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そして僕は小さな一歩を踏み出した

 村長が地面を駆ると同時に松明が落ちる。松明の炎が辺りを揺らめくように照らし、村長と不審者二人の戦闘が始まった。


 木剣を持つ村長は素早く不審者の懐に入り込むも、もう一人の不審者に回り込まれて挟まれた形になってしまった。村長の後ろを取った不審者が斧を振り下ろす。そう来ると予想していたのか村長は機敏な動きでそれを躱す。


「ちっ! てめぇ危ねぇだろ!」


「危ねぇって思うんなら逃げられるようなヘマすんじゃねぇ!」


「てめぇぶっ殺すぞ!」


 不審者達は口論を始めるもその攻撃は村長を狙ったものだ。村長は攻撃をせずにただ攻撃を躱すのみだ。


「おいおい。攻撃しねぇのか? そんな木で出来たガラクタの攻撃なんて受けても屁でも無いがな」


「いやぁ。最近運動不足だったもんで準備運動がてらね」


「そんな口を聞いていられるのも今のうちだぜ」


 村長が軽口を叩く。僕の目から見ても村長は余裕そうに見えて安心出来ていた。


「そんじゃ、このガラクタの攻撃を受けて貰おうかな」


「ヘンっ! そんな攻げ――」


 不審者は何かを言おうとするもその言葉は最後まで紡がれる事は無かった。村長は不審者までの距離をあっと言う間に縮めてその手に攻撃を加えていた。僕は村長の流れるような剣技に目を奪われていた。


「ぐっ! てめぇ卑怯だぞ!」


「俺には何が卑怯かだなんて分からないが?」


 攻撃を受けた不審者は持っていた斧を落とし、憤怒する。もう一人の不審者の攻撃を簡単に躱しながら村長は余裕そうな口ぶりで不審者を煽った。


「くそ――てめぇ避けるんじゃねぇ」


「嫌だな。当たったら痛いじゃないか。俺は木剣を使っているから君達は死にはしないよ。聞きたい事もあるしね」


 完全に村長は遊んでいるように見えた。振り下ろされる斧を見切っては不審者の武器を持って手に木剣を打ち込んでいく。不審者が斧を落とすと拾うのを待っていたりもする。


「へへ。ガキを人質にすりゃ――」


 突然不審者の一人が僕の方へと走って来る。恐怖で一瞬後退るも不審者は僕の所へ辿り着く事は出来なかった。


「あー。俺そう言うの嫌いだからさ」


「あがっ」


 不審者が村長の横を通り抜けようとした瞬間に耳の辺りから木剣を横薙ぎに打ち抜かれて倒れてしまう。倒れた不審者は身体をビクビクと痙攣させていた。


「興醒めだね」


 村長が一言呟くと不審者は次々と斬撃を受ける。不審者の呻き声と木剣が打ち付けられる音だけが洞窟内に木霊していた。


「はい。終わり」


「があ!」


 村長の攻撃は不審者の腹を薙いだ。真剣だったなら不審者の身体は半分に分かれていたと思うような攻撃だった。村長の使っていた木剣は真っ二つに割れていたし、最後の攻撃の威力は相当なものだっただろう。


「さて。ロープで縛ろうか」


「う、うん」


 圧倒的な強さを見せた村長に僕は恐怖すら感じてたじろいでしまった。村長の顔はいつものように柔和な笑みを浮かべた姿になってはいたが。


「かっこよかったかい?」


「う、うん。強くてかっこよかったよ」


 ロープで不審者を縛りながら村長にかっこよかったと告げては見たが村長の剣技や雰囲気に推されてかっこよかったと言わされた感はある。確かにかっこよかったが圧倒的過ぎて言葉が出なかったのが本音だ。


「そうか。かっこよかったか。ようし、それじゃあ俺がルカに剣を教えてあげよう」


「え? いいの?」


「ああ。いいさ。減るもんじゃないしね。俺の暇も潰せるってもんだ」


 こうして、僕は村長を師に剣を学ぶ事になった。


「そうだ。紙を探さなきゃ」


「恐らくはこれの事だろうね」


 僕が言う前に、既に紙を持っていたのであろう村長は僕に紙を渡してくれた。紙には綺麗な字で物騒な事が書いてあった。


「えっと……娘を誘拐した。返して欲しくば身代金として……」


「おお。ルカは文字が読めるのかい? 大したものだ」


「バルおじさんに教えて貰ったんだ!」


 自然とバルおじさんと言う名前が僕の口から出てきていた。さっきまでならバルおじさんの事を思い出すと悲しい気持ちになっていたかもしれないけど、村長に言われた、僕の中でバルおじさんは生き続けていると言う言葉が僕の心を軽くしてバルおじさんの事を誇らしく思えるようになっていた。


