怪物は磨き虫に食われました
「なんだ?何が起こっているの?」
怪物の側に落下して来た物を見てエマは驚愕の声を上げる。
「あれは?磨き虫?」
普段ドームの天井に張り付いている磨き虫が落下してきたのだ。
それにしても小さく見えた磨き虫が地上では怪物に負けないくらい大きいことに初めてエマは気が付いた。
磨き虫は燃えている怪物に口から出す泡を吹きかけている。
エマが上を見ると何匹もの磨き虫が次々と落下してくる。
ドカン、ドカンとエマの周囲にも磨き虫が着地して次々と泡を吐き始める。
「む!?」
木の枝に絡まったシドラが磨き虫が落下する方向を見る。
磨き虫は尻を上にして真っ逆さまに落ちてくる、体の左右には4対の足を持ち、頭に相当する部分が今は真下に向かっている。
その落下地点にはドワッフ族の兄妹がいることにシドラはここで初めて気が付いた。
二人は爆発する怪物に気を取られ上から真上から落下してくる磨き虫には気が付いていない。
このままでは磨き虫に踏みつぶされてしまうかもしれない。
「むむっ!」
シドラが子供をにらむ。
先ほどから周り中に落下してくる磨き虫の恐怖に兄はしがみついてくる妹を抱きしめていた。
子供の真上から落下してくる磨き虫は一番前にある一対の足を前に延ばす。
兄妹の両脇に磨き虫の前足が地響きを立て突き刺ささる。
その時になってようやく兄妹は自分の頭の真上から落下してきた磨き虫の存在に気が付いた。
「ひいいっ。」
声にならない悲鳴を二人が上げる。
磨き虫は前足を地面にめり込ませたまま兄妹の上の胴体を宙に浮かせていた。
やがてゆっくりと胴体部分を下に降ろすと前足を延ばしたまま兄妹を避けるように後ろ足を着ける。
自分たちのおかれた状況に気が付いた兄妹はゴソゴソと磨き虫の下から這い出すと一目散に村のほうへ走って行った。
「ほうっ。」
ため息を付いたシドラは木の枝から抜け出してエマの所に来る。
激しい炎を上げていた怪物の死骸の火勢はすでに衰えてきている。
「いったい何が起きたのよ。」
「はい、さすがに超極大魔法でしたから。」
「こんな事になるなんて言わなかったじゃない。」
「はい私もこうなるとは思っていませんでした。」
訳も分からんと魔法を使ったのかコイツは。
「怪物は死んだ様子ですし、まあこれで良かったのではないでしょうか?」
「冗談じゃないわよ一歩間違ったら村が巻き添えになったんじゃない。」
「まあ、その時はその時の事として、今は無事を喜びましょう。」
なんつーいい加減さ。
「おおい、二人とも無事か?」
騎士見習いが馬に乗って戻ってきた。コイツ結構安全な所まで逃げていたな。
「あれは?磨き虫か?何をしているんだ?」
磨き虫が燃えている怪物の体を引きちぎって炎から遠ざけている。
燃えるものが無くなって行くにつれ火勢はどんどん落ちてゆく。
程なくして火は消し止められた。
「こいつらはドームを磨いているだけかと思ったがこんな事もするんだな。」
やはり磨き虫もまたドームを維持するための使い魔の一つだったんだ。
「ラフレア達は無事に村まで着いたかしら。」
その時村の方から駆け上がってくる人々の姿が見える。
手に手に斧やのこぎり持っている火を消しに来たのだろう。
こんな村の近くで山火事が起きたら村が全滅しちゃうからね。
怪物の方からゴリゴリと音が聞こえる。何かと思ったら磨き虫がちぎった怪物の体を食っていた。
「な、なにあれ?磨き虫が怪物の残骸を食ってる。」
「あんな怪物が磨き虫の餌になるとは知らなかった。うまいのかな?」
この期に及んで結構呑気なことを言う。意外とレイは肝が太いな?
