トンネル
バスは時速50キロの速度で目的地に向かって走り続けていた。その中の後部座席の右端に僕達は座っている。
ただし、あの時の僕は彼の隣りに座っていたのか立ち尽くしていたのか曖昧だった。
僕は何か試験官ごっこを続けるか聞かなかった事にするか、必死に考えていた。
考えないと真実の自分に戻って彼の両肩を激しく揺さぶり、真実を聞き出そうと大声を上げてしまいそうだった。
ビン=ラディン。
その名前があの呑気な少年を化け物に変えてしまったのだ。僕が見た呑気な黒人は、ただの幻想だった?
彼は一体何者で何が目的でPMCに参加しようとして、何が目的で僕に話しかけているというのだろう?
あの時の僕はそれを聞く事が出来た。それを逃せば二度と聞けない事も理解していた。
「どうしたの?面接の練習・・しないの?」
「あ、いや・・」
しかし彼にそれを聞いていいのだろうか?
聞けば呑気な彼が幻想だと認めてしまう。
いや、本当に幻想だったら?
「君は一体誰なの?」・・その一言を言えない。
あの時の僕は自分の事しか見れなかった。
両親を失ってから三年、他人を一度も信用した事はない。
なのに今、彼の本心を知るのが怖いのは何故だろう?
それは分からない。しかし分かるのは怖い。だから僕が選んだ選択は。
「悪い、ネタ切れだ。次は君がやってよ」
「えー、もう?随分早いなあ」
バルトはニコッと笑う。
あの時の僕は何故彼が笑ったのか分からず、あの笑みが僕の恐怖を見越してのそれではないかと怖くて仕方なかった。
「じゃーはじめるよ。
まず君の名前は?」
「で、デイズ・クラッカー。歳は15歳だ」
「ああ、そっかあ!」
急にバルトが叫び出す。
あまりに大声で、更に急な出来事なので僕の心臓が跳ね上がった。
「な、なんだよ」
「いや、さっきデイズが俺の名前を聞いた時にビックリしたからなんでかな~と思って。」
「あ、ああ・・」(僕がビックリしたよ!なんて・・なんてアホなんだよ)
ヘラヘラ笑うバルトを見て少し焦りや緊張がほぐれてしまった。
しかし面接は終わらず、彼はニコニコ笑いながら更に質問してきた。
試験官「君の好きな言葉は?」
「アズ・ロング・アズ・ユー・ラブ・ミー」(どんなに離れていても僕はあなたを愛する)
試験官「また純な言葉が・・家族構成を聞こうか」
「俺に家族はいない。皆遠くへ行っちまった」
試験官「あ・・」
あの時の僕にとってあの言葉は復讐を誓う為の決意の言葉だ。離れ離れになる恋人同士の考え、なんて僕にはどうでもよかった。
試験官「気を取り直して、何故我が社に入社しようと考えているのですか?」
「この会社は15歳から入社可能で、しかも面倒臭い訓練なしですぐに現地へ向かわせてくれる、だから僕はこの会社を選んだ。」
試験官「ふむ・・何故兵隊になろうと考えたのですか?」
僕はその時、『あの話し』をしようと考えた。
「ちょっと待ってくれ。これを言うには少し心の準備がいるんだ」
試験官「いいよ」「・・」
突然、昼間なのに辺りが暗くなる。
バスがトンネルに入ったのだ。
安いバスの中には明かりが無く、窓から漏れるオレンジ色の明かりだけがバスを照らした。
あの時の僕には『復讐』こそが全てでした。心のどこかで僕は自分の行いを神格化していたのだから、それを他人に伝えるのは正直怖がった。
しかし彼なら、もしかしたら奴の甥に当たるかもしれないこの男なら、『宣戦布告』として話してもいいだろう。
あの時はそう思っていた。
あの時そう考えられたのは暗闇が彼の顔を隠してしまったからだろう。
