食堂のおばちゃんは武道の達人
そこに遅れてやってきた人がいた。
「楽しそうだね、なんだ人族の嬢ちゃんかい。」
「あれ?食堂のおばちゃんじゃないの。」
「この方はグレアン・ラウさんと言って私の道場の伝承者の一人なんですよ。」
「伝承者?」
「今ここでやっていることはドワッフ族に伝わる体術ですが、ドワッフ族が戦争をしなくなって100年以上年経っています。その原型は失われてしまいましたが、各地にいろいろな流れが出来まして、私はそれらを一つの格闘技としてまとめている所なんですよ。」
なにそれ?ガルドって実はすごい事やってるんじゃないの?
「彼女はその流れを受け継いだ一人なんですが彼女の知識と技術をみんなに教えてもらっているのですよ。」
「あたしが習ってきたのは組み技だよ。打撃技はやっていないのさ。」
「組み技って何なのですか?」
エマにとっては初めて聞くような名前であった。
「いいかい?素手で戦う場合は、立っていれば殴る、蹴ると言う事を最初に考えるだろう。でもねもう一つ相手を投げるという技が有るんだ。」
「相手を投げる?」
「転がすという意味ですか?」
レイが興味深そうにしている。騎士同士が馬から降りて戦う事になった場合相手を転がすことが出来ればそれだけで勝てるからだろう。
「やり方はいろいろあるけどね、足元が岩場だったら投げられた相手はどうなるだろうね?」
「鎧を着てればそれ程のダメージにはならないと思いますが?」
やはりレイは騎士志望だけあって実際の状況に対する理解力が大きい。
「フルプレートの鎧かい?そんなもの着て投げられたら一人で立てるのかね?」
レイは苦い顔をした。体を完全に覆う騎士の鎧など着て軽快に動くことなど出来ようも無いことは騎士を目指すレイならばよくわかっていることだからだ。
「武器を持っていれば倒れた相手を武器で刺し殺せば良いが、武器が無い時は素手で相手を殺さなくてはならない。その場合は関節を極めて手足を使えなくするか、首を絞めて相手を気絶させる方法が有る。
しかしその技を使うまでには相手の動きを封じなければならない。そこで考えられたのが固め技というものだ。」
「そこの嬢ちゃんいらっしゃい。」
「あ、はい。」
「横になってごらん。」
エマは言われるままに仰向けに寝る。
「これから上に乗るからね暴れて逃げてごらん。」
そういってグレア・ラウラはエマの上に乗る。
「いいよ、暴れてごらん。」
エマはグレアン・ラウを跳ね飛ばそうと暴れるがただエマの上に載っているだけのグレアが少し重心を変えるとうまく跳ね飛ばせない。
「仰向けに寝ている人間の心臓のあたりを抑えると、いくら暴れてもこのあたりの背中がいつも床に付いているので簡単には上の人間を跳ね飛ばせなくなるんだ。」
「固め技の基本は相手の心臓の上に自分の心臓を載せると言う事だよ。」
「心臓の上に心臓ですか?」
「場所と言う意味さ相手が上を向いて横になっていれば、自分の心臓のある位置を相手の心臓の有る位置に乗せるという事だよ。ただこれはねドワッフ族の女に関してはちょっといろいろ問題があるんだよ。」
周りで見ている女の子たちがニヤニヤ笑っている、なんかあるな。
「今度はあんたが上に載ってごらん。」
今度はグレアン・ラウが床に寝る。エマは見様見真似でグレアの上に乗る。
「あたしが暴れるから上半身をどこでもいいからしっかり掴むのよ。掴んだらひっくり返されないように両足を広げるのよ」
言われるままにグレアン・ラウを掴むと両足を広げる。なんかグレアの胸の上が変な感じだ。
「それじゃ暴れるよ。」
そう言ってグレアン・ラウが動くと簡単にエマを押しのけてしまう。
「今度はもっとしっかり掴んで。」
エマはうつ伏せになってグレアにしがみ付く、両足を大きく広げることも忘れない。
さっきと同様にグレアの胸との間に何かが挟まっている感じだ。
それが胸の肉だと気が付いたときエマの胸に激痛が走った。
「うぎゃあああ~っ。」
悲鳴を上げてエマが跳ね起きると周りでどっと笑い声があがる。
「うう~っ、ひどいよ~っ。」
エマは痛む胸をさする。
「ごめん、ごめん。これでドワッフ族独特の寝技の意味が分かっただろう。」
グレアン・ラウはその強力な胸の肉でエマの胸を挟んで締め上げたのだ。
「胸の形が崩れちゃう~っ。」
「いやいや、あたしの胸で挟めるくらい立派な胸をお持ちだから。」
ドワッフ族の女の人に言われてもうれしくない。
「そういう訳でして、エマさんには胸を守るプロテクターをどうぞ。」
ガルドが胸当てをつけてくれる。
「む?」
サイズがぴったりだ。こいつも計測魔法を使ったか?
