デルドの村の竜
「アニキ~っガキ共はトイレにはいないぜ~っ。」
「なんだと~っ?」
スカールは慌ててトイレに向かうが既に誰もいない。
「ちくちょう!あいつらなんて奴らだ。人を信じないなんて一体どんな教育をしてるんだ?」
「そりゃあアニキが臭うからじゃねえのかい?」
スカールはポンビニオンの頭を思いっきりどついた。
「馬鹿言ってねえでで探すんだ。」
「なあに子供の足だそんなに遠くには言っちゃいないさ。」
三人は手分けして当たりを探し始めた。
「お~い、どこだ~?」
「隠れているとおばけが出てきて食われちゃうぞ~っ。」
エルーラ姉妹達は男達よりも恐ろしい物が近くにいる事に震えながらクロセットの中に隠れていた。
「おーい、アニキーっ見つかったか~っ?」
「外にはいねえのかな~っ?」
「もう町の外に逃げたのかもな?」
3人が町の外を見に行った所で竜と鉢合わせをすることになる。
「ひええええ~~~っ。」
「か、怪物だ~っ。」
3人に気がついた竜が寄ってくる。
「逃げろ~っ。」
「食われちまうぞ。」
3人は泡を食って馬と馬車の所にやってくると長男のスカールは馬車で、残りの二人は馬に乗ると全速力で走り始めた。
「畜生!道理で人が居ない筈だぜ、竜が来たんでみんな逃げ出したんだ。」
「ガキ共はどうすんだよ~。」
「ほっとけ~!こっちの命の方が大事だ!
彼らを見つけた竜は男達を追って走り始める。
「アニキ~っ奴ら追ってくるよ~っ」
「いいから走れ!追いつかれるぞ!」
スカポンタン兄弟の後ろから2頭の竜が追ってきた。
意外なほどに竜は速い速度で走って来る。
「アニキ~っ、追いつかれるよ~っ」
「お前たちだけ先に行け!馬車ではスピードがだせねえ!」
「アニキを置いてなんか行けねーよ。」
「良く言ってくれたお前たち、俺は幸せもんだぜ。」
3人に竜はどんどん近づいてくる。
「畜生!戦うしかねえのか?」
スカールは腰から剣を抜く。
「ダメだアニキかないっこねえ!」
「俺が戦っている間にお前らは逃げろ!」
「済まねえ、アニキ!かたきは絶対に打つからな!」
馬に乗ったふたりはスカールを置いて先に走っていった。
「お、お~い俺と一緒に戦ってくれねえのか?」
既にふたりはずっと先に走って行ってしまっていた。
「こんなものかよ兄弟なんて。」
スカールはすぐにでも訪れるであろう死を前にして小鳥のさえずりに心を動かした。
「兄弟に見捨てられた俺に小鳥の声が焼けに心にしみるぜ~。」
突然スカールの目の前の草むらから数人の人間が立ち上がって弓を構えるのが見えた。
「へっ?」
ざざざざっと周り中の草むらから次々と人が立ち上がると次々竜に矢を射掛ける。
「なななな、なんだ~っ?」
矢は竜の足に集中して射られる。竜の走るスピードがガクッと落ちる。
動きの鈍った竜に槍の追い打ちが掛けられる。
どこに隠れていたのか気配すら感じさせずに包囲していたエルフィン族は姿を現し次々と竜に駆け寄ってくる。
数本の槍を携えたエルフィン族の男達が竜の足に向かって槍を投げつける。
エルフィン族の槍は戦争用ではなく狩猟用である、したがって長さは2メートル位だが刃渡りは80センチ位あり、ちょっとした刀で有った。
後方にいたエルフィン族の老人がスカールに逃げるように合図を送ってくる。
スカールは馬車の速度を落とさずに老人の横を走り抜ける。
「良くやった!見事な引きじゃ。」
すれ違いざま老人が言葉を発する。
スカールはその言葉を聞いて自分たちが囮に使われたことを理解した。
「ちくしょーっ、なんて奴らだ。」
スカールは涙と鼻水を流しながら走り続ける。
後ろではエルフィン族の若者が槍を構え次々と竜に向かって槍を突き立てる。
