出会い
20XX年9月10日
アフガニスタン ウルズガン州 非戦闘区域
非戦闘区域の道路を一台のトラックが走っていた。
2トントラックだ。
荷台は木で横を覆い、町を歩く人には何か積まれているが分からない。
だが空から見ればそこに一ダースの兵士が壁に並んで座っているのがすぐに分かる。
兵員輸送トラックは砂だらけの道を走っている。
街に歩く人影は無く、過ぎ去る民家のあちこちに銃弾の後が生々しく残っていた。
トラックの運転手と助手はその様子を走りながら眺めていたが、この世界の雰囲気に飲まれたくないように何気ない会話を始めた。
「ひでぇなここは。本当に非戦闘区域なのか?今さっき戦闘があったみたいに酷い状況じゃないか」
「いくら地図上で区域を決めても、奴らはお構いなしなんだよな。・・早く抜け出そうぜ」
トラックの運転手が話しながら目的地を目指している時、荷台に乗り込んでいる12人の兵士の内一人が顔を上げた。
他の兵士は皆顔を下げている。
顔を上げれば狙撃時に狙われるのは顔だからだ。 戦場では迂闊な行動は命取りになる。 それでも彼は顔を上げ、空を見る。
快晴の空には小さな雲が幾つか見え、飛行機や無人偵察機の影はみえなかった。
兵士の緑色のヘルメットの陰でも、その青い瞳の輝きを隠すことは出来ない。
兵士はしばらく上を見上げていたが、一言だけ呟いて下に目線を下げ、ヘルメットで顔を隠した。
他の兵士は彼等が何を呟いたのか聞こえなかった。彼は小さな声でこうつぶやいたのだ。
「ここの雲も白いな。真っ白だ。あの上に天国はあるのかな・・」
彼は静かに顔を下げた。
そして心の中で静かに思った。
(君もそこにいるのかい、我が友ビンラディンよ)
今、彼の記憶が静かに、しかし鮮やかに蘇る。
僕の人生はつまらない人生だった。
父は株に失敗ばかりして何度も大きな借金を作り、母はその返済の為だけに幾つもの内職をした。
それでも家は明るく楽しかった。
父が酒を飲まなければ。
楽しい日はあまり続かなかった。
嫌な日の方が多かった。
でも子どもの僕にとってつまらない人生は守らないといけない人生だった。
それが良く分かったのはあの日、僕の人生がクラッカーのように派手に吹き飛ばされた日から始まる。
その日は2001年9月11日午前8時46分。
米国が世界に誇る2つのビルが崩壊した、後に戦争の原因にもなった9・11事件だ。
あれはあの事件から三年後の2004年11月10日・・アメリカ・某所
僕が彼と始めてあったその日、僕は公園を歩いていた。小さかった頃からよく通っていたこの公園。
あまり大きくないけど、並んで植えられているイチョウがとても綺麗だ。
僕がイチョウの木の近くを歩けば黄色い落ち葉の絨毯を踏んでサクサク、と音を立てる。
昔はこの音が大好きだった。
下を見ながら歩くとたまにアリやドングリを見つけるのが楽しくて、日が暮れるまでそこで遊んでいた。
しかしあの日はイチョウを好きにはなれなかった。イチョウを見て僕が覚えたのは同情だった。
「君も立派に生きたんだね。何かを求めず何かを考えず、この樹木に全てを吸われて・・まるで僕と同じだよ」
僕はあの日、PMC(民間軍事会社)に向かう途中だった。そこで僕は軍に入隊し、半年の訓練を終えた後にアフガニスタンに向かう。そして二度とこの公園に、イチョウに会わずに一生を終えるつもりだった。
どうして軍に入るのかと尋ねられればそれは漫画であまりにありきたりな「復讐」の為だ。
あの時僕は僕自身の事で精一杯だった。
二度と戻らない過去と、それを求める哀れな未来しか見えなかったからだ。
僕はその時、イチョウの葉を一枚手に取り大切に持った。
向こうにいってもこの公園を忘れたくないから。
その時強い風が吹いてイチョウの葉が左にとんでいった。
僕はその時思わずイチョウの葉を追いかけたんだ。他のを持てば良かったのに、僕は追いかけた。
イチョウの葉は百メートル程飛び、自分と同い年の黒人の顔に当たってしまった。
黒人は思わぬ一撃に驚き、手に持っていた茶封筒を落としてしまった。しかもその際、茶封筒の中身の資料が数枚落ちてしまった!
