エルフィン族のアストロル家
「成程ね、そう言う事か。」
エルロンドに繋がる人脈が現れたわけである。
「エルロンドの英雄の家に行って見ましょうか?何か手がかりが見つかるのかも知れませんね。
エマ達は貸本屋の老婆からアストロル家の場所を聞いて早速行って見る事にした。
「お母さんの事判ったの~?」
「いやいや、まだ判んないわよ。ただエルロンドの手がかりはつかめたから。行って見るのよ。」
「しかしエマさん、このメモから考えてみますとどうにも気になることが有ります。」
「なに?どういうこと?」
「マイリージャの戦争を指揮した英雄の名前は人々の記憶から薄れその象徴とされる英雄の二つ名が語り継がれる事はまま有ることでしょう。」
「ジェンシー・トロルと言う人が何故こんななぞかけをしたのか考えてみればわかる通りです。彼女はこのドームで何者かに命を狙われていた事になります。もし援助を頼む相手を間違えた場合この二人が非常な危険にさらされる事になります。」
「たしかになーっ。」
「薄れたとはいえ人々の記憶の中にアロウィン・アストロルなる人物の記憶が有るうちにこの様ななぞかけは余りにも不自然では無いでしょうか?」
「安直と言えば安直ね~。」
「そして先ほどの店の彼女の言っていたエルロンド討伐と言うマイリージャ軍の言葉です。それはマイリージャにエルロンドを名乗る組織が存在しる事を意味しています。」
「それじゃこの子達の母親はマイリージャ公国に対する反体制組織ののメンバーだったってこと?」
「断言は出来ませんが可能性は高いでしょう。」
「だけどマイリージャとの戦いはとうの昔に終わっているのでしょう。」
「はい、それ故に未だにその時の組織が残っているとも思えません。」
「しかしエルフィン族のドームではアロウィン・アストロルと言う英雄の名前は記憶から薄れ、エルロンドの二つ名が残ったという事ですから、どうやら戦時中から名前は呼ばずに彼の事を暗号か何かのようにエルロンドと呼んでいたのではないでしょうか?」
「あーそれで英雄の名前は残らず地名が残ったという訳ね。」
「そう考えるとアロウィン・アストロル縁者がマイリージャの反体制組織を指導している可能性が高いという事になります、ジェンシー・トロルさんがそれであるのかもしれません。」
「すると彼女を狙っていたのはマイリージャの手先という事になるわね。」
「まてよ、そうなるとあのスカポンタン兄弟を雇ったのはマイリージャの連中ってことにならないか?」
「以前のグラスドームの一件からしてありそうですね。」
あのヤロウ手加減せずに潰しておくんだった。
「それで彼女はマイリージャから命を狙われ子供たちをゲオラ・ドームに逃がしたという事でしょう。」
「何故?隠すならばここの方が目立たないと思うのだけど?」
「そのドームで行われている武道大会に何故マイリージャがスポンサーになっているのか不思議には思わないのですか?」
「意外とこの国の上層部にもマイリージャのスパイがいるって事?」
「それなら良いのですが、万一それにウィザーが関わっているとすれば?」
「そういう恐ろしい事は考えたくは無いわね。」
そう言いながら戒律から逸脱したウィザーがいた事実をエマ達は目の当たりにしている。
「それで他のドームのウィザーに子供を預ける事にしたという事の様ね。」
「ただ信頼して預けた筈のエスペランが異常をきたしていた様ですから。かなり根は深いかと。」
「アンタ、見かけより頭いいのね。」
「一応ウィザーですから。」
「現在のマイリージャの情勢を調べなければ簡単には結論は下せそうに有りませんが。」
「だけどこうして見るとあの扇子自体そんな事はとっくの昔に分かっていた筈よ。」
「多分その辺の異常性に自分で気が付いていたので、私たちにこの仕事を押し付けたような気がします。」
「最後の良心ってこと?」
