表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

別れ

「僕は・・。

 PMCに行かない」

「え?どうしたの?一体何で?」

「別に。ただ行きたく無くなっただけたよ」


 バルトは不思議そうに僕に尋ねてくる。

 公園にいた頃の僕は最初、戦争に誰よりも早く行きたかった。

 だから悪徳PMCに入社しようと考えていた。

 復讐を果たす為に。

 そのために全てを投げ打って捨てるつもりだった。

 しかし、バスでバルト・ビン=ラディンと言う友人に出会い、必死の覚悟で決めた僕の復讐心は簡単に消えてしまった。

 僕は内面に意識を持っていく。


(バルトがもし本当にアイツの親戚だったら、僕は彼に銃を向けられたか?

あの呑気な少年を憎む事が出来ただろうか?

・・いや、出来ない。

 何故なら彼は僕の辛い人生を分かってくれた唯一の人間だから。

 こんなクズみたいな僕の為に泣いてくれた唯一の人間だから。

 それに多分、僕は他の人も撃つことも憎む事も出来ない)


 もし敵の中に彼みたいな人間がいたら、撃つ事は出来ない。

絶対に、撃てない。


ゴオオォォ!


 冷たい風が吹いた。

 まるで鎌のように鋭く冷たい風が、二人の間を突き抜けた。

 バルトはいつものように明るい声で話を続ける。


「そっか。

 俺は行くよ。どうしても行かないと行けない。」

「行かないと?

 そういえばバルトは何故兵隊になりたいと考えたの?」


尋ねる僕の目の前で彼は、いつもと同じニッコリと笑った。


「簡単だよ。金の為さ」

「金?」


 あの時の僕は、金の為に動く、と言う事がイマイチ理解出来なかった。それと同時に怒りもフツフツと湧いて来た。

 何故なら僕が兵隊になりたかった理由は『復讐』だからだ。


(金?そんな事の為に命を捨てるのか?そんな事の為に君は人に銃を向けられると言うのか?

 そんなの、おかしいだろ?)

「金の為に命を捨てるの?

 君みたいな優しい奴が戦場に行く理由が」ジャカン!


