ウィザーは人に食べ物を勧めるのが好きな様です
「おお~や、いらっしゃ~い。あなたがエマさんですね~。私はこのギルドの責任者のガルドです。」
カウンターの後ろに立っていた顔に紺色の〇に星のマークを付けたウィザーがエマを見て声をかけてきた。
「どうして私の事知っているのかしら?」
「いいえ~っ私達はね、世界中の人の顔と名前を知ることの出来る魔法を使えますから。」
あれか、あの基幹知識の事か。
「ピクシードームでは誘拐犯からピクシーの女性を取り返した英雄と聞いています。お見事でしたねえ。」
「いや~っあははは、実は何もしていないのですけどね。」
「ご謙遜を、それだけではなく橋のたもとで侵入してきた竜を素手で撃退するなど並みの胆力ではかないますまい。」
おやまあ、よくご存知で、やっぱりシドラの一挙手一投足は全部この連中に筒抜けみたい。
あ、シドラの全身から汗が噴き出している。
「そういう事のようですから、旅の途中で余分なお金があったらウィザーバンクにお預け下さい。手数料は一切必要無い上にどこのウィザーギルドでもお引き出し出来ますから。」
なんかすごく商売上手みたいな感じがするのは気のせいか?
「こちらの方で私の仕事を紹介して頂けると聞いたのですが。」
「はいはい、幾つか候補は有りますが、まあエマさんに出来る仕事と言うことで紹介させていただきます。」
なんだ?この軽さは。
「それではエマさんが話しを聞いている間に私は荷物をおろしてしまいましょう。」
「ああ、そうですか。それではお願い致します。」
いそいそと出て行くシドラ、どうも先輩達の前では居心地が悪いみたい。
まあ戒律を大破りした現行犯だから逃げたくなるのも無理ないか。
ガルドが紹介してくれた仕事場は寮も付いている製材所の仕事であった。
多少きつい所もあるが短期間でそれなりの金額を出してくれるらしい。
「それじゃ早速行って見ます。」
「まあまあ、そんなに急いで行ってもどうせ今日は仕事にはなりませんから、それよりお腹が減っていませんか?」
そういえば昼食がまだだった。ウィザーと一緒だとつい食事の時間を忘れがちだ。
「よろしければこちらで食べていかれます?」
「ここ、食堂でもやっているんですか?」
「いえいえ、まさかエマさんが来られるので用意して待っていたんですよ。」
「へ?」
コイツどのへんから私達を見張っていたんだ?
「まあこちらのテーブルにどうぞ。」
カウンターの奥の会議室のような部屋へ案内される。
「少々お待ちください。」
ガルドはいそいそと部屋の外に出て行く。人を食事に誘うのがそんなに嬉しいんだろうか?
すぐに隣の部屋から湯気の立つ食事を持って現れた。
エマの前に置かれたのはシチューのようなものにパンとサラダそれにスープとお茶のようなものであった。
ウィザーが食事するのを見た者はいないがギルドの裏で食事でもしているんだろうか?
エマがここに来るのは判っていても時間までは判らない筈だ。
それなのに今出てきた食事は作りたてのように湯気を上げている。
この地方で取れるホロウ鳥と野菜にポンテ芋の煮込み料理です。
この辺りでは一般的な食べ物ですが各家庭によって野菜や芋の配合が異なっているようです。
配合?普通は料理にそんな言葉は使わないぞ?まあウィザーだから、ってこれガルドが作ったのか?
「このお食事はガルドさんが作られたのですか?」
「はいはい、エマさんが来られるというので準備して待っていました。さあどうぞどうぞ。」
エマは食べることに一瞬躊躇を覚えたが村のヴァルガ教師がお菓子をよく作っていたのを思い出した。
多分そんなに不味いものにはなっていないと考えられた。
まずスープを飲んでみるが多分鶏肉のコンソメだろう。
程よい塩味によく効いた出汁、そして香味野菜の香りの組み合わせが非常に美味しかった。
「このスープ美味しい!」
「それは良かったです。私も作った甲斐が有ります。ささ、煮込み料理の方もどうぞ。」
エマは煮込み料理も一口食べる。煮込みと言うよりシチューの様な感じで、小麦のルウを使ったものではなく煮込んだものであるが、ヤギのミルクに鳥肉の旨味がよく合っていたる。
芋は煮えすぎて型崩れすること無く十分にスープと絡んで柔らかく仕上がっている。
パンを食べてみるがとても柔らかくシチューとの相性は抜群である。この事務所の奥にオーブンでも置いてあるのだろうか?
