ウィザーの幼児誘拐事件
エマは泣きながら呆然としていた。
シドラに大きなタオルを肩から掛けてもらいようやく胸を隠せはした物のエマの心の傷は大きかった。
試合に勝った事よりもこれだけの大観衆の前で見られてしまった事の方が遥かに大きな負担を心に与えてしまっていた。
エマはタオルを肩から掛けられたままの格好でさっさと控室に逃げ帰り、さっきからずっと壁の方を見たままであった。
幸い更衣室はには今は誰もいない。みんな早々に着替えて決勝戦を見に行ってしまっていた。
さすがのシドラも迂闊なことを言って傷口を塩を擦り付ける程の馬鹿でもなく静かに見守っていた。
まさか自分がパフパフ硬めで勝利する事になるとは思わなかった。
「あ~っ、何だってこんな事になったんだろう。」
勝利宣言すら受けずに試合場から控室に逃げてきた。
なんぼなんでも出しっぱなしで勝利宣言を受けるわけにも行かない。
エマは頭をかきむしる。既に試合の熱気は冷め体が冷えるに連れて頭も冷静になってきた。
「エマさんシャワーを浴びて着替えをして下さい。」
頃合いを見計らってシドラがエマに着替えを促す。
流石にいくら気にしていても始まらないのでエマは更衣室に行ってシャワーを浴びることにした。
シャワーを浴びて着替えをするとフローレもシャワー室から出てきた。どうやらフローレも試合場から戻ってきたみたいだ。
しかも上半身裸で胸をプルンと出したままである。
慌ててエマは胸を隠す。
「いやあ~っまさかエマさんがあそこでパフパフ固めを出すとは思わなかったわ~っ。」
屈託のない表情でフローレは笑い声を上げる。
笑う度に隠そうともしないその大きな胸がゆさゆさと揺れる。
「随分ゆっくりだったのね。」
「ああ、お母ちゃんの試合を見ていたんよ。」
そう言えばアイーラさんは剣の決勝だったっけ?
「エマさん勝ち名乗りも受けずにさっさと引き上げちゃうんだもの。」
「や、やっぱりあんなことが有ったから……。」
「ああ、まあ、去年のラフレアちゃんがそうだったからね、あたしは2年続けて同じことが起きるとは思わなかったけどね。」
エマは真っ赤になる。
「それよりお母さんは?」
「ああ、残念だけど負けたわ。もうしばらくしたら戻ってくるとおもうわ。」
「そう、残念だったわね。」
「なあに、勝負は時の運だから、勝つこともあれば負けることも有るわよ。まあ、あたしが言うのも何だけどあんまり気にしちゃ駄目よ。本当は早く戻ってこようと思ったんだけど母さんの試合を見ずに戻る訳にも行かないからね。」
「それより早くしないとレイさんの試合が始まっちゃうわよ。ラフレアちゃんも見に行ってる筈だから。」
「そうか、あまりの事にすっかり忘れていた。あの子達も見ていたからあまり無様な真似は出来ないわね。」
エマは着替えを済ますとフローレと一緒に更衣室を出る。
外にはシドラが待っていた。
「あの子達の所に行かなくちゃね。」
「はい、英雄の凱旋にあの子達も大喜びだと思いますよ。」
コイツが如才ない口をきくと何となくスベッて聞こえるのは何故だろう。
「それじゃ行こっ、みんな待ってるよ。」
「そう言えば道場の人達は?」
「みんなエマさんの所に押しかけようとしたんだけどあたしが止めといたから、みんな客席で待っているよ。」
そうなんだ、フローレさん結構気を使ってくれたんだ。道理で誰も来ないと思っていた。
3人は観客席に向かうと途中でアイーラとゼンドレに会う。
「ああ ~らエマさん優勝おめでとう。」
「ありがとうございます。アイーラさんの助力のお陰です。」
「まあ、フローレちゃんは残念だったけど、また来年頑張ればいいんだからあ。」
「アイーラさんも来年は頑張って下さい。」
「まだまだ老害と言われるまで頑張るわよ ~。」
本当にこの人この先何年も現役なんだろうな。
観客席に行くと道場の練習生に囲まれて祝福された。
試合場ではまだ男子の格闘技の試合が終わった所である。
「良かったエマさんあんな事が有ったから心配していたなの。」
「あははは、ごめんね。もう気にしてないから。」
「それよりエマさん、エルーラ達が見当たらないの。」
「え?それはどういうこと?」
「さっきやたら派手な衣装のウィザーが来て、連れて行ったよ。」
道場の練習生の一行はエルーラ達の顔を知っている。
エマとラフレアの試合が終わった辺りでふたりを連れて出ていくウィザーを見たと言うのだ。
「やたら派手な?まさかエスペランがこのドームに来ているの?」
「いえいえ、それは有りえません。ちょっと連絡をしてみます。」
シドラは腰を振りながら指を回す。
「ああ、もしもしシドラです。いえいえふたりとも元気ですよ。は?はいはい、それがまだ全然手がかりは、はいはい、エマさんに伝えておきます。」
「それより貴方は今ゲオラ・ドームから出てはいないのですよね。ああ?はあっ?学校に泥棒が入ってそれどころじゃない?」
「一体何を盗まれたんですか?なんですか?子供達の作品。もしかして派手なウィザーコートもどきとか?」
「どうしてわかるのか?もしかして覗いていたとか?貴方と違ってそんな事はしませんよ。」
「いやいや、それは逆さに吊るされましたよ、でも貴方は女子風呂は覗くどころか一緒に入ってるでしょう。」
