女勇者と無能なウィザー
『なんだあれは?』
レグラン・デオは妹レンゲルを連れて山に薬草とキノコを採りにやってきた。
レグランは10歳レンゲルは5歳だ。5歳というと小さい娘を思い浮かべるがドワッフ族の娘は早熟だ、身長はすでにレグランより少し低い程度だ。
もっともレグランはドワッフ族だから大人の背も低い、妹は女だからレグランよりずっと大きくなる。
そのうちラフレア見たいに大きくなるかもしれない。
すでに妹の手足もしっかりして野山を駆け回るのにはなんの問題もないくらい丈夫になってる。
小さな娘でもこの村では労働力である。レグランは妹にキノコや山菜の採れる場所を教えているのだ。
今までも妹に何度か一人で山に行かせたが、やはりまだ幼いだけに狼や熊と遊んでしまい最後は狼に送られて帰ってくる始末であった。
ところが妹は一人で山に行ったときに見たこともない怪物に出会ったと言っていた、なんでも8本足で大きな2本の鋏を持った怪物らしい。
遠くを歩いているのを見たそうだが狼と一緒だったので近づかなかったらしい。
ほかのドームではどうなのかは知らないがこのドームでは狼も熊も人間を避けない。
人間も彼らとはいさかいを起こさない。彼らは森を守る神だからだ。
我々ドワッフ族は森と共に生きる種族だ。森の恵みなしに生きてはいけない。
だから森を守る狼と森を育てる熊は大切にしなくてはならないのだ。
狼はウサギを狩って森を守り、熊は川の恵みを森の奥に運ぶ、森になくてはならない存在だ。
だからドワッフ族は彼らと仲良くする。彼らも我々との友情を大切にする。
最近はよそ者が入ってきて彼らと諍いを起こす。
幸い今の所彼らの興味は材木だけなので大きな諍いにはなっていない。
このまま諍いが起きずに過ごせれば良いなと思っている。
『カイブーツ、カイブーツ。』
妹が山の先の方を指を指して叫ぶ。
あれが妹が見たという怪物らしい。ウィザーと人族の娘が怪物に追われて逃げている。
いや、確かあのウィザーは昨日俺が怪物の事を教えてやった奴じゃないか?
昨日面白いウィザーが村に来た。何時も村を巡回しているウィザーではなかった。
何しろ崖から何度も転げ落ちて泥だらけになっているのだから相当間抜けなウィザーなのだろう。
このウィザーが今度村を巡回して回るウィザーなのだろうか?
子供たちは興味を持ってウィザーの周りに集まる。
ところがこのウィザーは馬車を洗うと言って井戸の前で泥だらけの馬車を洗い始めた。
自分も負けず劣らずの泥だらけなので自分も一緒に洗っている。
おかしなウィザーだったが怪物と戦った事があるみたいだった。
妹が怪物を見たことを言うとすごく興味を示した。また怪物退治をしに行くのかもしれない。
何しろ間抜けでもウィザーはすごいのだ、それは誰も否定しない。
学校で子供たちを教え、病気の人達に治療の仕方を教え、作物の育て方まで教えてくれる万能の存在なのだから。
まあ時々自慢げにそっくり返るのが玉に傷だが。
そのウィザーが怪物の事を聞いているのだからだから妹に怪物の事を話させてやった。
ウィザーは学校の先生以外ウィザー語以外話さないから俺が通訳してやった。
妹はまだ学校に行ってないからウィザー語を習っていない。
そのウィザーが妹が話をしていた怪物に追いかけられて逃げている。なんてだらしないウィザーなんだろう。
『カイブーツ、フタリハシッテルー。』
『しっ、あいつに見つかったらこっちが殺される。』
慌ててレグランは妹の口を押えると茂みに身を隠す。
あっ、ウィザーが怪物にはじき飛ばされた。悲鳴を上げながらクルクルまわている。
確か人族は男が強くて女が弱かったんだよな。人族の女ひとり守れないのか。
『ウイザー、ヨワーイ。』
あれ?女が気合いで怪物を止めた。
すげーっ、あの女すげー、やっぱり人族でも女は強いのかな?胸ちっちゃいけど。
馬に乗った男が追いついてくる。動きを止めた怪物の前で3人で話し始めた。
3人?あのウィザーいつの間に復活したんだ。
そういえば剣を持ったあの男は時々獲物を村に売りに来ていた、狩人なのかな。
男が剣で怪物の足を突っつくと怪物の足の力が抜けるみたいだ。
怪物の足を全部突っつくと怪物の胴体が地面に落ちた。すると男が馬に乗って走り去っていった。
女も走って行って大きな木陰に隠れる、もしかしてウィザーが魔法でも使うのかな?
すげーやウィザーの魔法なんて初めて見るぞーっ。
怪物が大声を上げて女を追いかけようとする、でも足を切られて動くことができない。
鋏を使って女の方に這いずって行こうとしてる。すごい怪物の執念だ。
ウィザーが両手を上げてじたばたしてる。
何か焦っているようにも見える。いったい何が起きているんだろう。
突然怪物の体が光り始めた。やばいっ!危険を俺の本能が告げている。
『カイブツヒカ-ル。』
妹がなんか言ってるけど構わず妹の頭を抱えて地面に押し付けると怪物が大きな音を立てて爆発を起こした。
『ウッヒョーオ。』
いったい何が起きたんだ?
何かが爆発で吹き飛ばされてきた。あれは鳥か?岩か?いやウィザーだ!
