偽ウィザーのたくらみ
エマの準決勝が終わりエルーラが妹とおやつを食べていると出口の方にウィザーが立っているのに気がついた。
そのウィザーの格好はなんとも派手な赤い色のコートの前にきれいな刺繍をしていると言うものだった。
仮面は三角形が2つ書かれているだけ物でエスペランではなかった。
しかしその服装からゲオラ・ドームのウィザーであることは確実だと思われた。
「おお、エルーラとティンカーですね。」
「はい、貴方はゲオラ・ドームのウィザーですか?」
「そうです、私の名前はポンタンと言います。エスペランに頼まれてあなた達を迎えに来ました。」
ふっと汗臭い匂いが漂う。
エルーラはちょっと戸惑いを覚えたが、人が多いから誰かの匂いだろうかと思ったのでそれ以上は考えなかった。
「エスペランに?ドームに帰るの?」
「いいえ、あなた達の両親の居場所が分かったので連れて行くように頼まれたのです。」
「お母さんの行方がわかったんの?どこにいるのかしら。」
母親の行方が分かったと言うを聞いて2人の胸は高鳴った。
「そうです。しかし居場所は秘密にしなくてはなりません。ふたりだけを連れて行くように言われています。」
「エマさんたちには?」
「無論秘密です。あとでシドラには連絡を入れて置きます。」
そう言われてふたりはすぐに荷物を片付けるとウィザーの後に付いて外に出て行った。
外には馬車が止めてあった。
「なるべく目立ちたくないので馬車を用意しておきました。ふたりとも乗って下さい。」
「はいっ。」
ウィザーが先に上がってふたりを引っ張り上げて御者台に乗せるとすぐに出発した。
「どこに行くのですか?」
「デルドの村です。そこでお母様に連絡が付けられる人が待っておられます。」
「その人に聞くとお母さんの居場所がわかるんですか?」
「はい、そうです。」
「おねえちゃん。お母さんに会えるんだね。」
「うん、やっぱりエスペラン先生は私達の事考えてくれていたんだ。」
ふたりは抱き合って喜んだ。
「その村までどの位かかるの?」
「そうですねえ、ドームの反対側ですからねえ。」
馬車は3人を乗せてトコトコと進んでいく。
馬車から少し離れた後ろの方に馬に乗ったふたり連れが後をついていることにふたりは全く気が付かなかった。
◆
かつて広大な森の有った土地は今では広大な耕作地へと変貌していた。
もっともここに森が有ったのは姉妹が生まれる遥か前の事だったのであるからふたりはその事には全く気が付かない。
ただ森の恵みは形を変えてエルフィン族に多大な恵みをもたらした。
その為に少数であったエルフィン族は人口を増やし他の民族と変わらないところまで来ている。
しかしこの恵みを得るために流された血は大きな物となっている。
この大地を最初に耕したのはマイリージャの民であった。
森林が伐採されるに連れその土地を開梱し作物を作れるようにしたのはマイリージャからの入植者であった。
しかしエルフィン族の反抗が始まり徹底したゲリラ戦法を取るようになると必然的に一番弱い農民が目標にされる。
軍は農民を守るために兵力を分散させ始める。
そうなれば人数や武装で劣るエルフィン族は各個にゲリラ戦法を繰り返して軍を削ってゆけば良い。
エルフィン族に取っては軍人も民間人も等しく侵略者であるから遠慮なく殺戮を行う。
かつてマイリージャの軍隊がエルフィン族に行った事をそのまま行っているに過ぎない。
エルフィン族が行ったのは戦争ではなく狩りであった。
群れから離れた者を弓か槍で殺すのである。
決して人の目に触れないように音もなく少しづつ殺して行くのである。
砦を作って立てこもれば周囲の民間人を殺し補給線を断った。
入植者が耕した畑は荒れ果て草木が茂りエルフィン族に絶好の遮蔽物を提供した。
この戦争が続いた20年の間エルフィン族はその天性の狩人としての才能を遺憾なく発揮し最高の戦士となったのだ。
やがてマイリージャは軍などの損耗に比べても木材や穀物などから得られる利益が引き合わないと判断すると入植者を残し軍を引き上げた。
エルフィン族は入植者に退去を通告しそれに従わない入植者は次々と殺された。
最後まで抵抗を続けた者は通路を追い立てられ最後に裸のまま橋に追い出された。
多くの人の血が流された、その結果エルフィン族はあらゆる国からの入植を禁じる国になった。