「どうかしましたか?エマさん。」ついガルドを睨んでしまった。
「いいえ、ありがとうございます。」
エマは唇を引きつらせながらニコッと笑ってた。
エマ達の練習が終わるとガルドが軽い食事を用意してくれた。
「肉のスープに野菜です。休む前ですから軽く食べて帰って下さい。」
湯気の出るスープはとてもおいしくて体にしみこむ感じだった。
以前食べたガルドの料理もとてもおいしかった。このウィザーは料理が得意なんだなー。
「それで?」
「ん?どうしました?」
「何であなたがここに居るんですか?」
「エマさんいる所にシドラ在りです。」
なんの躊躇もなくエマの後ろにシドラが座っていた。
「うっとうしい……。」
「いいえ、お構いなく。」
しかもその横にはしっかりガルドも座っている。
ううっ、何だろう?この空気を切り裂くような緊張感は。
その晩は疲れていたのかあの翼の有る女ウィザーの夢を見る。
「おお?お久しぶりです。」
「ちゃんと旅に出たようですね。いかがですか旅は順調ですか?」
「はいはい、経済的問題さえなければ旅はとっても楽しいです。」
「お金、無いんですか?」
だから働いているんじゃないですか~。
「ニートのまま旅は出来ませんからねー、誰かスポンサーはいませんかねえ?」
「そのうち何とかなりますよ。」
「まだまだ全然あたしの出生の秘密にたどり着かないんですけど、ヒントかなんかありませんか?」
「そんな物ありませんよ。あたしはあなたの心の声ですからあなた以上の情報はありません。」
やっぱそうだろーな~、出るだけ出て来てな~んも教えてくんないもんなー。
「冷たいですねー……それよりこの間より胸、大きくなってません?」
「ああ?これですか?これはあなたの巨乳願望がさらに強くなったからです。」
「なんですか?それ。」
「最近自慢だった胸の大きさに自信を無くしているでしょう。」
ぐっ、それを言われるとつらい。
「まあ世の中に出れば上には上がいますから、あまり気にしないでください。」
「はあ、でも世の中にはスイカをぶら下げている女性がいるとは思いませんでした。」
「気にしなくていいですよ、あなたはあなたですから。そう思えば他人との比較は虚しくなります。」
アンタはいいよあんたはさ。
「それより今日はいったい何の御用で現れたんですか?」
「はい、あなたに武道の訓練をするよう頼まれたものですから。」
「はあ?そんな事いったい誰が?いや、そもそもこれはあたしの夢でしょう。」
「はい、ですから思いっきり強くなっていただきませんと。」
「はあああ~?訳わかんない。」
女神がぱっと薄いドレスを脱ぐと道着姿に変わる。
「それじゃ行きますよ。」
「ちょ、ちょっと待って。一体どこからそんな服……。」
「待ちません。」
「あぎゃあああ~~~~っ。」
その晩は相当な悪夢を見たようで、朝起きるとベッドがひどく乱れていた。
次の週からレイとラフレアは丸太の製材を始めた。さすがにこの大きさの二人が鋸を引く迫力は半端ではない。
「おお~っすごい迫力だ。」
二人の切る木にくさびを打ち込みながらエマは感嘆の声を上げる。
「やっとラフレアさんに見合った方が来られて良かったですね。これでラフレアさんもお仕事が出来ます。」
所長のラウラス・ティアが来て嬉しそうにしていた。
エマの方も少しづつお金がたまり始めた。もう少し貯まればまた旅に出られるだろう。
何やかやとあちこちで引っかかっているけど、世界はエマが思っていたより楽しい所だ。
ラフレアは毎晩道場に通うし、レイも良い修業になると言って通っている。
私も付き合って毎日行くことにした。あのカルドの作るスープは結構美味しいのだ。
太るかな?……運動しているから大丈夫だよね。
練習しに来ると必ずシドラが付いて来る。ガルドとの確執なのか他の理由かは知らん。
柔軟体操をした後でパメルと打撃の練習をする。パメルは打撃が得意らしい。
あと人族の若い男のアイオン・シルドもやっぱり打撃の練習をしている。うん、男の子だもんね。
「レイさん受けてもらえますか?」
「いいとも、そういえば君はいくつなんだい?」。
アイオンは明らかに初心者だ。おそらくどのように相手をするべきか考えているのだろう。
「14歳だよ。」
「そうか分かったよ。」
二人は綿の入ったグローブをつけて向かい合う。
アイオンはレイに向かってパンチを繰り出す。うん、ちゃんとパンチはまっすぐ入ってる。
初心者はパンチを出すと振り回してしまう傾向が有るのだ。
レイは攻撃を出さずにアリオンのパンチを交わしたり防御したりして相手をしている。
「レイさんちゃんと攻撃して下さい。」アリオンが文句を言う。
「ん?そうか、それじゃあやってみようか。」
レイは右手を前に出すと体を半身に構える。要するにサーベルの構えだ。
馬鹿にされたと思ったのかアリオンはむきになって突っ込んでいく。
レイはそのパンチを内側からパンパンッと弾くとすっと右手の平をアリオンの顔の前に持っていく。
ところがアリオンは勢いが止まらず手の平に顔面を突っ込ませてしまう。
「ふぎゃっ。」
カエルが踏みつぶされるような声を上げてアリオンはひっくり返った。
「すまない、すまない。止まれると思ったんだが。」
「さすがレイさんは騎士の修業をなさっているだけあって剣の型を取ると力が完全に抜けて良い体制で攻撃をなさいますね。」
ガルドが見ていて非常に喜んでいる。
「アリオン君は力むと肩に力が入ってパンチが外側に膨らみますね。だから簡単に弾かれるんですよ。」
アリオンはムスッとした感じで隅の方へ行ってしまった。まだ子供なんだな~っ。
「あなたと一つしか違わないのですよ。」
耳元で声が聞こえた。
「ひえっ。」
反射的に後ろ回し蹴りを出すとシドラの眉間に当たる。しかし伸身で一回転すると見事に立って見せた。
「おお~っ。」と言う声が周りから上がる。
「な、なに人の心を読んでいるのよ。」
「いえ、エマさんともお付き合いが長いものですからなんとなくエマさんの考えていることが判るようになりまして。」
両手を上げてフィニッシュの姿勢のまま答える。
……コイツだいぶ慣れてきたな。
「しかしエマさんの蹴りはいつ見ても見事です。どちらで修業されたのですか?」
打撃の相手をしてくれていたパメルが聞いて来る。
「判らないわよ。近所の子供たちと遊んでいるうちにいつの間にか身についていたの。」
「自己流でそんな正確な打撃はできません。形が良すぎる上に上達も早すぎます。」
え?そうなの?
