ウィザーは道場も経営しています
次の日からレイとラフレアは二人で鋸を引く練習を始めた。
タイミングを合わせながらゆっくり切る。早く動かせばそれだけ疲労がたまり動きにミスが出る。
ミスが出てわずかに力のかかる方向が変われば鋸は簡単に折れる。
ラフレアはその事をよく理解しており無理な力がかからないようにうまく切っている。
皮の手袋をし両手で鋸を持った二人は交互に鋸を引く。
引く方は全身の力で引く、引かれる方は決して鋸を押さないようにする事が大事だ。
ガイドが有るので曲がることは少ないが目に引っかかれば鋸はゆがむ。ゆがんだら少し戻してやればよい。
べルラ姉妹が二人の動きを見て注意する。
ラフレアは相手を意識しすぎてタイミングが崩れる、一方レイは力の抜き方が下手だった。
どうしても力の強い相手に対抗してしまう。騎士の本能だろう。
それでもだんだんに二人の息は合って来るとスムーズに木が切れる様になってきた。
「鋸を使ってくれる相手が見つかってうれしいなの。これでもっと家にお金を送れるなの。」
この大きな鋸を使う仕事は他の仕事よりも給料が良いらしい。良かったねラフレアちゃん。
「この間からここのウィザーのガルドから誘われていたんだが、ラフレアも通っているんだって?」
レイはこの間からガルドの道場に修業に来るよう誘いを受けていたらしい。
シドラの話を逸らす方便だけでは無かったみたいだ。
なんでも格闘術の道場らしい。むろんウィザーの経営する道場であるからお金なんか取らない。
それで気楽に行く人もいるらしいが3日と持たずに行かなくなるらしい。
「そんなにきついわけじゃないの。でも仕事をした後だからみんなそれ以上動きたくないなの。」
という訳でレイと3人で行ってみることにした。
行ってみて驚いた。
板の間と柔らかいマットに分かれた大きな部屋がウィザーギルドの裏手にあったのだ。
天井もそれなりに高く現代の基準でいえば小さな体育館位の大きさが有るジムであった。
「ひえ~っ。」
「なにこれ?」
「何でしょうね~。」
シドラまでがため息を付いている、場違いなほど立派な施設である。
「何でアンタまで付いてくるのよ。」
「いえいえ、エマさんいる所にシドラ有りです。」
仕事が終わってから来ているが今は子供の時間らしい沢山の子供がワイワイガヤガヤと練習をしていた。
子供たちを指導していたガルドと数人の若者たちがいる。
「おお、これは皆さんよくいらっしゃいました。若干1名ほど余分な方がおられるようですが。」
ガルドが皆に気が付いて挨拶してくる。
「いいえ、悪辣な道場主にエマさんが騙されないように見張っていなくてはなりませんからね。」
「いいえ~っ、そのような事はま~たく考えていませんよ~。」
ドシンと胸と胸をぶつけあう。
「ほっほっほ~っ、そうでしょうともそうでしょうとも、騙さないけれど本当の事を言わないだけですよね~。」
「はっはっはっ、なあ~んの事でしょうかね~、私にはとお~んと心当たりがありませんけどね~。」
「こ~んな立派な施設を作るなんて、ど~んな悪辣な手段を取ったんでしょうね~。」
「いやいやいや~っ、私の人徳のなせる業ですよ。お~~ほっほっほ~っ。」
二人は顔、いや仮面を突き合わせてぐりぐりと押し合っていた。
「いい加減にするなの。」
「いい加減にしなさい。」
ラフレアのパンチとエマの蹴りが同時に炸裂し二人は反対方向に3回転程吹っ飛んだ。
ラフレアが自分と同じ行動を起こした事にいささかならずエマは驚いた。
ウィザーだぞ、いいのかな~?
いや、シドラだから良いって訳じゃないよ。
「いやいや、ラフレアは相変わらず絶好調ですね~。」
「エマさんの蹴りはますます凶暴さを増していますね~。」
二人は全くこたえた様子もなく戻ってくる。まあこいつら無神経だからな~。
「ね、ラフレアちゃん、こいつら兄弟じゃないのかしら。」
「ん、ラフレアも今そう思ったとこなの。」
「確かに反応と間の取り方がそっくりに見える。」
レイも同じことを感じたらしい。
外見が一緒だと行動も同じ様に見えるのかな?
「「「う~ん。」」」
三人共頭をひねる。
「ハイハイ、それでな皆さん集まって下さい。指導員を紹介しますから。」
ガルドが指導しているメンバーを紹介する。ドワッフ族の女3人に人族の男一人だ。
ドワッフ族のパルメ・ガルさん、ヤレタイ・デュエルさん、ドンダ・ヴェルさん。
大人の方はおいおい集まってきます。
今日来られた方が人族のエマ・オエンスさんとレイ・ブラッドリさん。
女たちがレイを見てほおっという顔をする。まあこれだけの立派な体だからな。
もう一の男であるアイオンはエマより少し背が高いだけなのでレイに比べると明らかに見劣りする。
ドワーフ族の3人はパルメがやや小柄であるが他はおおむねベルラと同じ位の体格である。
全員が短パンに厚手の上着を着て腹の2か所を紐で止めるという同じ胴衣を着けていた。
女子は道着の下の胸にさらしを巻いている。
「格闘術には武器を使うもの、素手で行う物の二つに大きく分かれます。ここでは素手に寄る格闘術を研究していまして、ドワッフ族の女性が戦争の時に使用したとされる体術が元になっています。」
「……と言う訳でお二人には胴着を用意してあります。あちらで着替えて来て下さい。」
コイツいつの間にそんなものを作ったんだ?