「ま、まあその事はともかく犯人の心当たりはありませんか?えっ?あの三人組が逃げた。その腹いせだろうって?」
「なる程、何となく全体が繋がってきました。ああ、それじゃ急ぎますのでまた後日。」
「何かわかった?」
シドラが連絡を切ったのでエマが様子を聞いた。
「どうやらあの3人組が逃げたらしいのですよ。それでエスペランの学校からあの派手なウィザーコートが盗まれたそうです。」
「それでか!あんな格好をするウィザーなんていないから逆に騙されやすいのかも知れないわね。」
「ラフレアさんとの試合が終わってからだとすると少し時間が経っていますね。」
「シドラ魔法でふたりを探せない?」
その時場内で大きな歓声が上がる。男子剣技出場のローラン・テルロが入場したらしい。
女の子がものすごい歓声を上げているみたいだ。
「もし馬車を使っていれば町から出ていますから私一人では少し時間がかかります。」
「誰か一緒に探してくれる人はいないの?」
「勿論います。」
ふたりは選手控室に走り込んだ。
「ゼンドレ!」
「な、何でしょうか?」
突然ものすごい勢いで飛び込んできたふたりの迫力に後ずさるゼンドレ、アイーラはシャワーを浴びているらしくいなかった。
「子供が行方不明です。このドームにいるウィザー達の力をお借りしたい。」
「え、エルーラさん達の事ですか?試合を見ていたのでは無かったのですか?」
「何者かに拉致された模様です、すぐにウィザー全員に連絡して捜索をお願いします。
「い、いやしかし試合が……。」
いきなりシドラの背後からドッドッドッドッドッと言う音が聞こえる。
「そんな事よりも子供の安全が優先します、それでも貴方はウィザーですか?」
「し、しかしそれは戒律が……。」
「子供の安全は戒律に優先すると私は聞いていますが?」
シドラはぐぐぐっとゼンドレに顔を近寄せると背後の音はズッゴッゴッゴッゴッという重低音に変わる。
「わ、わかりましたから顔を離して下さい。いま他のウィザー達に連絡を取りますから。」
どうもこのウィザーはシドラの迫力には弱いようである。
二人を探すほうが遥かに重要だと言うことはわかっていても試合場ではレイの試合が始まっているだろうな~と言う思いがエマの頭をかすめる。
「屋外を移動していれば良いのですが広範囲を探す場合は屋内に入られると探せない場合が多いのです。」
ゼンドレも以前シドラが言っていたのと同じ事を言う。
透視魔法なのに何故か開けた場所でないと見通すことが出来ない。
しかも目的の物を自動的に選別出来ないらしく目的物の外観を確認しながら探すことになるらしい。
それ故に広い範囲を探す場合は多くの術者がいないと探せないらしい。
ウィザーの魔法も万能では無い事は何度も聞かされたがこんな時は万能で有って欲しいと思う。
「西の方にはいないようです。東は……何箇所か絞り込んでいます。」
「街の中にはいないのでしょうか?」
「無論その可能性には最も注意を向けています。ただ家の中にいる場合は探す効率が非情に悪いのです。」
ジリジリするような時間が経っていく。
上の方では波を打つように歓声が上がり再び静まる。まだ決着は着いていないようだ。
「おおっ、いました!多分これだと思います。シドラ、確認をして下さい。」
「わかりました。むむむっ?……おおっこれですこのお二人に間違えありません。」
「派手なウィザーのコートと言うのが大きかったですね。お二人よりもそっちの方を探して正解でした。」
「それじゃ場所を教えてちょうだいすぐに追いかけなくちゃ。」
「場所は南東にあるデルドの村の方向でが……ちょっとお待ち下さい。」
「どうしたの?何かあったの?」
「大変です、竜が3頭ドームに侵入してきています。ザルドの村が避難を始めて、自警団が竜の討伐のために集められています。」
「何なのよ?なんでドームに竜が入ってくるのよ!」
「あの近くには壊れた通路が有って時々外の生き物が入ってくるのですよ。」
「何でそんな物を放置して置くのですか?」
「それより急いで二人を助けなくちゃなりません。」
その時会場で大歓声が上がった。どうやら決着が着いたみたいだ。
「ゼンドレ、あたしの荷物をお願いするわ。寮に運んどいて。」
「わ、私に女子更衣室に入れと?」
「アイーラさんかフローレさんに頼めばいいでしょう!」
「わ、わかりました。お気を付けて。」
大急ぎでふたりは出口に向かって走っていく。
「競技場内なら安全だと思っていた私の失敗でした。まさか堂々とウィザーの格好で近づいて来るとは思いもよりませんでした。」
シドラがブツブツ言っている。余程想定外の事だったらしい。
「大丈夫よキューちゃんだったらすぐに追いつくから。」
いつの呑気なシドラが焦っているかなり危急の事態と考えているのだろう。
「きゅっ、きゅ、きゅうう~っ。」
外に出るとキューちゃんが待っていた。さすがウィザーの眷属、以心伝心なようだ。
「急ぎます、お二人が危険なようですから。」
「ぎゅいん、ぎゅいん。」
「頑張ってキューちゃん。」
「どどどーっ。」
ふたりを乗せたキューちゃんは全力でザルド村に向かって走り始めた。