戦争により様々な悲劇が起きたようである。
マイリージャの国民は多くの軍人を殺され残った農民は橋においたてられ殺されたのである。
マイリージャ国内に置いて主戦派は再侵攻を唱えていたが国王は再侵攻は行わずに融和政策を取った。
仮にエルフィン族滅ぼしたとしてもその隣にはドワッフ族がおり、協力関係に有るピクシー族の頭脳を持ったドワッフ族はエルフィン族以上の強敵になると考えられたからだ。
かくして融和政策の一環としてエルフィン族の武道大会にスポンサーとして協力することである。
そして順次資本を投下して経済的な侵略を考えているのだ。
それを理解しているがゆえにエルフィン族は入植や移民を禁じる政策に出たのである。
一方マイリージャにしてもエルフィン族はマイリージャの隣のドームで有るからこの方面の侵攻には大いなる障害であった。
◆
やがて3人の前に村が見えてくる。
見れば周囲には大きの作物がよく育っており人の胸ほどの高さの作物が収穫の時期を迎えていた。
しかし村が近づいて来ると人影が見えない。
「おかしいな、ここで待ち合わせる筈だったんだがな。」
ウィザーが独り言をつぶやく。
「道の両脇に何件かづつの家が集まっている場所が増えてくる村の中心までもう少しみたいだ。」
それでも人の姿は見えない、村ひとつが完全に無人になってしまっているようだ。
「お姉ちゃん村の人達はどこに行っちゃったんだろう?」
「わからないわよでも、何かが有ったみたいね。」
村の中心に有る集会場の塔が見えてくる、それでも人っ子ひとりいない。
「一体何が起きたってえんだ。誰もいないじゃねえか。」
あまりウィザーらしくない言い方にふたりはウィザーを見上げる。
その時エルーラの目に入った物は仮面の隙間からはみ出した髭であった。
ウィザーの孤児院で育ってきたふたりにはウィザーが決して仮面の下の自らの体を見せないことは良く知っている。
間違っても無精髭を人目に晒すことなどあり得なかった。
エルーラは確信した。この人はウィザーじゃない。ウィザーに化けた人間だ。
なぜだろう?なぜウィザーに化けてエルーラ達をこんな所に連れてきたんだろう?
エルーラはさらわれそうになった時の恐怖を思い出す。
やがて村の集会場の前に馬車を止める。ここで誰かと待ち合わせているのだろう。
「あ、あの、ポンタン、トイレに行きたくなったので集会所のトイレを使いたいんですけど。」
「ん?ああ、そうかい?」
ポンタンはふたりを馬車から下ろすと集会所に連れて行った。
集会所には勿論鍵などはかかっていない。村の人達がいつもきれいにしているのだ。
ふたりは集会所の奥に入っていく。
「おねちゃん。」
「しっ!」
入り口でウィザーがふたりをじっと見ている。
ふたりがトイレに入るとエルーラはすぐに窓を探す。
「お姉ちゃんどうしたの?」
「あのウィザーは偽物よ。中身は普通の人間だわ。」
「え?本当なの?」
「貴方髭の生えたウィザーを見たことある?」
ティンカーは頭を振る。
「汗臭い匂いのするウィザーに会ったこと無いでしょ?」
「それじゃ一体だれなの?」
「しらないわよ、だけどウィザーに化ける位だから悪人に決まっているわ。」
「どうしようお姉ちゃん。」
「逃げるのよ。」
「どこへ行ったらいいの?」
「分からないけどとにかく逃げて何処かに隠れるのよ。」
エルーラは周囲を見回すと窓が有った。
「隠れてどうするの?」
「そのうち必ずエマさんたちが助けに来てくれるわ。」
「あそこから出るわよ。」
窓は少し高い所に有ったがエルーラは妹を押し上げた。
「降りられる?」
「飛び降りれば大丈夫だよ。」
ティンカーは外の草むらにうまく飛び降りる。
「お姉ちゃん早く。」
続いてエルーラも飛び降りる。
ふたりはすぐに家影に沿って走り始めた。
「アニキ~っ。」
誰かが叫んでいる。ふたりは声のした方に走って行く。
「おおっ、こっちだ。」
先程のウィザーの声がした、どうやら誰かと待ち合わせをしていたみたいだ。
「しっ、ティンカー。」
声のする方をそっと覗き見をしてみるとエルーラ達を連れてきたウィザーが仮面を外している所だった。
「あのひと!」
「しっ!」
ウィザーの格好をしていた男は以前エルーラ達をさらおうとした男達であった。
彼らは自警団に捕まったはず、何故こんな所にいるのだろう?
