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さくら荘の珍住人  作者: 和泉あや子
第三章 日常の中の非日常
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第三章3 風の導き

 商店街でだいたいの買い物を終え、少し遠回りではあるがチェリーベーカリーに寄って帰ることにした。深優のほうは早く買い物を済ませ、何十分か前に別れた。彼女は必要なものをさっと買って急いでさくら荘へ帰っていった。熱を出している画家の看病に戻りたいのだろう。

 岡本さんはコンテスト用の作品が完成するまでそれほど休まずにいたらしい。コンテストの一次選考が通過するまでは一息つけず、次の作品にとりかかっていたとか。創作家魂って恐ろしい。深優も原稿あげるまでは寝ないからな。彼女も体よくもっている。そんな深優だから余計に彼の気持ちがわかるんだろう。


 昼前から吹いていた風が気持ち強くなってきた。それに乗ってきた甘い香りが思考を中断させた。気づけば米粉のパン屋がすぐそこだった。

 店に入るといつものようにお気に入りのパンをトレーに乗せていく。最近はすっかりパン派になりかけていた。普通のパンはここまでハマらないけど、米粉パンはやみつきになる。新商品にも目がいき、ついつい買いすぎてしまう。一人だからしばらくは買いに来なくても足りるな。

 会計をすると、奥さんがキャンペーン中だと言ってサービス券を二枚くれた。券を眺めながら店を出た。


 この券一枚でパン一個と交換できるのか。頻繁に店に来るから嬉しい。しかしよく読むと有効期限が明後日までだった。今日これだけ買ったから次に来る頃には期限過ぎてしまうかも。あとで真美さんに差し上げようかしら。


 風がまた吹いた。と同時に手にあった券が消えた。

「あ、サービス券が!」

 ふわっと舞い上がり、風が収まるとゆっくり流れながら落ちていく。

 ちょうどそこを歩いていた男性の目の前にひらひら落ちた。その青年は券を拾い上げて私を見た。

 あの人、猫カフェにいた青年だ。

 彼は、ほら、と券を渡してくれた。猫カフェとパン屋は目と鼻の先だから、このあたりを歩いていても不思議ではないのだが、偶然でも会えたことに縁を感じた。ありがとうございます! と勢いよくお礼を言うと向こうはうっとうしそうな顔をした。じゃ、と青年はパン屋の入口の方に歩いて行った。パンを買うのかしら。それなら、と思い彼に声を掛けた。

「あの、この券良かったら使ってください。私は使えそうにないので」

 サービス券を差しだすと、軽く睨まれた。青年の瞳が私を拒んでいた。しかし威嚇とも違う何かが潜んでいた。

「いらないから。他の人にあげれば」

 ぶっきら棒に言って店の中に入って行ってしまった。知らない人からいきなり言われたらそうなるか。その場に立ちつくした。

 睨まれたこととキツい言葉を返されたことより、その時に彼の瞳に浮かんだ表情のほうが悲しかった。


 誰も関わらないで。


 深い悲しみを拒絶することで悟られないようにしている、そんな感じがした。



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