「あ。ごめんなさい!」「あー、なになに?あ、履歴書が・・」
僕は思わず謝った。
黒人は何が起きたか分からずにキョトンとしていたが、落ちた茶封筒を見つけると急いで資料を集める。
僕も慌てて資料を拾うのを手伝った。
この時にはもうイチョウの葉もあの憂鬱も忘れていた。
だがその時、ある一文が僕の目に止まった。 それは資料に書かれていた会社の名前。
「ワン・ハートPMC」
それは僕が今から向かうPMCの名前だ。僕は思わず資料を眺める。
その資料はパンフレットは僕が見学会で貰った資料と全く同じ資料だ。
「おーいおーい。資料返してよー」
僕はその時になって初めて、まじまじと他人の資料を見たことに気付いた。
「あ、ごめんなさい」
僕は資料を黒人に返す。黒人は僕と殆ど同い年の少年だ。少年がニカっと笑って抜けた前歯を見せる。
その肩にイチョウの葉が止まっていた。
「ううん、ありがとう」
「あ、イチョウ」
「?」
「肩についてるよ。・・しかも二枚」
僕は肩についたイチョウの葉を取り、急いでポケットにいれた。 黒人はさっきと同じ笑みを浮かべる。
「あ、ありがとう」
「後もう一つ」
僕は自分の鞄からある資料を取り出した、 それは彼と同じ会社の資料だ。
「今日ここにいく予定でしょ」
「ありゃ、てことは電話で話してたもう一人の面接者って・・君?」
「僕も同じ事をきいたよ。それが君以外にいないなら、僕が二人目の面接者って事になるね」
それには黒人も驚きの表情を隠す事なく僕に見せてくれた。どうやら彼は非常に表情が分かりやすい。
ここから僕の記憶は少し飛び、周りの景色はバスの中に移る。僕達は同い年であるという事もありすぐに意気投合、一番後ろの右端に座って話し合っていた。
僕は窓側で彼・・バルトは内側の席に座った。
バルトは不思議そうに僕の手に握れているイチョウの葉を眺めて、
「デイズ。何で君はツーロベス(イチョウの英名)を大事そうに持ってるの?」
「この葉が好きなんだ。
それにこれは日本ではイチョウと呼ぶんだよ。確か散り方がまるで蝶のように見えるからイチョウと呼ばれたらしいよ。僕はその呼び名のほうが好きだ」
「蝶みたいだからイチョウ。
日本はダジャレが好きなんだね」
「言えてる」
実際この説が正しいか間違いかは僕は知らない。でも僕にはヒラヒラ舞うイチョウは確かに、蝶にしか見えなかった。
「そういえばさ。君の名前は不思議な名前だよね」
「?」
唐突に話題を変えられた。どうやらバルトは随分マイペースな性格のようだ。
「だって君の名前はデイズ・クラッカーというんだろ?爆発した日、て読めて変じゃないか?あー、変な事聞くけど嫌な気持ちにならない?」
「いや別に?」
この名前は偽名だ。
僕はあの日爆発と共に消えてしまったのだ。その日から僕は別の名前で生きる事を決めたから、偽名と言うのは語弊があるが、その時の僕は別の事が気になっていた。
「それなら君の名前はどうなの?まさかバルトしか名前が無い訳じゃないよね」
「そうだけど・・悪い。これは教えられないんだ。話すと余りいい感じがしないから」
バルトは最後、小さな声で答えた。
だがあの時の僕は不思議で仕方がなかった。
何故こんなのんびり屋がたかが自分の名前を隠すのか。
どうしても知りたかった。
「そうだ、バルト」
「?」
「面接の練習をしようぜ。会社には面接試験てのがあるらしいから」
「そう言えばあったねそんな面接・・」
「じゃあ僕が試験官で君が面接受ける人」
「あれ俺の意見は?」
「じゃあスタート。」
少し強引に話しを進める。
これは僕の中の悪戯心のせいだ。
それだけ、彼の名前に興味があったし、同年代の人ともっと話がしたかった。
試験官「はいはじめまして。早速だけど君はどうやってここに来たのかな?」
「え?もう始まってるの?
えーと、俺は家から10分程歩いてバスに乗ってここまで来ました。」 た
試験官「いいねーいいねーそれじゃあ好きな食べ物は?」
「ハンバーガーと飴玉」
試験官「ほう・・それじゃあ好きな言葉は?」
「タイム・イズ・マネー」
試験官「ハラショー!!」
「は、はらしょー?なにそれ??」
乗って来た乗って来た。
このまま彼の名前を聞こう。
試験官「じゃあ次の・・ああ、そう言えば君の名前を聞いて無かったね。君の名前は?」
「俺の名前はバルト・ビン=ラディンだよ」
この瞬間、世界の空気が変わった。
「え・・?」
バスは動いていた。
彼らが向かう目的地へ、時速50キロで確実に近付いていた。
だというのに、僕と彼の心は少しずつ目的地から離れ、隣りに座っている者に向いていった。