 僕のセリフを裂いたのはバルトの手に持った小さな拳銃だった。

 いつの間に彼の手に入っていたのだろうか。銃の向こうで冷たい目に変貌したバルトが喋る。


「それ以上言わないで。

そして俺を舐めるな。これでも俺は生きる為にずっと生活の底辺で暮らして来たんだ。デイズ程辛くはなかったけどね」

「・・!」


 銃の手前で僕は言葉を失った。

彼の覚悟は本物だ。本気で・・人の命を奪う気だ。ただの金の為に。


「バルト、何故そんなに金が欲しいんだ?」

「僕の母を救うためさ。僕の母は今病気で、まとまった金が無いと病院で治療も出来ないんだ」

「・・ 母の、為」

「僕達ビン=ラディンは名前を偽造せずに生きた。名を捨てるのは人生を捨てるのと同じだからだ」


 あの時僕にはバルトの声が聞こえなかった。ただただ、「母の為」と言う言葉が頭の中を回っていた。

 バルトは銃を構えたまま続ける。


「俺達は三年間、ずっと同じ国の人間と戦っていた。『ビン・ラディンめ!ビン・ラディンめ!』と罵られながら家族で暮らして来たんだ」

「じゃあ何故名前を捨てなかった?そうすればもっと」

「楽に生きれたと思う?違うよ。名前を捨てれば俺達は自分を証明出来なくなる。

 それが耐え切れないんだ」

「・・そう、か・・」


 僕はうつむいた。

 バルト・ビン=ラディンはまだまだ話しを続ける。今まで隠し続けていた感情をさらけ出して、口を動かし続ける。


「君は中途半端な覚悟で兵隊になりたかったみたいだけど俺は違う。

 俺は母の病気を直す為なら命だって賭けられる」

「・・黙れよ・・」

「父は精神的な病気のせいで仕事が出来ない。だから俺が皆を養わないと行けない・・」

「黙れよ貴様アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 爆発した。

 僕の怒りはその瞬間、大きく爆発した。

 彼の台詞が余りにも許せなかったのだ。

 僕はバルトの銃をよけて懐に入ると、思い切り彼の頬を殴った。

 ばちん!と言う嫌な音がして、バルトはあっさり倒れた。


「がは!なにをする!」

「聞いてたら凄い腹立って来た!ふざけるなこの野郎!何が命を賭けるだ!何が養わないと行けないだ!お前みたいなションベン臭い小僧は戦争に行くな!」


 突然殴られ、バルトも怒りを孕んだ目で僕を見る。


「なに?デイズ、君みたいな途中で放棄する奴が何を」「俺の親は死んだんだぞ!」


 バルトはハッとして僕を見た。その時に僕は初めて気づいた。

 自分が泣いていた事に。

 僕は膝を折り、地面に手をついた。


「僕のつまらない人生は守らないといけない人生だった。

 だけど三年前、その人生はあっさりと消えてしまったんだ!ヤツらのせいで!もう、二度と戻らないんだ!」


 そして右手で拳を作り出し、コンクリート目掛けて思い切り振り下ろした。

 しかし手に返って来るのは痛みだけ。


「この悔しさが、痛みが分かるのか!?親を失った事が無い癖に!

 何が親を守るだ!何が養わないといけないだ!そんなクソ覚悟犬に返せ!」


怒りの儘に僕は顔を上げる。バルトも怒りを見せた。


「じゃあ君は見た事はある!?毎日毎日色んな奴に謝り続ける親の姿を見た事がある!?

 俺は三年間、何も出来ずにずっとみていたんだ!見る事しか出来ない辛さが分かるとのか!?わかるわけ、ないよなあ!」


 そしてバルトは殴りかかって来た。  

 銃をにぎたまま殴りつけた拳は見事僕の鼻に命中し、ボキリと言う音が聞こえる。


「ぐ!」「貴様こそ何も分からない癖に!俺の覚悟を笑うな!」


 拳銃を握った手がまた振り下ろされる前に、僕は血が出る鼻を右手で押さえながら立ち上がった。


「・・覚悟だ?ふざけるなよ。貴様、親を守るとか言いながら親から離れてどうするんだよ。

 もし親の病気が悪化したら戦場から直ぐに帰れるとでも思うのか!?

 お前の覚悟は履き違えてるんだよ!親を守りたいなら一番近くで守りやがれ!」


 そして、思い切りバルトの肩に拳を入れた。バルトは肩を押さえてうずくまる。


「痛!」「この程度で痛がるなよ!銃はもっと痛いんだぞ!それを相手に向けられる事が貴様に 」「出来る!」


 バルトは手に持っていた銃を僕に向ける。

銃はM9だ。やり方を知っていれば子どもにだって撃つことが出来る。だが、彼の銃はカチカチと震えていた。


「!」「どうした腰抜け!覚悟があるならその覚悟で僕を撃って証明して見せろ!

できるんだろ?

そんなに震えた腕で僕を撃ってみろ!」

「・・!

 くそぉ!」


バルトはM9を地面に叩きつけた。そして、


「ウワアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


思い切り叫んだ後、僕に殴りかかってきた。

しばらくの間、二人は殴りあっていた。幸か不幸か周りに人はいなかった。




どれだけ殴りあっていたのだろう。

いつの間にか空がオレンジ色に変わっていた。


「はぁ・・はぁ・・」

「ふぅー・・ふぅー・・」


 僕達は肩で息しながらにらみ合っていた。顔はこぶだらけだし、口の中は痛みが支配していた。

 バルトはフラフラとしていたが、それでも立ち上がり、ぼくを睨んでいた。

 まだ僕達は戦わないといけなかった。

 そして先に喋ったのは僕だった。


「帰る場所がある奴が、戦場なんかに向かうなよ」


 僕はくるりとバルトに背を向けた。

 この先にはPMCがある。


「ま、待て・・」「バルトは来るな!」


 バルトには僕の顔は見えなかった。

 僕はズルズルと痛む体を引きずりながら歩き始めた。


「ぼくはこれからPMCに向かう。君は家に帰れ」

「ふ、ふざけんな!俺は」

「黙れ!話はまだ終わってない」


バルトの息を飲む声。僕は彼が追いかける気が無いのを確認してからゆっくりと振り向いた。


「君の代わりに僕が稼いでやる。だから後で住所教えろ」

「・・・な、ん、だって?」


 バルトは思わず飛び上がった。

・・本当に感情が分かりやすい奴。


「な、何を言ってるんだ、意味が分から」「僕には家族がいない!帰る場所もない!だけど君は帰れば叱る親がいる!

 だけど、施設から逃げ出した僕が帰っても心から叱る奴はいない!

 金で動く奴しかいないんだ!もうあそこに僕は一秒だっていたくないんだよ!

