必殺!エマのパフパフ固め
ふたりでのんびりした話をしている最中に試合場ではレイとゲルド・ミシュラーの戦いが始まっていた。
ゲルド・ミシュラーは予備予選同様の大きな鉄製の直剣を持ち出してきた。
レイの方はと言えば用意されている木剣の一番大きなものを選んで持ってきていた
木剣とは言えその厚みと長さは鉄剣と対してさして変わることもなく仮に相手が真剣であっても切り落とすことなどできないであろう。
ゲルド・ミシュラーはレイのも木剣を見て馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
一方レイはあくまでも冷静にミシュラーを見ていた。
ミシュラーは大きく振りかぶるとレイの頭めがけて力任せに刀を振り下ろす。
レイは木剣でそれを受けきる。
受けきった刀を反転しそのまま相手の小手に向かって切り下ろす。
ミシュラーも素早く刀を返すとレイの小手を受ける。
そのまま横に刀を払うがレイが前に出ると手首を返し反対向きに薙ぎ払う。
この大会の剣技はあくまでも相手を殺しうるか否かが判定の基準となる。
剣道のように当てて逃げれば一本という事にはならない。
小手に当ててもポイントにはならずその攻撃が手首を切り落とせるほどの威力が無ければならない。
それ故ガントレットの下に綿を入れていても手首の骨が折れる事故は非常に多かった
その危険さゆえに喉笛に対する攻撃は禁止されていた。
勝ちを急いで喉笛を突く者もいるが大抵の場合はウィザーに刀を掴まれる。
喉笛に対する攻撃で許されるのはとどめに刀を首に当てるあるいは寸止めする行為だけである。
「レイさん頑張って。」
試合を見ていたラフレアはひやひやしながらレイの戦いを見つめていた。
ミシュラーはレイ程の身長ではないが非常に恵まれた体躯をしており力で言えばレイと互角以上で有ったろう。
その男が力任せに両手持ちの剣をふるうのである。
なまじの細剣などははじき飛ばされて相手に届かせることも難しいであろう。
しかも素早い手首の返しは細剣並みの速度で切り返され、さしものレイも攻めあぐねていた。
本来両手持ちの直剣などは鎧の兵士に対して打撃を与えるか真っ直ぐに鎧の隙間を突き通す為の剣である。
その両方の特性を殺された剣技は相手にダメージを負わせることの難しい剣になっている。
とはいえミシュラー程の剛剣ともなれば対抗するためには槍が必要になる。
それ故レイは一番長い直剣を選んできたのである
レイは大きく振るうミシュラーの剣を試合当初からずっと見続けて来た。
大ぶりであるが故に隙も大きい事を知っている。
振り回すミシュラーの刀を最小限の動きでかわすと小手や腕に剣を当てていく。
切り落とすのではなく当てていく。したがって有効打にはならない。
しかしミシュラーの腕がやがてしびれ始めスピードが落ちて行く。
「貴様卑怯だぞ!騎士を目指すものであれば何故真っ向から打ち合わん!」
ミシュラーの怒鳴り声が試合場に響く。
その瞬間レイは剣を片手に持ち替え大きく伸ばすとミシュラーのみぞおちに刀の切っ先を突っ込む。
先端は角が取れているが団子になっていない木剣はみぞおちに食い込む。
戦場では鎧を着ていたとしてもても今は着ていない設定なのである。
「ぐっ!」一瞬息が詰まったミシュラーに、レイはその頭に木剣を振り下ろす。
ミシュラーは息を止め構わず刀でレイの胴をなぎ払う。
「止めっ!」主審の声が響く。
主審はミシュラーの剣のみを止めていた。
レイの剣はミシュラーの頭の寸前で止められていた。いわゆる寸止めである。
ミシュラーは止めるつもりは毛頭なくレイの胴を打ち抜くつもりでいたので主審はミシュラーの剣のみを止めたのである。
「勝者、レイ・ブラッドリー!」
「ば、馬鹿な俺の方が速かった筈だ。」
ミシュラーが主審に抗議する。
すると会場全体にレイの剣がミシュラーの腹に剣を突き込む瞬間の映像が浮かび上がる。
レイの剣がミシュラーの鳩尾に食い込み苦痛の表情を浮かべる様を何度も放映する。
「はい、あなたの剣がレイ選手の腹を切った可能性は高かったでしょう。その前にあなたの腹を剣が突き通っていなければですが。」
主審の言葉にミシュラーはがくりとうなだれていた。
エマの控室にも会場の歓声と勝ち名乗りは聞こえて来た。
どうやらレイも準決勝は勝てたみたいで、決勝はあのキザなエルフィン族らしい。
あの男はレイによって完膚無きまでに叩きのめして欲しい。
「エマさんやたらとあのエルフィン族の男を嫌ってますね。」
「アタシはねああいった自分の美貌に自信を持って当たり前だと思っているやつが大嫌いなのよ。」