実はエマは子供の頃頻繁に見る夢が有った。
どこかのひげ面のお爺さんが武道の稽古を付けてくれる夢だった。
無論夢だからそんなもので強くなる訳もないがなぜか意識しなくとも蹴りの形がまとまって行った。
そんなぼんやりした記憶がエマには有った。
実際の打ち合いではパメルの方がいろいろな意味で上手い。
しかし最初は力押しでパメルにいなされていたのが次の時にはなぜかそれに対処できるようになっている。
「もしかして私って天才だったのかしら?」
パメルが目頭を押さえて苦笑している。アタシなんかまずい事言った?
「エマさんは確かに素晴らしい素質をお持ちですよ。まあシドラの助けも有りますがそれを実行できるエマさんも素晴らしい。ですね!シドラ。」
ガルドがシドラの名前を強調する。
「私がまるでエマさんに何か不正を行っているような言い方をしますね。」
「いえいえ、とんでもない、これだけの人材を発掘したあなたの手腕に敬意を表しているだけですよ。」
「いやいや人材発掘より育て方の問題ではないでしょうか?」
また二人は仮面を突き合わせてどうでも良い事を張り合ってる。
「あなたが人を育てられるとは思えませんが良くエマさんに見捨てられませんね。」
「私とエマさんは一心同体、表裏一体なのですよ。」
ちょっと待て聞き捨てならない事をいうな。
「確かにエマの成長はすごいよ、一度見た技は必ずその次の日には見切ってしまっている。」
グレアン・ラウさんが二人に割って入る。なんかこういう時のラウさんは貫禄が有る。
「う~ん最近結構グレアンさんやパメルさんに負けた時の夢をよく見るのよね。」
「まさか夢の中で対策を練っている訳でもないだろうけど、夢に見る程集中しているって事なのかねえ。」
「まあ、仮に夢の中まで練習していたにせよそれを支える資質は必要ですからね。エマさんの資質は間違いなく一流ですよ。」
「ガルドがそう言うのなら私もそれに同意ですね。エマさんは素晴らしい素体ですから。」
「時にレイさんは昨年エルフィン族の武道大会に出ていたそうですね。」
どこから聞きつけて来たのかグレアさんがレイに聞いた。
「ああ、はいグレアさん。残念ながら優勝は出来ませんでした。」
「ウチの道場からもラフレアが出ていますが、昨年はやはり優勝を逃しました。まあウチのガルドの責任が大きかったのですがね。」
はて?いったいラフレアちゃんどんな負け方をしたんだろう?
「エマさんも出場して見ますか?あなたなら十分予選を突破できる素質がありますから。」
意外な事をガルドは言う。
「いやいや、私なんかだめでしょ~っ。」
「それはこれからのあなたの事を見てから決めましょう。私の名前で推薦状が出せますから。」
「え?推薦がいるんですか?」
「はい、大会の本戦にはエルフィン族以外の出場枠が2名ありますから、予選に通れば本戦に出られます。」
「ん~っ、だけどな~っ、相手も強いんでしょ~っ。」
「優勝すると賞金が出ますよ。」耳元でシドラが囁く。
「ホント?」途端にエマの眼の色が変わる。
「レイさんは去年出たのよね。」
「はい、優勝と準優勝には賞金が出ます。私もそれで結構助かりましたから。」
そっか~っこれは夢のお告げなんだ~っ。
「アタシ出る!」
「さすがエマさん。金の話には簡単に飛びつきますね。」
アクセスいただいてありがとうございます。
ロバの目の前のニンジンの話には良くたとえられます。
欲をかかなくとも何かしらの商品が有れば、例えそれが賞状一枚でも頑張れる物なのです。 以下次号
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