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そして僕は家を飛び出した

 太陽が茜色に染まり夜の世界が目を覚まそうとする時間になって来た。僕は簀巻にした不審者二人が今どうしているのか気になってしまう。パンを二切れ持って外に出ようとするとお婆ちゃんに呼び止められた。


「もうすぐ夜になるのにどこに行こうって言うんだい?」


「ちょっと散歩したくて。すぐに戻るよ」


「ちょっと! ルカ――」


 家を飛び出した僕は洞窟へ向かって走る。人が簀巻で放置されているなんて人にする行いじゃない。もっとやり方があるはずなのに……僕にはそれが分からないし、僕に出来る事はこうやって少しでも食べ物を持って行く事だけだ。


 洞窟に着いた僕は奥の方へ向かおうとするも、明かりも無い真っ暗な洞窟の内部にたじろいでしまった。


「怖くない怖くない」


 自分に言い聞かせるように呟きながら進んでいく。何度も転びそうになりながらやっとの事で広間まで到着した。


「誰だ?」


「ひぃ――」


 突然声を掛けられた僕は驚き、全身の毛が逆立つような感覚を覚える。明るい所で見れば僕の身体は全身が鳥肌になっていただろう。


「パ、パンを持って来たんだ」


「そうか。気が利くじゃねぇか」


「そんな事より一回解いてくれねぇか? 朝からずっと我慢してんだ」


 縛った際に漏れそうだと口にしていた不審者はどうやらまだ漏らさずに済んでいたようだ。暗い洞窟の中では暗くて縛ったロープを上手く解く事が出来ない。


「ごめんなさい。暗くてロープが解けないの」


「探せば焚き火の跡が見えるはずだ。その近くに火打ち石も置いてある。それで火を着けられるかやってみてくれ」


 僕は言われたように焚き火跡を探す。目が慣れてきたのか少しだけ視界が広がったように思えた。頼りない視界と手探りでなんとか焚き火跡のような感触の物を見つけ、近くに大きめの石を見つける事が出来た。


 石と石を擦らせてみると火花が散る。何度も何度も石を擦らせ、やっとの思いで火を着ける事に成功した。僕は何度か石を手にぶつけてしまい、血が滲んでいる。パチパチと音を鳴らしながら真っ暗だった洞窟に明かりと灯した焚き火を見て、僕は安心する。


「それじゃあ解くね」


「あぁ。頼んだ」


 石をぶつけた方の手が痛くて解くのに手間取ったがなんとか解く事に成功した。不審者の一人はそそくさと立ち上がり、一瞬よろめいたようにも見えたが洞窟の外に向かって歩きだす。


「どこに行くの?」


「中でやったら臭くて仕方ねぇだろ。大丈夫だ。相棒を置いて逃げたりなんてはしねぇ。きちんと戻って来るさ」


「そう言う事だぜ」


 まだ解いていない不審者はニカッと笑う。僕はその不審者のロープに手を掛けた時、不審者に声を掛けられてその手を止めた。


「おっと。俺のロープは解かない方がいいぜ。逃げるかもしれねぇし、お前さんに危害を与えるかもしれねぇ」


「えっと……いいの?」


「そりゃあ自由になりたいが、これは俺達への罰だからな。誰を殺すのかは知らんが、人殺しに加担しようとしていた人間だ。そんな悪人をほいほいと解き放つもんじゃねぇさ」


 はじめはすごく怖い人だと思っていたけど、もしかすると根は良い人なのかもしれないなって思う。傍から見れば僕のやっている事はとても馬鹿な事だと理解している。頭ではこんな事やる物じゃないって分かっているのに、自制が利かないのだ。


「ほら。戻ったぜ。おいガキ。さっさと縛れ。じゃないと俺がお前を食べてしまうからな」


「う、うん」


 僕は言われたように戻って来た不審者を縛る。上手く縛れているかは分からないけど、本人がそれを望むのなら仕方が無いと思う。


「おじさんはトイレは大丈夫なの?」


「そうだな。俺も行っておくか」


 先程と同じようにロープを解くと、不審者は洞窟の外へと向かって歩き出し、少しすると戻って来た。そして縛れと言う。僕は何か腑に落ちない物を感じながらもパンを不審者に食べさせる。