「腐っても枯れてもエスペランもウィザーですから。」
あの糞ウィザー、帰ったら絶対に逆さ吊りにしてやる。
「エマさん、今度は町で一番高い塔から逆さ吊にしてやりましょう。」
あんまし頻繁にあたしの心を読むなよ。
「ただしあながちそうとも言い切れません。その事が子供たちを危険にさらす行為で有れば、戒律によりこの子達に母親の情報を教えられないのです。」
「ウィザーの戒律もやたら融通が効かないのね。」
「戒律とはそのようなものです。感情的に不合理でも例外を作れば例外が通例になってしまいますから。」
「ああ、それでアタシ達か。アタシ達はその例外の中にいるからこの子達の為に母親を探しても戒律に支障が出ないんだ。」
「その責任を全部こちらに押し付けての責任放棄です。」
「やっぱり逆さ吊ね。」
「はい、当然の処置と言えましょう。」
「もっとも先日マイリージャのウィザーに会った時の違和感と言うのは実はエスペランからも感じた違和感だったのですよ。」
「どういう意味かしら?」
「エスペランは明らかに自分の意志が歪んでいることに気が付いていませんでした。」
「トロル姉妹を大事にするエスペランがカルラちゃんを誘拐したことかしら?」
「明確に行動原則に歪みが生じていました。ウィザーであればあり得ない事なのです。」
どうもシドラの話を聞くとウィザーの社会全体にかかわる大事件という事になる。
もしもウィザーが人間を殺さないと言う戒律が無くなったらそれこそ人間には太刀打ちできないだろう。
万が一にもウィザーと人間との戦争なんて考えたくもない。
「なんかものすごく恐ろしい話にならない?」
「エスペランの歪みはそのままなら気が付かない程度でしたが、先日出会ったマイリージャのウィザーからははっきりと感じました。」
「そんなに歪んでいるって事なの?」
「おそらくは人を殺せる位には。」
やめてよ~っ!
エマ達はウィザーが人間を大事にしているという事にひどく甘えた状態だった事に気付く。
ウィザーと人間が戦争をしなくとも、もし人間がウィザーに見捨てられたら、あるいはウィザーがいなくなったら、人間は生きていけるのだろうか?
考え始めると次々と恐ろしい未来しか見えなくなってくる。
とにかくこのアストロル家に顔位は出しておかなくちゃね。
エマ達4人はアストロル家を目指して出発する。
5分程ですぐ着いた。
「考えてみればここ、エルロンドだったんだよね。
「おっきい~っ。」
結構大きな屋敷が街の真ん中に有った。
ベルの紐を引くとガランガランと音がして中から使用人と思われる人が顔を出す。
「どちら様でしょうか?」
「あたしはエマ・オーエンズ。こちらはシドラ。ご主人にお会いしたいのですが?」
「ご用件をお聞きしてよろしいでしょうか?」
慇懃に使用人が聞く。
「エルロンドの事に付いてお聞きしたいのですが?」
「エルロンドはこの辺の古い村の名前ですが、そちらのお二人は?」
「ああ、エルーラ・トロルとティンカー・トロル姉妹です。」
「初めまして。」
二人でぴょこんと頭を下げる。
「恐れ入ります。しばらくお待ちください。」
使用人は一度引っ込むとすぐに姿を現した。
「オーエンス様、当家当主グレンライト・アストロルがお会いいたします。」
4人が応接室に入ると椅子をすすめられる3人が椅子に座るとシドラはその後ろに立った。
すぐに男が入って来た。40代のナイスミドルである。
背が高くて二枚目であるが同じようなのをそこいら中で見かけるので新鮮味は無い。
すぐ後ろから同じくらいの年齢の女性が入って来る。
ふたりともエルフィン族特有の金髪に緑の眼である。
3人は立ち上がって挨拶をする。
「私が当家の当主グレンライト・アストロルと申します。」
「私は妻のサルトリアです。」
「初めまして人族のエマ・オーエンスと申します。こちらがウィザーのシドラ。」