恐れも迷いも無く若者達は竜に向かって攻撃を続ける。まるで統率の取れた軍隊の様であった。
「槍を抜けーっ、体に残すな!」頭領が叫ぶ。
竜に突進し深々と突き刺した槍は全力で抜いた。
槍を抜かれた竜は傷口から血が噴き出しその為に急速にスタミナが奪われる。
たまらず竜はその場に倒れるとその体の上に槍を持った男が駆け上がる。
何本もの槍が竜の首に打ち込まれやがて竜は息絶えた。
倒した竜の上で血にまみれた男たちが時の声を上げていた。
「お姉ちゃん……。」
「しっ、声を出さないで。」
3頭いた竜のうち2頭はスカールを追って行ってしまった。
しかし残る1頭が姉妹の匂いを嗅ぎつけてのかその場を動こうとしない。
鼻をフンフンと動かしながら2人の場所を探っている。
ドスンドスンと竜が壁にぶつかる音が聞こえる。
ティンカーは恐怖のあまり姉にしがみついたまま離れない。
バキバキッと音がして外壁を破って竜が家の中に入ってくる。
「お姉ちゃん!」
「声を出さないで!」
竜はフンフンと鼻を鳴らしながら家に中を徘徊している。
エルーラは部屋の中に大きな引き出しが有るのに気がついた。
「ティンカー。」
「なに?お姉ちゃん。」
「あそこの物入れに隠れるのよ。」
エルーラは引き出しの中の物を引きずり出すとティンカーを押し込んだ。
「いい事?誰かが来るまで絶対に此処から出ちゃ駄目よ。」
「お、お姉ちゃんはどうするの?」
「あの竜を此処から引き離すわ。」
「駄目だよ危ないよ。」
「大丈夫あたしこれでも足は早いんだから。」
「やだよお姉ちゃん、そんなの。」
ティンカーは姉にしがみ付くがエルーラはそれを引きはがす。
「静かに、声を出さないで。絶対に動いちゃ駄目よ!」
エルーラは無理やり引き出しを押し込むと物置から飛び出す。
「こっちよ~!」
エルーラは大声を上げると外に向かって飛び出した。
竜はエルーラに気がついて後を追い始める。
しかし出口が小さいので壁に体当たりを食らわせる。
竜は部屋を破壊して体が抜けると表に飛び出した。
エルーラは竜が自分の事を追ってきているのを確認すると必死に走り始めた。
その後を大きな竜が追いかけ始める。
「子供が出たぞーっ!」
誰かが大声で叫んだ。
はっとなって前の方を見ると竜が家の壁を突き破って出て来るところだった。
周り中からエルフィン族が立ち上がり大声を上げながら竜に向かって走り始める。
「な、なに?こんなに隠れていたの?」
意外なほど多くの人間が草むらに潜んでいたのだ。
前を見ると小さな子供が必死に走っている。
「エルーラ!」
子供と言うのはエルーラだった。
エルフィン族は子供から自分たちに気を逸らせる為に大声を上げて竜に向かって走り始めたのだ。
しかし竜は目の前の獲物の事しか見えていない。
はっと横を見るとシドラがいない、いつの間にかものすごい勢いでエルーラに向かって走って行くのがみえる。
さすがウィザーである、恐ろしいことに馬よりもずっと早い速度で走っている。
必死で走るエルーラの後ろからは竜がどんどん追いついて来ている。
「ぎゅおおお~~ん。」
後ろの方で勇ましい声と共にキューちゃんが飛び出して来た。畑の作物を蹴散らしながら走って来る。こちらもものすごい勢いで有る。
エマも必死でエルーラに向かって走る。
しかし竜の足の方が早い、エルフィン達も間に合いそうもない。
最悪の悲劇が目の前で起きようとしていた。
「ティンカー、ティンカー、ティンカー。」
妹の名前を呼びながらエルーラは必死で走り続ける、もう竜の息遣いはすぐ後ろまで迫っていた。
「あっ!」
エルーラは何かに躓いて転んでしまった。
「おおおお~~っ!」エルフィン族から絶望の叫び声が上がる。エルーラに竜の牙が襲いかかるのが見えた。
「とうっ!」
ドカッ!!!