「なる程、胸の大きさに自信を持っているエマさんとは近親憎悪と言う訳ですね。」
「アタシはねえ旅に出て自分の小ささを思い知らされたのよ。あんな男と一緒にしないで頂戴。」
「ごもっともです、ハイ。」
程なくして決勝戦の呼び出しが来た。いよいよフローレさんとの決勝だ。
「頑張って下さい、優勝と準優勝では賞金の額が3分の一だそうですから。」
「げ?ホント?」
「はい、基本的に賞金は優勝者の総取りが原則ですから。」
「絶対に負けられないわね。」
「まあ、現実の金額はそれ程の物では有りませんが旅を続けるのは大分楽になりますね。」
やはりエマさんを鼓舞するのはお金の話に限りますね。
ラフレアとの試合の疲れも吹っ飛んで気合マンマンで試合に挑むエマである。
エマとフローレが戦う女子格闘技、アイーラの出場している女子剣技、男子格闘技、そしてレイとローランが戦う男子剣技。
残り試合は決勝の4試合を残すのみであった。
「エマさん、言うまでもありませんがフローレさんは寝技、絞め技、関節技を多用するタイプです。エマさんは蹴りを主体とした立ち技の使い手です。」
「うん、それで?」
「現実問題としてエマさんは一発で相手を倒せなければ非常に不利になります。つまりエマさんが出した攻撃を掴まれると為す術がなくなります。」
「掴まれないように気を付けないといけないのね。」
「はい、手足もそうですが一番狙いやすいのが上衣の方です。」
「上衣?」
「打撃技の攻撃は手足を動かして攻撃します。当たれば危険です。しかし胴体は動きませんから打撃を躱して中に入れば道着を掴んで引っ張り倒しやすいのです。」
「なにそれ?酷いんじゃない?」
「ズボンは掴めば反則ですが上衣は反則にはなりません。」
「そうだった!」
「フローレさんはそういった攻撃に長けていますから注意して下さい。」
「注意って言ったって。」
「上衣を脱いでおけば問題は無いと思いますが?そうしてきた選手もいましたでしょう。」
「絶対にヤダ!」
「では上衣を掴まれないように気をつけて戦って来て下さい。」
全く他人事だと思って勝手な事言いやがって。
「エマ選手。」
「フローレ選手。」
「噛みつきは禁止、目を攻撃しては駄目、髪の毛を引っ張ってはならない、ズボンを掴んではならない。……。」
主審による試合の注意がある。
「それでは双方下がって。」
両者とも試合場から下がると主審が開始の合図をする。
「始め!」
「二人共様子を見ながら前に出る。」
エマがフローレに掴まれるのが怖い様に、フローレもエマの打撃が怖いのである。
エマは何度か蹴りのフェイントを出す。フローレは反応はするがフェイントであることを見抜いてか前には出てこない。
中腰になったまま、エマの動きをじっと見ている。
エマはいきなり踏み込むと回し蹴りを放つ。フローレはギリギリしかかわさない。
すぐにエマは体を回転して後ろ蹴りの体制を作るとフローレは踏み込んでは来ない。
前哨戦の様子見である。この次蹴りを出した時にはおそらく踏み込んで来るだろう。
フローレはこれまでの練習量も多く練度も高い。
エマにとってはこれはかなりのハンデとなってしまった。
よもやの決勝での試合である。ラフレアの対策をして来たことが全て無駄になってしまった。
それでもラフレアよりは与し易い相手ではあった。
蹴りさえ封じれば後はなんということは無い、それがフローレのエマに対する評価で有った。
エマの蹴りはかなり鋭い。まともに当たれば一発で倒せる。
エマはすすっと前に出て頭に蹴りを出す。しかしリードパンチ無しの単発の蹴りが通じる訳もない。
フローレもガードを上げてエマに対してパンチの打ち会いに挑む。
エマの蹴りは脅威では有るがパンチはそれ程の練度が無い事は分かっている。
考えてみればアイーラの所で調整したのである、フローレもまさかエマが予選を通過するとは思っていなかったので二人で練習をしていたのだ。
お互いの動きを見せてしまっている。
ならば練習で見せなかった手を使えばよいだけの事である。
フローレがタックルに出ようとする所にカウンターの前蹴りを出す。フローレの動きを止めた所で上段の蹴りを出した。
しかしそれを読んでいたフローレは頭を下げ蹴りを躱すとエマの懐に飛び込む。
エマが蹴りを放ち体が横を向いた所をタックルしてエマのベストを掴み後ろに引き倒そうとする。
「やばっ!」
蹴りを外された瞬間フローレに抱き付かれ背中側に強く引っ張られるのを感じた。
このままでは背中から倒される。そう感じたエマは瞬間的に膝を曲げ体をかがませる。
同時にエマの腰に巻かれた腕を取り大きく体を巻き込むように回転させる。