そんな事をちらりと考えたが今はそれより逃げることだ。。
慌てて反対方向にふたりは走り出した。
「アニキ~、子供達は?」
男がウィザーに話しかける、ポンビニオンである。
「トイレにいってらあ~。」
「それよりこの村変じゃねえか?人っ子ひとりいないぜ。」
「ああ、なんだか慌てで逃げ出したように見えるな。」
ウィザーは仮面を外し服を脱ぎ始める。
「アニキはもう変装を解いちまっていいのか?」
「かまやしねえ、どうせ誰もいねえんだ。」
中から出て来たのはスカールであった。
「それにしてもふたりとも遅くねえか?」
「そうだな、ちっと見て来てくれ。」
ポンビニオンが家の中に入って行く。
エルーラ姉妹は家と家の間の道を必死で走っていた。やがて開けた所に出る。
「誰もいなかったね。これからどうするの?」
周りには収穫を間近にした畑が穂を高く茂らせている。
「畑の中を走って逃げよう、そうすれば見つからないから。」
「どっちに向かうの?」
「どこでもいいからここから離れるのよ。」
その時ふたりは畑の中に何か大きな物が動いているのが見えた。
「お、お姉ちゃんあれ!」
2人の心臓が早鐘のようになり始めた。
大きな化け物の様な巨体を揺すらせる3頭の怪物が見える。
「りゅ、竜…………。」
悪夢に現れる恐怖の化身で有る竜の姿がそこに有った。
「逃げるのよ!家の中に!」
すぐそこに有った家の扉を開けるとふたりは中に転げ込んだ。
村に人がいない理由がこれで分かった。竜が現れたのでみんな逃げ出したのだ。
「お姉ちゃんどうしよう?3頭もいたよ。」
「声を出しちゃ駄目。じっとして物音を出さない様にして隠れているのよ。」
ふたりは家の中心付近に有ったクロゼットの中に隠れた。
◆
エマ達はエルーラ達を見つけた方向に機動馬車を進めていた。
「もうすぐ村に付きますが何か様子が変ですね。」
「そう言えば畑に人が全然いないわ。」
「あれは何でしょうか?」
槍を持ったエルフィン族ふたりが畑の中から飛び出してエマ達を止めた。
「どうしたの?」
「この先で竜が出ました。今は竜を逃さないように村全体を包囲しています。ここから引き返して下さい。」
エマとシドラは顔を見合わせる。
「私の保護対象者がその村にいます。私はその者を保護しに行かなくてはなりません。」
「まだ包囲は完成していません、いまあなた方の姿を見て動かれたら包囲の隙間から逃げられる危険が有ります。」
エルフィン族の自警団と思しき若者が食い下がる。
「余計に私は彼女たちを助けなくてはなりません。」
「駄目です!もし竜を逃がせば被害が広がります。」
「包囲と言っても誰もいないじゃないの。」
「竜に感づかれないように草むらに身を隠して包囲をしているのです。既に100人以上の人間が包囲に参加しています。」
あたりは全くの静けさでとても大勢の人間が身を隠している様には見えなかった。
「わかったわ。私達も草に身を隠しながら村に行くから。」
「武器も持たずに竜に襲われたらどうするのですか?」
「その時はコイツがいますから。」
「はい、シドラにお任せ下さい。」
なんだ?今日は胸を張らないのか?
「絶対に包囲の邪魔をしないでくださいよ。」
ふたりはキューちゃんをそこに置くと草むらに身を隠しながら村に向かって走っていく。
どこからか鳥の鳴き声が聞こえる。
「本当に竜なんかいるのかしら?小鳥がのどかにさえずっているじゃない。」
普段と変わらない情景につい気が緩みそうになる。
「あれは鳥ではありません。エルフィン族の人々が連絡を取り合っているのです。」
「え?そうなの?」
「私もウィザーです。鳥と口笛の違いくらい分かります。」
なんだ?シドラは今日はやたらシリアスモードだ、本当に危険が迫っているのかも知れない。
「もし私達が竜に見つかったら?」
「私が貴方を守る為に竜と戦います。」
本気でコイツ、シリアスモードだ。
ふたりは更に歩を早めて村を目指した。