「初めまして。」シドラが慇懃に挨拶をする。
「こちらはエルーラ・トロルと妹のテインカーです。」
ふたりもぴょこんと挨拶をする。
「これはこれはかわいいお嬢さんわが家へようこそ。」
「さて、エマさん、何かエルロンドの事で聞きたいことが有るとか?」
「はい、実はこの子達は隣のゲオラ・ドームで孤児になっていた子供たちなのです。」
「ま、親御さんは?」
サルトリアが口に出すが、それ以上は続けなかった。
「残念ながら行方は判っていませんし、事情も私達にはわかりません。ただこの子の持っていた本がこれです。」
エマはふたりの持っていた本を見せるが、メモは渡さなかった。
「この本をお二人がお持ちになっていたのですか?」
「はい、名前と生年月日が書いてあります。覚悟の上でこの二人を捨てたものと思われます。」
「お気の毒に……。」
サルトリアの言葉をグレンライトが手でさえぎる。
「私たちはゲオラドームのウィザーであるエスペランに頼まれてこの二人をこのドームに連れてきました。」
「ウィザーが?しかしウィザーは人間には干渉しない戒律が有る筈ですが?」
「失礼しました。依頼をしたのはこの二人で依頼を受けたのは私ですから、今回の事はウィザーの戒律には反していないのです。」
「成る程わかりました。それでお二人が我が家に来られた理由をお聞かせ願えますか?」
「この二人の母親がこの二人に残した言葉がエルロンドと言う言葉だったのです。そこで町で色々聞いて回ったところこちらのお宅が20年戦争の時のエルロンドの二つ名で知られたアロウィン・アストロル家の子孫と聞き及びましてこちらに参った次第です。」
「別のドームの方にアロウィン・アストロルの名を覚えていただいているとは光栄です。」
まあ、調査の間に浮かんできた名前なんだけどね。
「それにしても本当にかわいいお嬢さんたちね。」
さっきからサルトリアはずっと二人を見続けている。
これはやはりビンゴだな。初めて訪れた人間に夫婦そろって面会するなど普通は無いだろう。
「しかし残念ながら、私達もエルロンドがアロウィン・アストロルの二つ名であり、この辺りに昔あった村だという以上の事は判りません。」
「そうですか、それは残念です。この子達の親戚に繋がる手がかりでも見つかればと思った物ですから。」
「お力になれなくて申し訳ない。」
グレンライトがエマに頭を垂れる。
「いえ、突然訪れたにも拘わらずこのように親し気にお話しいただけたことを感謝いたします。」
「あの、エマさん達はいつごろまでこの町にいらっしゃるの?」
「ああ?はい。私は武道大会に出場しに来るついでにこの子達の調査を頼まれたものですから。」
「武道大会?確か2,3日中に予選が有ると聞いてますが。」
「はい、それに出場して残れれば本戦に出られます。」
「まあ、素晴らしい予選に出場なさるのね。それじゃあそれまではこの町にいらっしゃるの?」
ふっ食いついてきたぜ。さてどうなるかな?
「はあ、ウィザーのゼンドレの道場の寮にお邪魔しています。」
「そうですか是非大会は頑張って下さい応援しておりますから。」
「ありがとうございます。」
エマは深々と頭を下げると屋敷を後にする、屋敷を去る4人を夫婦は玄関まで見送ってくれた。
今日はこんな所だが十分な成果があった、後はどう出て来るかだな。
◆
「エマさん失礼いたします。」
その夜シドラがエマの部屋を訪ねた。
「なに?シドラ、夜這いにでもきたの?」
「フラグを立てるのはやめて下さい。」
「それで?今日の事?」
「はい、明らかにあの夫婦はエルーラ達の事を知っていました。」
「私も気付いたわよ、あからさますぎるもの。この後連中がどう出て来るか?シドラ、あの姉妹から目を離しちゃ駄目よ。」
「最近エマさんは賢くなってきましたね。とても喜ばしい事です。」
アンタに言われたくないけどね。