「おめぇ名前はなんて言うんだ?」


「ルカーシュだよ。みんなは僕のの事をルカって呼んでる」


「ルカか。おうよく聞けルカ。こんな真似は二度としちゃあいけなぇ。何でか分かるか?」


 僕は頷く事しか出来なかった。自分でも分かってる。分かっているのにやらなきゃと体が勝手に動いてしまうんだ。


「分かってるんなら何も言わねぇよ。それと、ありがとな。助かったぜ」


「うん!」


 焚き火はそのままに僕は洞窟を後にした。不審者の話し声が洞窟内で木霊している。朝に聞いた時と全く同じ声だったのに恐怖は何も感じなかった。そして、洞窟から出た所で村長と出会ってしまう。


「何をしていたんだい?」


「あの……その……」


「分かっているね? ルカ。君は人としてはとても素晴らしい事をやった。誇っても良いだろう。しかし、それは自分の命を縮める事にもなるんだ」


 怒鳴るわけでも無く、淡々と言われてしまう。そえでも村長が怒っていると感じるのはその威圧感のせいだろうか。村長は柔和な笑みを浮かべたまま話を続けた。


「あの人達は根が良い人間だったのだろう。でも、もしもそうじゃなかったらルカの命はここで終わっていたかもしれないんだよ。人に情けをかけるのも良い。悪い事じゃない。一番は自分の身を守る事なんだ。賢いルカなら分かるだろう?」


「はい」


「明日はこの件で一番悪意を持った人間とも接する事になる。何をしでかすのか分からない人種だ。自分の名誉の為。地位の為。金の為。欲望に抗えない人間なんてのはたくさんいる。俺だってそうさ。腹が減れば食べ物を探す。眠くなれば寝ようとするだろう。そして、俺自身も金と名誉を求めて冒険者をやっていた人間なんだ。人間は欲望を糧に生きている。しかし、欲望は争いを生むんだ。ルカの取った行動だって、それは良い事をしたいって言う欲望がそうさせた事なんだよ。欲を持つななんて言えない。俺は聖人君子じゃあないしね。長くなったが、俺が言いたいのは考えて行動をしろと言う事だ」


「でも、僕が見つけなかったら大変な事になってたんじゃないの?」


「そう来たか。せっかくかっこよく決まったと思ったのに一本取られたね」


 頭を抱えながら笑う村長。その村長の腰に鞘に収められた剣がぶら下がっているのに気がついた。この人は僕が不審者のおじさんの所へ向かうと分かっていたのだろうか。村長は僕の頭を優しく叩きながら口を開く。


「好奇心で動くのも悪くないよ。でも、これ以上踏み込むと危険だって線を見極める事だ。さぁ、さっさと帰ろう。明日は早いからね」


 村長と別れてから僕は家に帰る。村長はお婆ちゃんに怒られたくないとさっさと自分の家に帰ってしまった。


「た、ただいま」


 覗き込むように扉を開けて様子を伺うとお婆ちゃんが玄関の前に立っていた。どのくらいここに立っていたのだろうか。お婆ちゃんの顔は怒っているようにも心配していたと言うようにも見えた。


「あんたって子は。こんなに暗くなるまでどこをほっつき歩いていたんだい?」


「ちょっと、色々あって……ごめんなさい」


「明日は家にいるんだよ」


「あ、明日は駄目だよ! 明日はやらなきゃいけない事があるんだ!」


 明日は家にいろ。と言う事は外に出るなと言う事だ。僕は明日はやらなきゃいけない事がある。そんなの認められない。


「何があるって言うのさ。お婆ちゃんの言う事が聞けないのかい?」


「聞けない! 明日は絶対に行かなきゃいけないんだ」


「どこに行くんだい? 私がきっちり話をつけてやるから言いなさい」


「言えないよ! 言っちゃ駄目なんだ!」


「隠し事かい。隠し事なんてするもんじゃないよ」


 僕とお婆ちゃんの口論は続く。過保護なお婆ちゃんと、その過保護な面から抜け出したい僕とお婆ちゃんの意見が一致する訳もなく、お互いに譲らない。


「誰があんたを世話してやってると思ってるんだい!」


 僕はお婆ちゃんのこの言葉を聞いて悲しい気持ちになって行く。嫌いになんてなれないし、僕はお婆ちゃんの事が大好きだ。それでも僕はお婆ちゃんが仕方なく僕の面倒を見ていると言う風に捉えてしまった。僕の目から涙が自然と溢れ出して来ていた。お婆ちゃんの事は大好きなのに口が勝手に動く。