「さあ、どうでしょうか食べているからには美味しいのではないのですか?」
相変わらずシドラの思考もかなりピントがずれている気がする。
やがて村人達がエマの所にやってきた。
「エマさん無事で何よりでした。」
ラフレアの兄のスカウスがエマの所に駆け寄る。
「ラフレアから聞きました。ラフレア達を逃がすために怪物と戦ってくれたそうですね。」
「いや~っまあ、逃げてばっかりいましたけどね。」
今朝逆さ吊りになっていた村の若い衆も一緒にいた。
「火の手が上がったので村中総出でやってきました。もしこれが燃え広がるようだと大変な事になる所でしたから。」
今朝のとぼけた顔とは打って変わって皆引き締まった顔をしている。こんな顔もできるんだなとエマは思う。
燃え残って残骸となっている怪物を見る。
しかし周りにはまだ磨き虫が群がっていて近づくことは出来そうもない。
「磨き虫はいったい何をしているのでしょう?」
「さあ、怪物が爆発したら降ってきて火を消し止めていたんだけど、突然食い始めたからな~。」
バリッボリッと磨き虫が怪物を食う音が続いてる。
やがて満腹になったのか順番に天井に上っていく者が出始める。
よく見ると尻の方から糸のような物が天井に繋がっており、それを伝って天井に上がっていく様である。
外見もやることも全く蜘蛛そのものだね。
「あんな化け物をよく倒せましたね。さすがエマさんです。」
「まあこの騎士見習いさんも助けてくれたし、ウィザーが魔法を使いすぎたみたいだけど。」
「ああ、この人ですか?修業の成果は出たようですね。よく村に獲物を売りに来た方ですよ。」
スカウスはレイの事を知っていたみたいだ。
「あんた獲物を村で売ってたんだ。」
「修業をするにもまず食わなけりゃならない。肉は狩れても粉や塩はやはり必要だからね。」
「結構切実なのね。」
「現実のサバイバルは厳しいのですよ。」
レイはしみじみと語る。結構つらい思いも有ったんだろうな。
そう言っている間に怪物の体は減り続け、磨き虫の最後の一匹が天井に上って行った後には怪物の痕跡は残っていなかった。
その間にも村人達は火種が残っていないか周りを見て回っていた。
もし火種が再出火すると大変な事になるからだ。
やがて鎮火を確認すると村人たちは帰って行った。
「レイさん、あんたこれからどうするの?」
「さすがにもうこれ以上ここで修業するわけにもいくまい。大体武道の修業よりも狩人の修業みたくなってしまったし。」
判る気がする。
「私が傷付けた熊の事も気になる、あの娘にも詫びを入れなくてはいけないな。」
意外とこの人律儀な所が有るんだ。
村に戻るがさすがに疲れがどっと出た。まああれだけの立ち回りをしたんだから仕方がないか。
ラフレアの家に向かうと納屋に筵を敷いてそこに熊が横になっていた肩の周りにはがっちりと布が巻いてある。
「エマお姉さ~ん!」
エマの姿を見つけるとラフレアは両手を広げて走ってくる。
…いや…待てっ…止まれ、ダンプカーの様なスピードで駆け寄るんじゃない。
ドカンと言う感じで跳ね飛ばされた衝撃が体に走って意識が少し飛んだ。
気が付くとラフレアの両手が体の後ろに回ってぎゅうう~っと締め付けられている。
「エマ姉さん心配した。あのまま死んじゃったかと思ったの。」
ま、まてっ苦しい、背骨が折れる。
ラフレアはさらにぎりぎりと締め付けるとエマの頭を自分に胸に押し付ける。
…や、やめて…息が…出来ない…し、死ぬ。
ラフレアの大きな胸の谷間に顔を押し付けられ全く息が出来なくなる。
「ラフレア達の為にあんな危険を冒してくれたなんてすごく感謝なの。」
そうかこれがあのピクシーの所長が言ってたことか。
走馬灯のようにラウラス所長の言葉を思い出していた。
……?
「エマさん……?」
エマはラフレアの腕の中でぐったりとなって白目を向いていた。
「エ、エマさんどうしたの?死んじゃいや~っ!」
……………………
「はあっはあっぐるじがっだ~っ、お花畑がみえた。」
「ゴメンナサイ。エマさんが無事だったもので嬉しくて…つい…なの。」
ラフレアはエマの前で小さくなって座っていた。
「ドンちゃんは無事みたいね。」
ドンちゃんはおとなしく寝ている様だった。
その体には布が巻き付けられていたが、出血はもう止まっている様で布は綺麗なままであった。
カノンちゃんは座って熊の頭を抱いたまま寝てしまっている。
「さっきはすまなかった。子供が熊に襲われているように見えたんだ。」
「この山には危険な猛獣はいないの。みんな友達のように過ごすから。」
まあ素手で熊と相撲を取るような子供相手に喧嘩を売る獣もいないだろう。
「ドンちゃんもそんなにひどい怪我ではなかったの。それより怪物を倒してくれてありがとうなの。」
「このレイさんとウィザーのシドラと3人で力を合わせて倒せたのよ。
「いや~、皆さんご無事で何よりでした。」スカウスがみんなにお茶を配る。
「レイさんはこれからどうするの?また修行師に山に戻るの?」
「いや、流石にもうここでの修業は出来ないでしょう。」
「それなら製材所での仕事をするなの。レイさんなら良い稼ぎができるなの。」
珍しくラフレアが男相手に口を開く。
「そうだな、少し路銀も稼がなくてはならないしな。」
「みなさん泥だらけになってしまいましたね。お風呂を沸かしましたので順番にお入りください。」
「そうよ、レイなんかすごく匂うから入らなくちゃね。」
「そんなにひどく匂いますか?」
3ヶ月も山ごもりした自覚が無い奴だ。
スカウスが風呂を用意してくれたのでみんなで入ることにした。
最初はラフレアがカノンちゃんと一緒に入って次にエマが入った。
当然匂いのひどいレイは一番最後だった。
「ちゃんと入る前に体を洗うのよ!」
「はい、わかりました。」
シドラはまた井戸の脇でまた水を掛けられていた。
「どうしたの?ラフレアちゃんドンちゃんの具合が気になるの?」
「ううん、レイさんの事、どっかで見たような気がするの。」
「ふーん、あの体だから前に製材所で働いていたんじゃないの?」
「ううん製材所じゃないの、でもどうしても少し引っかかるの。」
「人の記憶はもろく、移ろいやすい物です。」
いきなりラフレアの後ろでシドラの声がした。
「ひえっ。」
ラフレアは反射的にバックブローで声の主を殴る。
シドラは家の壁をぶち抜いて庭の中程まで吹っ飛んで行った。
「あ~あ、また壊しちゃったのかい?」
「ゴメン!兄さん。」
「まあ、いいよ明日にでも直しておくから。」
スカウスは壁に開いた穴を見てまた夕食の用意の戻って行った。
な、なに?今の反応?「また?」もしかして前にもこれと同じことが有ったの?