「私からのプレゼントですからお気遣いなく。」
「道場の練習生にいちいち道着を用意するのですか?随分潤沢な予算をお持ちの様ですね。」
「はいはい、このドームは現在収容人数が少ない割には産業が確立しておりますので経済状態は非常に良好なのですよ。」
「ふむふむ、悪徳経営者のあなたらしい言い方ですね。」
「いえいえ、新米のあなたにはこの様な経営などと言う高度な技術は想像の範囲外でしょうけどね。」
また二人は仮面を突き合わせ始めた。ええ加減にせんかい。
「あの二人は放っておいて練習を始めましょう。」
着替えをしてきたエマ達にパルメが宣言する。
ガルドの立場もこの発言でなんとなくわかる様な気がする。
「まずは柔軟体操から。」
皆がパルメの指示で練習を始める。おお、なんか柔軟体操と言うのをすると肩こりがほぐれるぞ、重たい脂肪の塊を肩からぶら下げているからな~。
「それじゃドワッフ族の女の人はお手玉をしましょう、他の人は道場内をランニング、体を温めて下さい。」
お手玉って…まさか。
皆で皮に包まれた鉛の重りを使って胸お手玉を始める。ラフレアだけは二回り大きい
「やめてええええぇぇぇ~~~~~っ。」エマは心の中で絶叫した。
「はあっはあっ。」
「どうしましたエマさん早くもばてましたか?」
精神的疲労が激しいんだよ!
その頃になると子供たちの練習が終わり帰って行く。入れ替わりに大人の門下生が増えてくる。
二人の今の実力を見ると言う事で私達は綿の入った手袋に脛あてを着け、パルメが綿の入った小手を両手に着けてパンチやキックを受けてくれた。
最初は私がパンチと蹴りのコンビネーションで蹴ってみた。さすがにパメルは全部を小手で受けきる。
レイはパンチを出すがどうも全力では無いような感じで打っている。
「レイさん、どうして本気のパンチを出さないのですか?」
ガルドはそれを横から見ていてレイに質問する。
パルメはドワッフ族の女性だが非常に引き締まった体躯をしている。
体重はレイに比べても大分軽そうだ。レイはやはり女性には全力を出し切れないようだ。
「それではラフレアさん受けてあげてください。
レイには小手を着けたラフレアが相手をした。さすがにラフレア相手ならレイも全力を出せるみたいだ。
ボコンボコンと拳が小手にめり込む。
「エマさんの蹴りは素晴らしいですね、柔らかくて力も抜けています。
パンチも体全体を使ったパンチになっていますから人族の女性でも男並みの破壊力が有ります。」
エマを見ていたガルドがこう評する。
「レイさんは素晴らしい体をしていますがやはり力に頼るパンチになっていますね。無論それでも相当な威力が有りますが練習すればもっと威力は出ます。キックはまるでなっていません。まあ騎士ですから足は上げない方が宜しいでしょうけどね。」
レイにはいささか辛らつだ。
騎士は基本的に武器で戦う。したがって倒れれば動きが止まって剣で突き殺される。
倒れる危険のある蹴りと言う動作は考えられないのだ。
「ガルド殿は生徒達の相手はなされないのですか?」
レイが挑発をする様に言っている、ウィザーの実力を知りたいのであろう。
「私はこの格好ですから出来る事は限られます、受けでよろしければお相手いたしますよ。」
レイはウィザーの本当の力を知っているのだろうか?
相手の出してきた刀を手で受け止めることのできるウィザーに人間は果たしてどのくらいの事が出来るのだろう?
レイはガルドの前で構えを取るがガルドはそのままの状態で立っているだけだ。
「ガルド殿は構えないのですか?」
「私はこの格好で結構です。どうぞ攻撃なさってください。」
「それでは遠慮なく行かせてもらいます。」
レイはガルドに対して、うなりを上げるほどのパンチを繰り出す。
ところがガルドは全く動かず出てきたパンチに手を添えるとパンチはわずかに軌道を変えガルドの顔面から逸れる。
そのままその手をそっとレイの前に出す。
手はレイ顔の前で止まるがそのまま突き出されていればカウンターパンチとなっただろう。
慌てて半歩下がったレイは大きく一歩踏み出すと共に左、右と連続パンチを出す。
ガルドは同じように左右のパンチの内側に手を添えるとレイの体の正面ががら空きになる。
ガルドが手を出そうと構えた瞬間レイはガルドの両肩を掴み膝蹴りを突き上げようとした。
するとガルドは手を十字に組み膝を押さえると共に自分の膝を曲げて上体を下に落とす。
肩をつかむ力が緩んだところでガルドが十字に組んだ手をそのまま突き上げる。
ガルドの手がレイの顎をとらえ軽く上に押し上げる。
レイは顎が上がってしまった為後方にバランスを崩して尻もちを着く。
どうと言う動作ではない。普通に動けば普通に見える動作である。
しかし強すぎず弱すぎず最適な力をかけ無駄な動きをしない。
うなりを上げて迫るパンチを避けもせず必要なだけ横にずらす動作がどれほど難しい事か?
それが理解できるだけにレイもエマも言葉を失った。
「ま、まいったな。」
顔面を蒼白にしてレイが言った。
「大丈夫ですか?変なぶつけ方はしていませんよね。」
ガルドがレイを気遣う。なんだコイツかっこ良すぎるじゃない。
「ガルドはすごいですね、これだけの腕を持った人間は騎士でも見たことがないですよ。」
「いやははああ~っ、それほどでもありますよ。私はこれでもウィザーですから。」
胸を張るなよ。前言撤回、やっぱりこいつはシドラの兄弟だ。
人間に格闘技を教えるウィザー、実際に最強無双なウィザーが格闘技を研究して何になるのか?
「いえ、常に新しい事を学んでいくのがウィザーですから。」シドラが言ってもな~っ。 以下次号