爆発に巻き込まれたウィザーがクルクル回りながら木の枝に突っ込んでいる。
なんだ、あの役立たずは。
怪物が火を噴いて燃えている。大変だ山火事になる村に知らせなくちゃ。
『モエテル、カジダー。』
妹が何か言った途端に怪物の近くに何かが落ちて来た。
見上げて見ると木陰越しに磨き虫に似ている物が見える。
でもあれはドームの天井を掃除しているはずだ。こんな所まで降りてくる筈がない。
そう思った途端周り中に何匹もの磨き虫が落ちて来る、こいつら信じられない程でかい。
一斉に口から泡のような物を火に吹きかけている。どうやら火を消しているみたいだ。
突然俺たちの両側に何かが落ちてきて突き刺さる、上を見ると磨き虫の体が有った。
やばい見つかった!潰される!そう思って妹を抱きしめる。
『ニイチャン、イタイ。』
しかし磨き虫の胴体はゆっくり降りてくると足を延ばして俺たちが潰されないくらいの隙間を作ってくれたみたいだ。
逃げろと言われているような気がして妹の手を引っ張ると茂みから這い出て村に向かって一目散で走った。
村が近くなると大人たちがこちらに向かって走ってくる。
『叔父さーん。』
『おお、レグラン、レンゲル、無事だったか。』
良かった、これで助かる。
『爆発が有ったので見に来たんだ、いったい何があった?』
『女が怪物を止めたら怪物が勝手に爆発した。』
『なんだ?いったいどういう意味だ?』
『山で噂になっていた怪物に出会ったんだ。』
俺は必死で状況を説明した。
『そうかやはり怪物がいたのか。』
『実はな、ラフレアが怪物に襲われて怪我した熊と一緒に逃げてきた。人族の女が囮になってくれたので逃げられたと言っていた。』
『それじゃあの女がそうだったんだ。』
ただの人族の女では無いと思ったが、女の勇者だったんだ。
『俺たちは女を助けるように頼まれた、怪物はどうなった?』
『女は無事だ。怪物が爆発して燃えてる。磨き虫が落ちてきた。』
『磨き虫が?どういうことだ?』
『判らない。火事が起きてる村が危険だ。しかし磨き虫が火を消している。』
『よし、女が無事なら山火事の方が先だ、この距離では村が危ない。』
みんなは一度村に戻ると斧やのこぎりを用意する。
妹を村に残し俺がみんなを案内すると怪物はまだ燃えていた。
だが火勢はだいぶ落ちている。周りに火が燃え広がってる様子はない。
怪物の前に3人が立っていた。
ウィザーはあれだけ何度も飛ばされていたにも関わらずぜんぜんこたえた様子がない。
「エマさん無事で何よりでした。」
ラフレアの兄のスカウスがエマに駆け寄って何やら話している。
火の勢いも大分落ちているこれなら村人の出番は無さそうだ。
驚いたのは磨き虫が怪物の体をちぎって食っていることだ。
こいつらドームの上でいったい何を食っていたんだろう。
怪物の体が食われてなくなって行くにつれてどんどん火が消えていく。
最後の磨き虫がドームの上に戻ると現場にはわずかな残骸とくすぶる火種が少し残るくらいだった。
俺たちは燃え残った火がないか皆して見て回る。
どこかに火種がくすぶっているとまた発火しかねないからだ。
日が沈む前に鎮火を確認してみんなで村に戻る。
村に戻ると村長に事情を聴かれた。
『あそこでいったい何が有ったのか教えてくれ。』
人族の女とウィザーが怪物に追われて逃げていたこと。
女がどうやったかは分からないが怪物を止めたこと。
人族の男が足を傷つけて動けなくしたこと。
そして怪物が無理やり動こうとして自爆したこと。
そんな中、ウィザーが爆発に巻き込まれてクルクル回りながら飛んで行ったこと。
あんな事や、こんな事を村長とみんなに話した。
そういえば、と言い出すものがいた。最近下の町に物を売りに行ってきた者の話だ。
なんでも隣のジョライ・ドームすなわちピクシー達のドームとの間にある橋での出来事だった。
わしはその時こちら側の通路に居たんだがピクシー側の通路に竜が入って行ったのを見て大騒ぎになったんじゃ。
ところがしばらくすると竜はおとなしく通路から出てきて帰って行くのが見えた。
多分大勢が食われて犠牲になったと思っていた。
ところが通路を渡ってきた者にその話を聞いたらどうやら人族の女が素手で竜を追い返したらしい。
そんな馬鹿な事が有るか?あの竜は人を食うぞとその者に聞いたら何でもウィザーがいたらしい。
竜はウィザーをかじって腹を下したところを女が竜を追い払ったそうじゃ。
英雄じゃのう。
しかもだ、その者に聞いたら、そのしばらく前にその女は別の事件にも関わっておったらしくてな。
ピクシー族の嫁取の儀式の最中に婿に化けて嫁をさらおうとした者がいたそうだ。
何じゃそりゃとんでもない外道だなとみんなが頷いていた。
その時嫁たちを取り返したのがウィザーを従えた人族の女だったそうだ。
そりゃああの娘に間違いないとみんなが頷き合う。
ラフレアをかばって囮になれる人族の女などいる訳もない。
あの女に相違ない。
ではあのウィザーは何なのだ?と言う事になる。
頭をかじられて少しおかしくなったのだろうか?
いやウィザーだからな、もともと多少ずれておることはみんなも知っておる。
結局、中にはそういうウィザーもいるだろうと言う話になった。
俺は村の子供たちの間では一躍英雄となった。
だからあちこちでこの話をみんなに聞かせてやった。
結果、シドラはその後この村では可哀想な人を見る目で見られることになった。
もっともその頃にはシドラもエマも町に行ってしまっていたのだが。
アクセスいただいてありがとうございます。
人の話は尾ひれがついて大きく広がる事が有ります。
同様に事実とは違う事が真実として広まってしまう事も有ります、あな恐ろしや。 以下次号
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