を言ってもらおうかな?」
口調は柔らかいが、うっすらと殺意めいたものが奥にあるのは直ぐに理解した。
抵抗したら多分殺される。
これは予感ではなく、ただの事実だ。
そう考えた俺は、覚悟を決めた。
「たまたまってのは通じます?」
茶化す、と。
「……この距離で聞こえてないはずないよね?」
そう言って影は手首の拘束を強める。
骨が音を発てて軋んだ。
すごく、痛い。
このままだと手首の骨が粉砕骨折するってレベルで痛い。
けど、たったそれだけ。
どうせ結末は揺るがない。
なら、もっと楽しまないと。
吸血鬼にマウント取られる何て滅多にないことだ。
「二度はないよ」
もう一度、影が俺に警告してきた。
吸血鬼って分かってるんだけど敢えて『影』って言う。
二文字だから言いやすい。
「どうでもいいんだけど、人間相手に自ら接触するのはどうなんだ?ギフト怖くないのか?」
「わざわざそれ言う必要ある?質問に関係ないよね」
「ふと疑問に思ってな」
「ギフトでの抵抗は無駄だよ。通用しない。それと二度は無いって言ったから」
言うやいなや、俺の手首を裏返した。
パキリと小気味よいオノマトペがふさわしい感じに手首が折れた。
とても、痛い。痛いだけ。
「……驚いた。叫び声一つあげないなんて」
心底驚いたようだ、声の端が少し震えていた。
「え、何お前俺に泣き叫んで欲しかったの?ドSなの?」
「……ここでまだ冗談言える余裕があるのかぁ。面倒な相手だなぁ」
慣れてるからな、とは言わなかった。
「拷問するんだったら相手見極めろよ。無理だと悟ったら手早く殺した方が得策だ」
「……それ、殺してくださいって言ってるものだからね。君は死にたいの?」
「その願望は割りとある」
「はぁ、君は人間だろ……。一度死んだら終わりじゃないか」
呆れたと言わんばかりに肩をすくめた、気がした。
「お前だって死ぬだろ?なぁ吸血鬼?」
「──やっぱり吸血鬼って気づくかぁ」
やり過ぎたかなぁと、後悔しているらしい。
そりゃね。自宅の窓砕いて入ってくるとか演出過激すぎる。
吸血鬼だって死ぬ。
向こうの世界では十字架や日光が有効となっていたが、こっち世界の吸血鬼には効果はない。
だが、銀は効く。
なので、何百年か前の大戦では対吸血鬼用に銀の剣が大量に作られたらしい。
心臓に突き刺すと再生できなくて活動が停止するのだ。
「分かりやす過ぎ。君は人間だろ、って言う時点で魔族確定。ところで、どうすんの、拷問始める?」
「う~ん、確かに手首を壊してもここまで強情なんだから。君は吐かなさそうだ。時間の無駄かもしれないね」
そして、俺の顔を押さえつけていた手を離し、首筋に添える。
手刀を当てられただけなのに本物の刃物を突きつけられた気分だ。
「これが最後の忠告、所属、ギフト、目的を言え。さもなくば殺す」
どうやらこれ以上猶予はないらしい。
本当にここに来たのは予定外だったから、目的もクソもないし。テキトーに答えとこう。
「ホモサピエンス所属、才能はない、人間結局死ぬことが目標」
「──君の考えは、分かったよ」
僅かな沈黙の後、吸血鬼は首筋に当てられた手刀を引き抜いた。
数秒も経たない内に俺の首は血で濡れていく。
首が飛んだ、はずだった。
吸血鬼の思惑に沿うならば。
けれど吹き出した血液は、吸血鬼のものだ。
「不死だからって油断するんじゃねえよ、吸血鬼。嗤えるぞ、マジで」