「ぐぎゃああ~っ。」
竜が叫び声を上げてのけぞった。シドラのライダーキックが竜の鼻面に炸裂したのだ。
シドラくるくるっと回転すると地面に降り立つ。
降りた瞬間にもポーズを取る事は無くすぐにエルーラを拾い上げる。
しかしその一瞬に竜はシドラの右腕に噛み付いた。
走り出せずに右腕を噛まれたままシドラは竜と対峙する。
「ふんっ!」
シドラは電撃の魔法を竜に浴びせるとバチバチと竜の口の周りに火花がちる。
「きゃああ~っ!」
シドラに抱かれていたエルーラが悲鳴を上げる。
竜に浴びせた電撃がエルーラにも流れたらしい。
しかし竜は何事もなかったように口を離さない。
シドラはエルーラを見て一瞬躊躇した、竜は腕を咥えたままシドラ達を持ち上げた。
「いけない!シドラを地面に叩きつけるつもりだ。」
シドラであれば何度叩きつけられても平気だが今はエルーラを抱えている。
シドラは竜に腕を噛まれたまま空中で体を2回転させる。
「きゃああ~っ。」エルーラの悲鳴が聞こえる。
シドラの肩がバキバキッと嫌な音を発する。
な、なに?腕から嫌な音が!?
シドラはそのまま両足を竜の頭に当て思いっきり引っ張った。
バキッと音がして竜の口に腕を残したままシドラの体が竜から離れる。
シドラは自らの腕を切り離して竜から逃げたのだ。
「何やってんのよ!自分の腕を自分でもぎ取るなんて!」この情景はエマにとっても衝撃であった。
そのまま地面に降りるとエルーラを抱いたままこちらに向かって全力で走り始める。
竜はシドラの腕を飲み込むと2人を追って走り始めた。
その瞬間竜の頭上に黒い影が現れる。
「ガハッ!」
上空から降りてきた磨き虫が竜を捉える。
「ガハッ、ガハアアア~ッ!」
大きな竜では有るが磨き虫に比べれば遥かに小さい。
8本の足で抱えられた竜は空中に持ち上げられた。
少し上がった所で竜の頭を下にして上下に揺すっている。
「あいつ、何をやってるんだ?」
「ガハッ!」
竜が何かを吐き出した。
「げ?あれはシドラの腕?」
「ぎゅおおお~~ん。」
きゅーちゃんが走ってきて腕を荷台で受け止める。
「ぎゅおん、ぎゅお~ん!」
シドラは後ろも見ずにエマの所に走り寄るとエルーラをエマの胸に押し付ける。
反動でエマは尻もちを着く格好になりシドラを見上げた。
何も言わずにそこに立っていたがエマの位置からはちぎれたシドラの肩が見える。
しかし引きちぎれた袖に隠れて腕の様子は見えない。
見えなくともはっきりしているのはシドラの腕からは一滴の血も流れていないという事だった。
「シ、シドラ……。」
エルーラはショックの為か一言も喋らずにエマにしがみついてブルブルと震えている。
そのまま踵を返すとシドラはキューちゃんの方に走り寄って荷台に飛び乗る。
「ぎゅおお~ん、ぎゅおお~ん。」
キューちゃんはシドラを乗せたまま全力でこの場所から離れていく。
「ガアッ!アガガッ!!」
竜は磨き虫の手の中で暴れていたがそのままドームの天井まで連れられて行った。
「あいつ、どうなるんだろう?」
エルーラはエマにしがみついたまま震えている。
エマはしっかりとエルーラを抱きしめた。
「もう大丈夫よよく頑張ったわ、怖い竜はシドラが片付けてくれたから。」
あっけに取られてこの様子を見ていたエルフィン族のリーダーと思われる男が怒鳴る。
「まだ竜がいるかもしれんこのまま村を捜索するぞ。」
「そうだティンカーは?」
しかしエルーラはまだ震えていて口を聞ける状態ではなさそうだ。
「もうひとり子供がいるの探して下さい!」
エマは周りのエルフィン達に向かって言う。
「判った。」