「お婆ちゃんなんて大嫌いだ! 僕なんていなくてもいいんだ!」


「あ、ルカそれは――」


 お婆ちゃんの言葉を最後まで聞く事無く僕は走り出していた。止まらない涙を拭う事もせずただ走った。気が付くと僕は村長の家の前に来ていた。


「なんだ? 騒がしい――ってルカどうしたんだい? とにかく中に入って」


 事の顛末を村長に話す。お婆ちゃんと喧嘩した事、大嫌いだと言ってしまった事、話していくうちに、一度止まった涙が再び流れ出す。


「とりあえず、お茶のおかわりはいるかい?」


「……うん」


 村長が持ってきたお茶をチビチビと飲む。温かいお茶が僕の心を潤してくれる気がした。なんて事を言ってしまったんだと後悔の念が僕に押し寄せてそれが僕に涙を流させる。


「よし。ひとまず風呂に入って落ち着こう。自慢じゃないけど家の中に風呂があるんだ。村長の特権ってやつさ」


 僕は言われるままにお風呂に入る。温かい湯船は身体を癒やしてくれる。それと同時に心もホッとさせてくれた。落ち着いてみると、左手がジンジン痛む事に気がついた。火打ち石を擦ってしまった箇所だ。紫にになり内出血しているようだ。


「痛いなぁ」


 手が痛いとかではなくふと呟いてしまう。僕の声は湯気に満たされた風呂場に響き溶けていく。手も痛いけど心もチクチクと痛んでいるような気がした。身体が温まって落ち着いた所で風呂を上がる。用意されていた布で身体の付いた水分を拭き取り村長が小さい頃に着ていた服だろうか。僕のでは無い服が置いてあったのでそれを着る。


「お風呂はどうだった?」


「とても気持ちよかったよ」


「そりゃ良かった。エステルさんには俺の家にいる事は伝えに行ったからね。怒られるかとヒヤヒヤしてたらお願いしますって任されちゃってさ」


 恐らくこれは村長なりの気遣いで優しさなんだろうと思う。お茶目な雰囲気で笑う村長を見ていると僕もなんだか楽しくなってしまって笑いが込み上げてきた。


「明日は大丈夫そうかい?」


「うん! ありがとう村長!」


 僕は村長とお喋りをしているうちに眠気に襲われる。まだ話をしていたいのに身体が言う事を聞いてくれなくなってきた。


「おや。お眠かな?」


「まだらいじょうぶ」


 呂律も回らなくなって行く。突然ふわっととした感覚に襲われたと思ったら村長に抱き抱えられたようだった。僕は村長にベッドの上に寝かせられ、布団を掛けられる。


「おやすみルカ」


 村長のおやすみの言葉を最後に僕の意識は限界を迎え、僕の世界は闇に包まれていった。


『あなた笑ったわよ』


『おお! 可愛いな』


『ええ。当たり前よ。私達の子ですもの』


 これは夢だろうか。僕を見ているのはきっと両親だ。カラカラと笑う両親はとても幸せそうだ。


『あまり甘やかすんじゃないよ』


『何を言ってるんだい母さん。ルカはまだ赤ちゃんなんだから厳しくしても仕方ないだろう』


『それもそうだね。ほーら。ルカ分かるかしら? お婆ちゃんでちゅよー』


 これはお婆ちゃんだ。今とあまり変わらない姿だけど、お婆ちゃんもとても幸せそうに見える。そうなんだ。僕はこの世界でもお父さんとお母さんがいるんだ。


『甘やかすんじゃないよって言いながら母さんが一番甘やかしそうだね』


『孫を可愛がらない人間なんていやしないよ』


 お婆ちゃんの楽しそうな笑顔がいっぱいに広がる。僕はこんなお婆ちゃんになんてどうして大嫌いだなんて酷い事を言ってしまったのだろう。そして、ゆっくりと僕の夢は白い靄に覆われて終わっていく。


「お婆ちゃん……」


 目を覚ました僕の目に映るのは見慣れた自分の部屋の天井では無く、今日始めて来た村長の家の天井だった。寝ているうちに涙を流してしたのか、枕が濡れている。


 僕は窓の外を見る。まだ太陽が登っておらず、星が煌めいているが、その下から太陽の赤い光が星達を侵食しようと準備をしているように見えた。夜と朝の交わる不思議な色をした空が一面に広がっている。


 今日は大切な日だ。僕は僕の出来る事をするだけ。後は村長が決着を着けてくれるはずだ。今回の件が全て終わったらこの事をお婆ちゃんに全て話そう。


 もしかすると怒られるかもしれないけど、お婆ちゃんは僕の事を嫌ってなんていないのは分かっているし、愛があるからこそ叱ってくれるんだ。愛があるからこそ心配していてくれたんだ。お婆ちゃんにきちんと“ごめんなさい”って謝って“お婆ちゃんの事大好きだよ”って伝えなきゃいけないんだ。


 そして僕は小さな決意を胸に扉を開いて歩いて行く。

 



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