第二章19 奥さんはグルテンフリー実施中
大家さんと別れて家への道をすすんだ。真っ直ぐ帰ろうと思っていたが例のパン屋の前を通ったら、只今焼きたてです! の看板につられ、立ち寄ることにした。
トレーに並ぶ何種類ものパンを前にして、悩む。どれも芳ばしい香りを漂わせていた。基本的に惣菜パンが好きなのだが、たまには菓子パンもいいかも。
トングを片手に迷っていると、後ろから名前を呼ばれた。
「あ、真美さん」
振り返ると、お盆に何個もパンをのせていた奥さんの姿があった。さっそくここのパンの虜になったの? とえくぼをつくって聞いてきた。米粉パンがクセになってます、と返すと、でしょう! と、いつもは物静かな彼女には珍しく、勢いよく言った。
「前からそう思っていたの。小麦より米粉のほうが生地しっとりしているし、なによりグルテンフリーでもパンが食べられるのが嬉しいのよ」
熱く語りはじめた。穏やかに話すいつもの真美さんからは想像もつかなかった。よくよく話しを聞くと、彼女はグルテンフリーをしていたのか。綺麗な肌と体型はそれが要因かしら。麦製品を抜くのが良いといろんな人に勧めているらしく、気づけば真美さんのまわりは皆グルテンフリーになったと話す。
「ここのパン屋を米粉パン屋にしたのも私の影響なのよね」
「え、お店の奥様がおっしゃっていた常連さんって真美さんだったんですか」
意外なところでつながりを知り、驚いた。近所だからあってもおかしくないつながりだけども、店の経営一つ変えてしまったとは。
夕食の支度をする前に、小ぶりの菓子パンを食べて一息つこうと紅茶を淹れた。パンが甘いから、紅茶は渋めの茶葉を選んだ。
頬張るとホイップクリームが口のなかを撫でる。軽めのホイップで甘さ控えめ。パン生地はもちろんしっとりしていて小さいサイズでも食べごたえがあった。
ふぅ、と息がもれた。こうした一息の時間に、一日を振り返ってしまう。
猫カフェでみた青年の姿が浮かんだ。猫に好かれてうらやましいと思いつつ、あの猫たちは彼を守るように寄り添っていたのかしらと、頭をよぎった。猫って人の心の奥がわかるものね。私が猫好きになったのも、心癒されたから。あの人も猫に癒されたいのかもしれないな、とぼんやり思った。
「さ、夕飯の支度しよ」
誰に言うでもなくつぶやいて、立ちあがった。