 僕にはもう戦場で生きるしか無いんだ!」


 僕はポケットから一枚の葉を出した。

 それは黄色くなったイチョウの葉だ。


「僕はこのイチョウと同じだ。何も求めず、何も欲さず、ただただ木に吸われるだけの哀れな下僕。

 だが、だが君にだけは、君にだけは友人になりたい。

 そのために僕は生きよう。戦場に向かおう。命だって投げ打ってやる。

 君には、それだけの価値があるんだ」

「デイズ・・」


 あの喧嘩で、僕はバルトから「覚悟」の断片を貰った。

 バルトがどれだけ辛い人生を送ったか、銃を向けられた時はっきりと分かった。

 どれだけ家族を大切にしているかも・・。

 だから、だから彼は戦場に行かせてはいけない!


「僕は君から覚悟を貰った。

・・だから、君は僕の心を受け取って欲しい」


 ひとりぼっちの僕が帰る事が出来る場所になって欲しい・・!


 それを聞いたバルトはポリポリと頭を掻いた。体はボロボロだが心は優しいバルトだ。


「分かったよ・・今、住所を紙に書く」


 バルトはポケットから黄色い紙を取り出し、サラサラと住所を書いた。


「これが僕の住所だ」


 バルトは住所を書いた紙を僕に見せる。

 僕はその紙を見て、驚愕した。


「この紙・・イチョウの葉じゃないか!何でこいつに住所を!」「葉、という存在はね」


 僕はバルトの顔を見る。

 彼の顔は憑き物が落ちたように、穏やかな顔をしていた。


「葉は確かに何も残さない。全ては木に吸われ、時が来たらハラハラと落ちていく」


 痛くてもごもごと口を動かしているのに、その言葉はハッキリ聞こえる。


「だけど葉は自然界に無くてはならない存在だ。

 光や雨を遮断し、弱い生き物は葉の陰に隠れる。その葉を食べて成長する生き物もいる。

 更に土に落ちれば腐葉土となり、木や土の中で暮らす生物の糧になる。

 皆が生きるために重要な酸素も、葉にしか作る事は出来ない。

 葉は何も残さない訳じゃない。 

 その体の一片まで色んな存在の役に立っているんだ」


 バルトは僕の手をイチョウの葉ごと強く握りしめる。手の中でイチョウの葉が少し潰れた。


「君が葉というなら、俺は虫だ。君みたいに守ってくれる物がいないと生きる事ができない。

「俺を・・俺達を守ってみろ!

 向こうで絶対死ぬな!」


 僕はしっかり頷いて、僕の手を掴んだ彼の手をしっかりと掴んだ。


「ああ!

 お前こそ、しっかり生きろ!僕が心配にならないよう、強く強く生きるんだ!」

「ああ!」

「そしてまたあおう!あのイチョウの下で!絶対に!絶対にだよ!」









そして僕達は別れた。

それからしばらく時間は過ぎ、現在。


20xx年。


 僕はバルトの死を手紙で知った。

 彼はその後医者になるため猛勉強し、見事に合格した。

 母の病気を治す傍ら、たまに戦地に赴いてはその凄腕で沢山の患者を治して来た。


 しかし彼はガンによって、その人生を終えてしまった。沢山の人に見守られながら、彼は笑顔で向こうの世界にいったのだ。

そして現在の僕といえば・・。



「到着したぞ!」


 運転手の叫び声と同時に僕達は一斉にトラックから飛び出した。


 戦場は酷い有り様だった。

 武器を持たない一般人が兵士に撃たれている。

 今の僕の仕事は、公にはできない危険な戦場、非正規戦ブラックオプスを取り締まる仕事に着いている。

 これは僕が立ち上げた事業だ。

 名前はリーフ・ポリス。

 葉のように世界を守りたいから始めた事業だ。



僕の会社にはこんな言葉を社訓として残している。


「優しさと強さの2つの断片をその心に持つべし

我々は何も残さないのではなく、何も残らない程に世界の役に立つのだ」







 ある霊園の端っこに、石で出来た小さな墓があった。

 その墓の後ろにはイチョウの木が植わっており、黄色く染まったイチョウの葉が二枚、ヒラヒラと落ちた。


 不意に、ヒュウと風が吹く。


 二枚のイチョウの葉は合わさり、それはそれは綺麗な蝶になって、黄色い羽根を伸ばして青い空をどこまでも飛んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