エマはラフレアに聞こうと思ったが怖くて聞けなかった。
それにしても馬鹿なのはシドラである。
ラフレアちゃんの背後から襲えばこうなることはわかっていたろうに。
「ああ~、良いお湯でした、お風呂なんて久しぶりでしたよ。」
スッキリした顔でレイが風呂から上がってきた。
無精髭はきれいに剃られていてぼさぼさだった髪の毛はしっかり撫でつけられていた。
彫りの深い顔に長いまつげの似合う、なかなかの男前だよ、コイツ。
「れ、レイさんなのーっ!?」
レイの姿を見たラフレアが悲鳴を上げる。
「な、何なのですか?ラフレアさん。」
ラフレアの叫び声にみんなで体を固くする。
何しろ自我を無くしたときのラフレアの恐怖はいまだに忘れられない。
「レイさん去年エルフィン族の武道大会に出てたなの?」
「え?ああ、見に来られていたのですか?恥ずかしいですねえ。」
「違うの、ラフレアも出ていたの。」
え?なにラフレアちゃんそんなものに出てたの?あたし聞いてないよ。
「え?どの部門ですか?」
「格技の部門なの。」
「本戦ですか?」
「決勝で負けたなの。」
何それ、決勝まで行ったのか?
いや、ラフレアちゃんならなぜ優勝しなかったのかの方が知りたい。
もしかしてラフレアちゃん以上の怪物がいたのか?
考えただけでエマの足が震えて来た。
レイは少し考えるように天を仰いでいた。
「そうそう、優勝決定戦をで試合放棄したドワッフ族の女性がいたっけ。」
ラフレアは真っ赤になってうつむいていた。
「ああ、申し訳ない、嫌なことを思い出させてしまった。しかしあの選手は君ほど大きくは無かったと思ったが?」
「あれからまた成長したなの。」
「成長って?ラフレアさん失礼ですが、一体おいくつなんですか?」
「……12歳……。」
さすがのレイも言葉が継げなかった様である。
「なに?その武道大会って。」
「エルフィン族が住むイリュージャ・ドームで開かれる大会ですよ。本来エルフィン族のお祭りでしたが他のドームから出たいという要望が増えましてね、出場枠が各競技二人分あるんですよ。」
またシドラが出しゃばって来たか。ちらちら手元を見るなよ。
「なんだ、ラフレアはそんな所に出ていたんだか?」
スカウスも知らなかったようで驚いていた。
まあラフレアちゃんはシャイだからな。多分村の誰にも言っていないんだろう。
「去年は試合のあとすぐ帰っちゃったから。」
「そういえば表彰式は代理のウィザーが出ていましたね。」
「有名な大会なの?」
「はい、私は昨年2位でした。優勝すればマイリージャの騎士学校に特待生で入れると言われて出たのですが。」
「それじゃ修業と言うのは?」
「はい、この一年各地を回って色々な部族の剣技を学んできました。」
後でシドラに聞いたところによると騎士学校を卒業すると騎士候補生になれ功績を立てると騎士になれる。
ちなみに学生は騎士見習い扱いで受験性が見習い候補生らしい。
なんだ!レイは唯の受験生かい。
「そんなに騎士になりたいなの?」
「はい、父はマイリージャの騎士になるのが夢でしたから。」
「別にあなたがその夢を引き継がなくても良いんじゃない?」
「あ、ただ私はバイファル・ドーム出身でマイリージャの属国では騎士にでもならなければ出世は出来ないものですから。」
「マイリージャは軍隊が強くて周囲のドームを属国にして繁栄しとると聞いてますだ。レイさんの言う通り軍人でなければ出世出来ないのかもしれないんだな。」
「レイさん街にはガルドがいるの、あの人の所には道場があるの、レイさんそこで修業するなの。」
「なに?あのガルドがそんな事しているの?」
初めて聞いたガルドの意外な一面。これはシドラに教えてやらねば、果たしてどんな確執が組まれる事やら、グフフフ。
「レイさんラフレアと一緒に修業するの。そしてまた一緒に武道大会にでるの。」
ラフレアは目を輝かせていた。
いや、あれは恋をする乙女の目じゃないのか?
アクセスいただいてありがとうございます。
初めて出ました武道大会の設定です。
シドラに対しては無敵のエマですが試合では無敵になれるでしょうか? 以下次号
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