「娘とは一体誰の娘なのかな。察しはつくけどね」


「僕、昨日領主様の娘のアデーラに会ったんだ。それで、ここで雨宿りをしたんだけど、護衛のイゴールって人がこの洞窟に危険が無いのか見に行って危険が無いって言ってたんだ」


 護衛のイゴールがこの件の黒幕だと僕は思っている。アデーラに対しての接し方もそうだし、洞窟の中に危険が無いかを見に行ったイゴールが今そこに転がっている不審者を相手に何もしなかったなんて事は無いと思う。


 イゴールから手を出さなくても不審者の方が手を出しているだろうし、その時不審者がいなくてもここに人が生活をしている形跡があるんだから一言報告くらいはするだろうと思う。それに明かりも持たずに洞窟内に入って行ったなんて不可解だ。


「そうか。それなら、その護衛のイゴールを何とかしなければいけないね。とりあえず領主様に報告しなければ」


「この人達はどうするの?」


「そうだねぇ」


 村長はブツブツと呟きながら松明を拾う。まさか不審者を火で炙るつもりなんじゃ……と勘ぐったが違うらしい。村長は松明を拾った後に桶のような物を拾って洞窟の外へと向かって行った。僕は暗い中一人残されたが、村長はすぐに戻ってきた。


「ルカが付いて来ているかと思って一人でルカに話し掛けていたよ」


 笑いながら戻って来た村長は桶に水を汲んで来ていた。恐らく不審者に水を掛けて起こすのだろう。村長は何故か僕に桶を渡す。


「えっと……」


「ルカが起こしてみな」


 村長に言われて僕は渋々不審者を起こしてみようと、ペチペチと顔に水を掛けるも不審者に反応は無かった。僕は諦めずに何度も水を掛けるも意識は覚醒しない。


「はは。そうじゃないよ。起こす時はね」


 僕から桶を受け取った村長は無理やり不審者の口を開けて口の中に水を入れた。そして、村長の手は不審者の鼻へと向かい、それを塞ぐ。


 少しすると息の出来なくなった不審者は暴れるように悶えるも簀巻にされているので大して動く事が出来ない。不審者が暴れだすのを見て村長は鼻から指を放して不審者が生きが出来るようにしてあげた。


「ごぶふぇっ――な、何しやがんだ!」


「おー怖い怖い。思ったよりも元気だね。頭を打ち付けたのにそんなに元気だなんて頑丈だ」


「煩せぇ! 解きやがれ!」


「解いたら暴れるだろ?」


「たりめぇだ!」


「じゃあ解きませーん」


 村長達のやり取りを横目に見ていると、村長が僕にそっと桶を渡してくる。もう一人を起こせと言う事なのだろうか。僕は村長がやったのと同じようにやろうとしたがまだ小さい僕は不器用だったのが悪かったのか口に水を入れようとしたが顔全体に水が溢れてしまった。僕は気に留める事も無く鼻を塞ぐと……


「ごぶふぇ――で、でめぇこのガキ!」


 鼻の中に水が入っていたのだろうか。不審者の激しい鼻息で僕が塞いでいた鼻から手が離れてしまい、さらには不審者の鼻水が僕の手にべっとりと付着してしまった。


「うげ……ばっちい」


「ははは。気をつけないとそうなっちゃうよ」


 残り少なくなった水で手を洗うも不快感は拭えない。不快感を拭う為に最後の抵抗として不審者を簀巻にしたロープを手に擦り着けてみる。後で手をしっかり洗おうと僕は心に決める。


「さて、色々教えて貰いたい事があるんだが」


「ヘンっ! 誰がお前みたいな奴に教えるかよ」


「そんな事言ってもいいのかな? 君達は身動きが取れない。俺は君達に何でも出来るぞ。ほーら」


 村長は手に持った松明を不審者に近付ける。その瞬間、不審者の顔は青褪めた物に変わり命乞いを始めた。


「分かった! 分かったから勘弁してくれ」


「お前! そんな簡単にあの方を売るのかよ」


「知らねぇよ! あの方が俺達にこんな話を持って来なければこんな事にはならなかったんだ」


「そ、それもそうだな。あぁ。いいぜ。何でも話すから火炙りだけは勘弁してくれ」


「では始めに。あの方ってのは誰なんだい?」


 僕の予想では十中八九イゴールの事だと思っている。僕の中ではそれ以外あり得ないと。


「名前は聞いてねぇ。ただ身なりのしっかりした方だったからな。それなりの地位があるんじゃねぇのか?」


「最近ではいつ頃、あの方と話をした?」


「昨日、突然来て驚いたぜ。今は大人しくしてろっつってどっか行ったけどな」


 昨日雨宿りをしていた時の話だろう。これで今回の件を企てた犯人がイゴールだと言う事がハッキリした。僕は今もアデーラの側にイゴールがいる事が気が気じゃ無かった。早く引き離さねばと心が焦る。