「このシチューも美味しいですね。カルドさんはいつも自分で作って食べているのですか?」
「はいはい、皆さんからは見えない所で頂いていますよ。」
なぜウィザーがそのような戒律を守っているのかは知らないが旅をしている最中シドラが食事をしているのを見たことはない。
無論その時間すら取れないことは何度か有ったにも拘らずシドらが空腹を訴えたことは無い。
ウィザーの生活の不可解さは今に始まったことではない。
むしろウィザーの生活が本来の生活で彼らにしてみれば人間は自堕落そのものなのかも知れない。
しかしそれにしては食べるものに対する考え方と言うか執念は意外に強い。
それなりに美味しいものを作って私達に食べさせている。
表情こそ見えないが彼らは私が食べるのをとても嬉しそうに見ている。
なぜこんなに私に親切をするのかわからないが、ヴァルガ教師も本当に嬉しそうに私がお菓子を食べるのを見ていた事を思い出す。
そういえばシドラも私の食事を見て嬉しそうにしている事が有ったような無かったような。
そこにシドラが戻ってくる。
「塩は倉庫の方に運んでおきました。」
「おお、ご苦労様でした。丁度エマさんの食事も終わったところです。」
「って?エマさんにお食事をお出していたのですか?」
「はいはい、あなたが荷物を運んでいる間に。」
「ひどいっ、ズルいじゃないですかガルドさん、食事を出すなら私も同席いたしました物を。」
「しかしあなたはウィザーの戒律で一緒にお食事は出来無いでしょう。何か同席したい理由でもお有りですか?」
シドラはぐっと言葉に詰まった感じである。
「い、いえ……エマさんがお食事に同席できるのは……とても楽しい……ですから……。」
なんか歯切れ悪いな~、食事の同席ってなんか意味のあるウィザーの習慣なのかな?
「ごちそうさまでした、ガルドさんとても美味しかったです。それじゃあこれから製材所の方に行ってみます。」
「またいらして下さい。今度はなにか別の料理をご用意致しますから。」
「ありがとうございます。是非またお呼び下さい。」
なんかシドラが涙目で見ているような気がする、妬いてんのかな?
外に出ると何件もの製材所が有るのが判る。あちこちで木材を切って柱や板に加工している。
町を行きかう男達は皆大きくて力が強そうに見える。
そんな中に背の高い女も混じっている。その間をピクシー族の人がちょこまかと歩いている。
「ピクシー族の人もいるんだ。」
「はい、ピクシー族は計算や経営力が高いうえに器用ですから様々な生活用品を提供する仕事にも就いているようですね。」
「あの大きな女の人は?」
「ああ、あれがドワッフ族の女性ですよ。」
「何?あれ、すごい胸してる。」
町を行きかうドワッフ族の女性はみんなダイナマイトボディであった。
「ドワッフの女性は皆あのような体形をしていますよ、種族的特性ではないでしょうか?」
「だって私の倍くらい有るよ。重たくないのかな?」
「エマさんはやはり重たいのですか?」
いかん藪蛇だった。
「どうでもいいでしょそんな事。」
「ドワッフの女性の胸は筋肉だそうですから肩は凝らないのではありませんか?」
「あの話は本当だったのかしら?」
「ご自分で確認されることをお勧めしますよ。」
製材所に行くと開け放たれた事務所に何人かのピクシーの男が座っていた。
「おお、エマさんですね。ギルドから連絡が有りましたよ、私はここの所長のラウラス・ティアです。」
一番奥にいた男が立ち上がってエマの方に歩いてくる。
口髭など生やして老け顔にしているがベースは可愛い顔をしている、ピクシー族だからな~。
なんとなく愛らしくて抱きしめたくなるのをエマはぐっとこらえた。
「初めまして、エマ・オーエンスです。」
「エマさんの保護者のウィザーのシドラです。」
ぐぐっとシドラが胸を張る。止めんか!
「仕事は明日からになりますが、一応職場の連中に紹介しておきましょう。」
ラウラスは先に立って歩き出した。
「仕事は早い話雑用です。ここにはドワッフ族の若い女性が沢山出稼ぎに来ていますから、エマさんならうまくやっていけると思いますよ。」
前をトコトコ歩いているラウラスさん。なんか大人の真似をしている子供みたいですっごく可愛い。
「時間は朝8時から17時まで、10時3時に休憩が有りまして、食事は12時から13時まで食堂で食べられます。」
ピクシー族は大人でもこの大きさで、なおかつ全体に子供っぽい顔立ちが多く老けてもあまりシワも出ない。
「食事は3食共支給されますから食堂で食べて下さい、朝6時から21時までです。外での外食は自由です。」
女性のピクシーを愛玩用として所有したいと考える不届き物がいるのもうなずけるし、ドワッフ族がピクシー族の嫁さんを大事にするのもよく判る。
とにかく可愛いのだ。見ているうちに母性本能をくすぐられる、ぎゅっと抱きしめたくなるのも判るよね。
「何をしているのですか?エマさん。」
ラウラスの言葉にはっと我に帰る。妄想が暴走していつの間にかラウラスを抱きしめていた。
「あっ、す、すいません。つい……その……。」
エマは自分が犯した失態に真っ赤になっていた。
「いいんですよ。ドワッフ族の女性の皆さんには時々されていますので慣れていますから。」
時々抱きしめられるのかよ。ピクシー可愛すぎ。
「ただ後ろからならあまり問題は有りませんが、ドワッフ族の女性に正面から胸でハグをされますと窒息いたしますので……まあ何回か有りまして……エマさんも同様に正面からのハグはご遠慮下さいますように。」
「は?、はい……。」
ここの仕事、ピクシーに取っては結構命懸けなんだ。
アクセスいただいてありがとうございます。
何故かウィザーは人に物を食べさせるのを喜ぶようです。
次回ドワッフ族の女性に初遭遇です。
結構気のいい種族ですが、果たしてエマはこの大きさに対抗できるのか? 以下次号
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