フローレをそのまま投げるが体を密着させたままエマから離れようとしない。
相手の体が下になったのを見て肘を相手との間に割り込ませると、思いっきり反対方向に体を回し立ち上がろうとした。
しかしフローレは背中を掴んだ手を離すことは無くビリッと嫌な音が聞こえた。
エマは構わず体を起こすとフローレの手が外れる。
チャンスとばかりに倒れたフローレに蹴りを見舞う。
しかしくるっと体を一回転して距離を取りつつ立ち上がる。エマに対して低い体制のまま防御姿勢を崩さない。
そのまま押し切ろうとエマは前にでてフローレの頭目がけて蹴りを出す。
しかしエマもいささか焦っていたのか雑な蹴りになった。
フローレはそれに合わせて上体を上げるとエマの蹴りを掴む。
同時に足を出してエマを倒し、そのまま上に乗しかかって来た。
サイドを取られるとまずいエマは足を回しガードポジションを取ろうとする。
素早くエマの膝をおさえ、それを自分の膝で抑えると逆サイドに持ち込もうとする。
フローレ胸がエマに胸に乗り体を押さえつける。
エマは必死で体をゆすってフローレの体の下から逃げようとする。
しかしフローレはそれを逃がさない。グラウンドでの攻防は圧倒的にフローレが上で有る。
フローレはエマのそのまま腕関節を取るか、マウントを狙っているのだろう。
しかしエマもこの練習は夢の中でさんざん天使様とやって来た。
あれが唯の夢では無かったことをこの戦いは教えれくれていた。
エマにはフローレの動きのその先が見えていた。
フローレが横に回り込もうとする一瞬を付いて腕力で体を持ち上げる。
体が浮いた所へエマは膝蹴りを出すとうまくフローレのこめかみに当たってぐらつく。
必死でフローレを跳ねのけるとエマはすっくと立ちあがった。
その途端エマのチョッキの下からサラシがストンと下に落ちた。
「ひえっ!」エマは悲鳴を上げた。
しかしフローレはお構いなしにパンチを繰り出して来る。
「まてまて!ちょっとタンマ。落ちた、落ちた。」
しかし主審は何も言わなかった。
エマはフローレのパンチに対して後退するが、フローレは逆にそれを許さずエマの横に回り込む。
エマは必死で蹴りを出すがサラシが邪魔で中途半端な蹴りになる。
すかさずフローレはエマに対してタックルを掛けてくる。
勝った!フローレは勝利を確信した。
エマを倒したフローレにエマは直ちにガードポジションを取る。
そのまま寝技の攻防が続くがサラシが邪魔でうまく足を動かせない。
主審が姿勢を低くして二人の攻防を見ている。
フローレがエマのチョッキを掴み首に腕を当てギロチンチョークを狙う。
上腕部がグググッとエマの咽頭部に食い込んでくる。
あまりの苦しさに火事場の馬鹿力が発動しフローレを跳ね飛ばす。
その途端にエマのチョッキはフローレと一緒に飛んで行ってしまった。
ポロリとなってしまった事に気が付いたエマは胸を押さえて悲鳴を上げる。
しかし主審が試合を止めることは無い、フローレはそのままエマに再度飛び掛かって来た。
「待った待った、フローレさんタンマ、タンマ。」
主審の指示が無いのであるから試合は続行される。
「ひえええ~~っ、見るなああ~~っ。」
エマはとびかかって来たフローレを抱えるとその頭で胸を隠す。
「むぐぐっ。」
フローレが変な声を上げるが今のエマにそんなものは聞こえない。
パンチが不規則にエマの体に当たるがダメージは感じられない。
構わず足を使って体を反転すると簡単にフローレはエマの下になる。
「見るな~~っ。見ちゃいや~っ。」エマは必死で胸を押さえる。
主審は体をうつぶせにしてエマの胸を見る。
「止めろ~っ、見るな~っ。スケベ審判~っ。」
それでも審判はさらに頭を下げエマの胸を覗きに来る。
「むぐ~~っ、むぐ~~っ。」
フローレはエマの下で暴れていたが大人しくなった。
主審が覗くのを止めエマ選手の肩をたたく。
「止めろ~っ、見るな~~っ。」エマはさらに強くフローレを抱きしめる。
「勝者!エマ選手。」主審の声が聞こえた。
「えっ?」
だだだっと言う足音が聞こえて何かが肩からかぶせられた。
「エマさんの勝ちです。フローレさんを離してください。」後ろでシドラがそう言っていた。
手を離すとエマの腕の中でフローレが白目を向いてぐったりとなっていた。
シドラが布をエマの胸に巻き付ける。
主審がフローレに活を入れている。
「エマさん見事なパフパフ固めでした。」
主審が見ていたのはエマの胸ではなくエマの胸にうずめられたフローレの様子だったのだ。
「ううっ、ひっく……。」
「ひえええ~~~ん、見られちゃったよ~~っ。」
「エマは勝利したにもかかわらず、試合場の真ん中で泣き出してしまった。」