「早く助けないと不味いよ!」


「焦っても何の解決にはならないからね。落ち着くんだルカ」


 ポンポンと僕の背中を叩いて落ち着かせようとしてくれる村長。今、こうして僕と接してくれている村長と戦闘をしていた村長が別人に見えてならない。


「ちなみに娘を攫う日取りは決まっていたのかな?」


「明日の夜って話だったぜ。この村に来ている時が一番の好機だって言ってたな」


「そうか。ちなみに手紙にはこの洞窟で受け渡し等の取引きをすると書いてあるのだが、本当の目的はなんだ?」


「あの方は殺すって言ってたよ。その時に手伝えと。それが終わったら俺達が旅人を装って洞窟に凶暴な魔物が潜んでいると言いふらして俺達は金を貰って終わりだって手筈だった」


 村長は顎に手を当てて思案するように目を閉じていた。これからの展開ややるべき事を考えているのだろうか。


「なぁ。もういいだろ。俺達を放してくれ」


「悪いがそれはまだ出来ないな」


「勘弁してくれよ。漏れそうなんだ」


「村に牢などあれば良かったが俺の村は平和だからそんな物は必要無かったんだ。すまん。漏らしてくれ。この件が解決するまではお前達を自由にはしてあげられる事は出来ないからな」


「そ、そんなぁ」


 僕は不審者二人に憐れみの表情を浮かべる。仕方の無い事なのだろうと思うが不憫だとも思う。僕は村長を見るが僕の考えている事を察したのか、悲しそうな表情で顔を横に振るだけだった。


 洞窟を後にした僕と村長は村長の家で作戦会議のようなものをしていた。作戦会議のようなものと言ったのは、この会議に参加しているのが、まだ幼い僕と村長だけだからである。


 村長が言うには事を荒らげる訳には行かないと言う事、アデーラを知っている僕がいると何かと都合が良い事があるかもしれないと言う事だった。


「この話はエステルさんには絶対にしちゃあいけないよ」


「分かってる。最近お婆ちゃんがとても僕を心配してるんだ」


「そうじゃない。俺がルカを巻き込んでこんな事をやっていると知れたら、きっと大目玉を食らう。それは避けたい。村長としてそんな事になる訳にもいかないし、この村の人達は良くも悪くも気が良い連中ばかりだ。一生笑いのネタにされかれないからね」


「ぷぷ……あははははは」


 早口で捲し上げるように言った村長を見て僕はつい笑いが込み上げてしまった。普段は柔和な笑みを浮かべて村人達を見守っていた村長がこんなお茶目な人物だとは思わなかったからだ。


「そんなに笑わなくたっていいじゃないか。これでも昔は冒険者として名を馳せたんだからね。ヴォーダ村のデニスと言えば誰もが知ってる名前だったさ」


 村長の戦闘を目の当たりにしてその話は嘘では無いと信じられると思うけど、この村長の事だから多少の誇張はあるかもしれない。


「村長ってすごいんだなぁ。僕は何をすればいいの?」


「そうだね。元々明日、俺が領主様の所へ行く予定だったんだ。それに付いて来てくるんだ。ルカはそこで領主様のお嬢さんと一緒に遊んでくれればいい」


「遊ぶだけでいいの?」


「子どもが遊ぶのはこの村では仕事だろ?」


「分かった!」


「それじゃあ、明日日が上がったら家に来るんだよ」


 それから作戦会議は終わって話もそこそこに村長の家を出る。まだまだ太陽の日は真上にさし当たった当たりだ。お婆ちゃんもそこまで心配はしていないと思う。


「ただいまー!」


「おかえり。ちょっと遅かったんじゃないのかい?」


「うん。村長のお話を聞いていたら遅くなっちゃった。ごめんなさい」


「村長の話ねぇ」


「村長って昔はどんな人だったの?」


 僕は好奇心のまま村長の昔の事をお婆ちゃんに聞いた。聞かれたお婆ちゃんは呆れたような顔で僕に話す。


「今じゃしっかりと村長をやってはいるけど、あの子の小さい頃は手がつけられないようなやんちゃ坊主でね……」


 村長の子どもの頃の話を聞くと、お茶目な村長の人物像が浮かび上がって来た。きっと村長と言う肩書きに添う努力をしているのであろう。


 僕の明日の仕事はアデーラと遊ぶ事だ。その裏で村長は何かをするのだろう。小さな僕のちょっとした冒険が明日待っている。



 

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