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さくら荘の珍住人  作者: 和泉あや子
第三章 日常の中の非日常
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第三章5 情熱と苦悩

 そう言えばコンテストの一次選考通過の発表っていつなんだろう。深優に尋ねると数日後だと答えた。なるほどそれじゃあ本人としては気が気じゃないだろうな。

「発表までには熱、下がると思いますけど」

 深優が表情を暗くして話す。岡本さんが熱の下がらないうちから無理して動いてしまわないか心配だと言う。

「今回のコンテストは画家にとってプロへの登竜門みたいな賞らしいですし、瞬さん自身にも特別だそうですから、気を抜きたくないようで」

 そこまで話してまた紅茶を一口含む。彼女の話しを聞いて、ふだん静かな表情を浮かべる彼の奥に潜む、情熱に触れた気がした。岡本さんは明確な目標へ向かっているからそんなにも真剣なんだ。

 深優だって、と目の前に座る彼女を見つめた。小説家として徹夜を続けても書き上げるのは、プロであり、小説が彼女の夢そのものであるからだ、と気づいた。

 それに引きかえ、と自分の今までを振り返った。

「鈴? あの、わたしの顔になにか付いてますか?」

 見つめる私の視線に気づいてキョトンとした顔をした。

「いや、何でもないよ」

 創作者ってすごいね、と言いつつ言葉を濁した。自分は二人のような真剣になれる何かを、持っていただろうか。

 私の様子を察してくれたのか、そろそろお暇しますね、とカップに残っていた紅茶を飲みほした。もう? と聞くと、岡本さんのところに行ってくるらしい。彼女はごちそうさまでした、とほほ笑んで部屋を後にした。


 深優が帰ったあとも、頭にもやがかかっていた。

 学生生活で苦しかったのはいつも進路選び。もちろん、夢がないわけではなかった。人見知りなくせに、人を明るくできることがしたいと漠然とした考えだけは抱いていた。明確な職業や分野があるわけではなかったけれど。

深優も、岡本さんも、自分のすべてをかけるほどのものが何かを知っていて、全力で向き合っている。二人だけじゃない、瑠璃子さんだってデザイナーという仕事に熱意がある。松岡のおじいさんも。


 私には?


 考えれば考えるほど、底なし沼にはまっていった。


「ああ、もうわかんないよ」

 やけになって声をあげた。癇癪おこしても仕方ないのに。もういっそもう一回出掛けようかな。動いていた方が気持ちがまぎれる。

 あれさっきも同じこと思ったんだっけ。今日はなんでかいろいろ考えてしまうな。


 斜め掛けカバンを下げ、どこへ行くともなくさくら荘を出た。


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