彼の事を疑う心はまだ残っていたが、僕は決めた事を変える気は無かった。
「大丈夫?」
「ああ、話せるぜ」
試験官「では聞きます。何故兵隊になろうと?」
「ああ・・復讐だよ」
試験官「復讐?」
「僕の人生は三年前のあの日に爆発して消えた。その事を復讐する為に僕は兵隊になろうと志願したんだ」
試験官「・・・・・・そうですか」
僕はこの時何故こんなに試験官の答えに「間」があるのか分からなかった。
だが僕の心には自分の行いをだれかに伝える事が出来たという達成感に満たされていた。
試験官「分かりました。では何故そんなに復讐心を抱いているのか教えて下さい」
「あ、ああ」(今度はやけに早いな。何故だろう。)
僕は一抹の不安を抱えながら試験官に話した自分が、今までどれだけ辛い人生を送って来たか。
家族を失い、見知らぬ施設で生きねばならぬ辛さ。周りに合わせる事が出来ず、周囲から孤立する辛さ。
辛さの反面、ニュースで戦争の話題がでる度それを詳しく聞き出し、勝利する度に一人パーティーをしていた事。
そして家族の写真を見る度に涙と怒りがこみ上げてくる事。
随分話した筈なのに、まだトンネルの先は見えなかった。全てを話し終えて、僕は一息つく。
「・・ふう。ま、こんな所だよ」
僕はリュックに入ったジュースを出そうと手を伸ばし、その手を誰かに掴まれた。
「え?」「だいべんだっだんだね!」
見上げるとバルトが手を掴んで・・泣いている!何故?呆れた僕を置いて、バルトは話しを続ける。
「なんが・・ぎみがぞんなにぐろぶじでだなんでおれ、おれじらながっだよ!!」
「ちょ、おま、はな、鼻水が出て」「ぐろぶじだんだね~~~~!!!
わ~~~~~~~~~~~~~!!!」
ついにマジ泣きした。何なんだ一体。
「落ち着いたか?はいティッシュ」
「うん、なんとか・・うぶう!」
あまりにマジ泣きするので僕達は途中下車せざるを得なかった。
しかし目的地まで後少しだ。
歩いて着く場所なので、彼が落ち着くまで待ってから出発する事にした。
彼が鼻水を拭き終えるのを待ってから僕は静かに話しかけた。
(まあ目的地まで後少しだし、時間はたっぷりある。まだ大丈夫だな)
「なあ」
「ん?」
「お前僕の話を聞いて、泣いてくれるのか?」
「?
それがどうかしたの?」
「何で泣くんだよ。だっててめぇはビン・ラディンの仲間・・なんだろ?」
僕の家族を殺した奴の仲間、とは言えなかった。そして幸いにも、バルトは首を横に振った。
「俺は奴らの仲間じゃないよう。
ビン=ラディンって名前だけど違うよう」
「違う?」
「僕の家系はアフリカから続いてるし、それにあのテロの主犯格の名前はオサマ・ビン・ラディンじゃなくてウサーマ・ビン・ラディーンだよ。」
「何?嘘だそれは!」
「嘘じゃないよう。インターネットや国防省に聞けばちゃんと答えてくれるよう」
話しているうちにバルトの瞳からまたボロボロと涙がこぼれ落ちる。
これはこのまま話せばずっと泣き続ける、そう思った僕はばつが悪そうに謝った。
「分かったよ。
疑って悪かったな」
「平気だよ。この三年間ずっと名前で苦しんでいたし・・。
PMCまで後少しだ。行こう」
「あー、それなんだが・・」
僕はポリポリと頭を掻いた。
これをこのタイミングで話すのは正直辛い。バルトが涙だらけの顔を上げる。
「何?」
「僕は・・。
PMCに行くのを止めようと思う」
「え?」
目的地は後少し。
だが僕の心は目的地を離れて、涙を流している友人と、遠くにいる家族に向かっていた。