エルフィン達は壊れた家に向かって走っていく。エマも彼らの後を追う。
次々と家の中を調べて行く。竜が隠れているかも知れないからだ。
「あっち………。」
エルーラが震える声で竜の出てきた家を指差す。
「ティンカーがいるの?」
「う…ん…。」
ふたりは数人のエルフィン族と一緒に家の中に入る。
「そこ……。」
指差す方向には物入れが有り中の衣類と思われる物が引き出しの前に散らばっていた。
引き出しを開けるとティンカーが小さくうずくまったまま隠れているのが見えた。
「ティンカーちゃん。」
エルーラが呼びかけると恐る恐る顔を上げた。
「お姉ちゃん……。」
「ティンカーちゃん!」
ふたりは抱き合うと大声で泣き始めた。
「ああああ~ん、あああ~ん。」
「お姉ちゃん…お姉ちゃ~ん…。」
「怖かったよ~~っ、うえええ~~ん。」
二人が泣く姿を見て心底エマはホッとした。
ピョロロロロ~ッと鳥の声が聞こえる。
「どうやら竜は全部片付けたみたいだな。」
「もう安全だよ、アンタも子供を助けてくれてありがとう。」
「この子達は私の連れだから…、助かって良かったわ。」
「北の通路が壊れていてな、たまに竜が入ってくるんだ。」
「竜が?なんで壊れた所を修理しないのかしら?
「わからん、あそこはわしの爺さんのそのまた爺さんの頃から壊れたままじゃからのう。」
それって、壊れてんじゃなくてそう言う物なんじゃないの?
シドラの腕はどうなったんだろう?やっぱり魔法で直してシレッとして帰ってくるのかな?
この子達を助けるために何のためらいもなく腕を犠牲にしたんだから多分直せると思っているに違いない。
子供達と一緒に町に着いたのはかなり遅くなってからの事であった。
狩りの指揮をしていた頭領の老人が用意してくれた馬車で町まで送ってくれる事になったのだ。
「今回の事は町の方にも報告をしておかなくてはならんからな。」
若い男と二人で馬車に乗り荷台にエマ達が乗った。
ふたりともとんでもない経験をした後だけにエマに抱きついたまま眠ってしまった。
しかし寝ていてもすごくうなされていた、それでもエマの胸の中にいると安心するのかすぐに治まる。
ふたりの頭がエマの胸に押し付けられて動くとすごくくすぐったい感じがする。
時々ティンカーが胸に頬を摺り寄せる。
残念だけどおっぱいは出ないよティンカーちゃん。
「眠ってしまったようじゃな、夢を見なけりゃそのほうがええじゃろう。それにしてもこの子達をさらって来るとはあの連中、竜に食わせてやれば良かったのう。」
「でもおじいさんもあの連中を囮にして竜を囲い込むなんて酷いことをしたのよね。」
「まあ、たまたまじゃよ、馬と馬車だったから逃げられると思ってな。それによそ者じゃったしな、若いもんをむやみに危険に晒すわけにもいかんじゃろ。」
この爺さん結構非情な事を平気でする。
「連中はどうなったの?」
「さあなあ、馬車も止めずに行ってしまったからなあ。やはり後ろ暗い連中だったんじゃな。」
それにしても今回二人をさらったのはスカポンタン兄弟の様だったらしい、それもウィザーの衣装を付けていたという。
自警団から脱走し、エスペランの学校から服を盗み出したのだろうか?
これはどう考えてみてもエスペランが関わっているとしか考えられない。
すごく子供に優しく見えたエスペランがまたこんな事をしたのだろうか?
いずれにせよシドラがいなければそこいらへんも分からない。
そこでエマははっと気がついた。
「あっ、優勝賞金まだもらってない。」
慌てて飛び出して来たので表彰式にも出ていないことにようやく気がついたエマであった。




